第1部 新米ハンターの冒険録

砂漠に聖水が戻り、 王宮を覆っていた闇は消え去っていった。
闇に代わって平和の光が燦々と砂漠に降り注いでいく……。

第40話『ハンター、シュウ』

「本当に世話になった。この通りじゃ、礼を言う。」

夜一はシュウ達に深く頭を下げた。
シュウや伽耶が頭を上げてくれと夜一に言うと、彼女はポティーロのほうを向く。

「先ほどの男は、いったい……?」

夜一のエンチャントが幻を貫き、“影”を打ち倒した。
“影”を包んでいた闇の球体が消え去ると、そこに死体はなかった。

「アイツは、ある男の“影”なんです。」
「魔力による分身、でしたよね。だから死体がなかったのか。」
『そうみたいだねー。』
「で、そのある男って誰なの?」

伽耶がそうたずねると、ポティーロは表情を変えた。
彼の心に“影”の言葉が蘇る。

「その通り。我自身が、あの結界を抜け出るときが来たということだ。」

今、遠く離れたあの島で自分の主は危機に陥っている。

「男の名は、アスダフ。僕達の敵です。僕は、閣下をお助けするために島に戻らなくては!」
「島、、、??」

「ええ。ロドス島へ……! 皆さん、お世話になりました! 僕は島へ帰ります。」

そう捲し立てて早々と紙切れを取り出し、出発しようとするポティーロ。
そんな少年を夜一が呼び止めた。

「ポティーロ殿!」
「はい?」
「本当にありがとう。御主のおかげで儂は命拾いできた。あの男を倒すことができた。……武運を、祈っておる。」
「……はい。ありがとう、夜一さん。」
「お、俺も!」

シュウがあわてて歩み寄る。
彼もまた、ポティーロによってハンターとしての道を説かれ、救われた。
林間街道で彼に出会ったからこそ、シュウは今ここにいる。
相棒の狗神と、一度は敵対した左之助と、肩を並べて立つことができたのだ。

「ポティーロさん、本当にありがとうございました!」
「良い選択ができたようで、何よりですよ。お仲間にも恵まれたようですしね。また機会があればお会いしましょう、シュウさん。……それでは。」

『ロドス行きチケット』と書かれた紙を改めて手に取り、ポティーロは魔力を解放した。
紙に付加されたエンチャントの力で、少年の体は転送されていく。
主のいるあの島へ。
今度は“影”ではなく、アスダフ本人と戦うために。

ポティーロが完全にいなくなると伽耶がふっと息をついた。

「私もちーちゃんが無事でよかったわ。一時はどうなるかと思ったもの。」
『うりー。』

肝心のちーちゃんは、やはりまだ体が回復せず穴の近くで休んでいる。
アスダフ、という男の分身によって術をかけられたちーちゃんも被害者の一人なのだろう。

「今回の一件で、一層サンドランドに戻りづらくなってしまったわね……。」
「何を! 儂は貴方達に感謝しておるぞ? ぜひ、この砂漠へ戻ってきて欲しい。」
『そうは、いかないでしょ。やっぱ。』

狗神が表情を曇らせて夜一を遮った。
それもそうだ。
術をかけられたちーちゃんは確かに被害者の一人だ。
だが、そういった事情を知らない人たちも存在することは事実だ。

『王都ヴァルダナを半壊させた魔物、と見られてるわけでしょ。民衆からはさ。』
「…………。」
「いいのよ、夜一さん。心遣いは嬉しいわ。ありがと。」

伽耶が笑いながらそう言った。
その笑顔は、作られたものであることがすぐに見て取れる。

「私達はまたアクアスへ戻るわ。それより、聖水が戻ってよかったじゃない? ね?」
『アイツは聖水を完全に消し去る事ができなかった。だから、ウリヤ族の力を使ったのね。』
「そうして一時的に聖水を砂漠から消し去った、、、か。軽いマジックみたいなもんだな。」
「だけど、マジックにはタネがあるわ。聖水は砂漠に戻った。タネはいつか暴かれるものよ。」

驚いた事に、聖水が戻ると砂漠に侵入していた魔物たちが消え去っていった。
やはり王都ヴァルダナのオアシスの水は、本当の聖水だったのである。
アスダフにとっては、これ以上に厄介なものはなかったに違いない。
闇を払い、光を助ける聖水なのだから。

「そういう意味では、御主にも礼を言わねばなるまい。」

視線を向けられたシュウは、とんでもない、と後ずさりした。

「だって、俺結局役に立てなかった。霊鳥の卵も結局必要なかったし……。」

全てを蘇らせる、という霊鳥の卵。
ハンター協会が最高レアという基準で扱う幻の卵の力を信じて、 夜一が依頼を出したのがそもそもの始まりだった。
消えてしまった聖水を復活させることのできるかもしれない、唯一の手段だと思われていた。
シュウは偶然拾った卵を命がけでサンドランドへと運んできた。
だからこそ、自分が何の役にも立てなかった事が悔しくて仕方がなかったのだ。

「そんなことはない。……御主の行動は結果的に聖水を取り戻したではないか。」
「そうよ。ちーちゃんを助ける事ができたのも貴方達のおかげ。私とくーちゃんだけじゃ無理だったわ。」
『お兄さんは、僕を孤独から解放してくれた。感謝しても、しきれないよ。』

霊鳥の卵こそ、使う事はなかった。
暴走するウリヤ族を止めることができたのは、狗神や左之助の協力があったから。
だが、シュウはアクアスにおいて、数百年に及び水竜神団に幽閉されていた狗神と契約し、解放した。
懸命に努力して命がけで依頼に向かう彼は、左之助を惹きつけた。
シュウの行動こそが、ちーちゃんを救い、オアシスに聖水を取り戻したのである。

もちろん、シュウだけの力で成し得たことではない。

「お前は、、いろんな人に支えられているんだぞ?」
「それはもちろん、わかってるよ。」
「本当にちゃんとわかってるのカナ、、、、、、? お前と一緒に俺を追ってアジトへ乗り込んできたハンターがいただろ? アイツは、フレイム王国の支部長ライス・バーグ卿の腹心なんだぞ。」
「フレイム王国? そんなはずはない。乱舞さんはアクアスのハンターだぞ?」

確かにシュウは見た。
自分を助けてくれたハンター、乱舞は青い腕章をつけていた。
でも、青のハンター腕章はアクアス王国の支部に属している証だ。

「そりゃ、お前を騙すためさ。アイツの本当の名はアポロン。“七変化のアポロン”さ★」
「アポロンじゃと? ……どこかで、聞いた名前じゃな。」
「アポロン……。」

シュウだけでなく、夜一にもその名に聞き覚えがあった。
アポロン。
フレイム王国ハンター協会、“七変化のアポロン”。
二人はしばらく記憶を探っていたが、夜一が一足先にそこへ辿り着いた。

「そうじゃ! 儂が、クエストを依頼した協会の担当者……その男の名じゃ。」

混沌としていたサンドランド王国が、崩壊に向かう最大の原因となった王の逃亡。
その後、夜一は民衆をまとめて魔物たちに立ち向かっていった。
半月前……協会の人間が、現状を把握するために派遣された。
夜一はその協会の使者に希望を託し、卵の確保を依頼したのである。
協会の担当者としてフレイム王国から派遣されたのが、“七変化のアポロン”だった。
そして、シュウもようやく気がついた。
初めてその名前を聞いた場所が、フレイムのあのリサイクルショップだった。


「アポロンから連絡は受けてるぜ。お前がその新米だったのか。さっさと言えよ。」
受付のお兄さんってアポロンって言うのか。
どっかで聞いたことのあるような名前……ってそんな事はこの際どーでもいい。


アポロン。
それは、フレイム支部の受付業務を担当していた人物の名だった。

「ま、まさかあの人が……?」
「アポロンは、潜入任務をこなすスペシャリストだ。同時にバーグ卿が最も信頼する部下でもある。バーグ卿はお前が卵を砂漠へ届けることができるように、裏からサポートしていた。偶然俺の標的になってお前が卵を盗まれた時、見守っていたアポロンがすぐにお前を助けたはずだ。」
「そうか……そうだったのか。だから、あの時。」

シュウはおかしいとは思っていた。
意識は失っていたが、確かに自分に呼びかける声は自分の名前を呼んでいた。
だが覚醒してみると、見覚えのない男で。
それでもシュウは乱舞を知っている気がしていた。
相手が自分のことを以前から知っていた、そんな気もしていた。

「確かに儂は御主を信じ、依頼を任せた。じゃが協会の……バーグ卿はそんな儂の無茶な賭けに乗ってくれた。」

そう、これだけ大きな仕事を失敗すれば、 フレイム支部長としてのバーグ卿の責任問題にも繋がりかねない。
確実に依頼を達成するためなら、シュウから無理に卵を回収することだってできた。
しかしバーグ卿はそうはしなかった。
それどころか、夜一の賭けに賛成しシュウを助けてくれていた。

「お前が王宮神殿に入る事ができたのは、何故だ??」
「そうだ。バーグ卿が、俺に入場許可証を渡してくれた……。」

「そうサ。 馬鹿な奴だよナ。 狗神との契約は命がけ。お前が死ねば、貴重な卵は狗神に壊されていたかもしれない。なくなっていたかもしれない。だが、あいつは依頼主と同じように、お前に賭けたんだな。ひょっとすれば、ひょっとするって。そして、お前は見事に狗神を解放した。」
『僕も、最初はただの今まで挑戦しに来た人と同じハンターだと思ってた。新米ってことに加えて、お兄さんは戦闘経験がゼロに近かったんだから。だけど……一度殺したはずのお兄さんは蘇った。そして、僕は負けたんだ。』

狗神との戦いでシュウの命を救った反魂香。
これは、リサイクルショップの店主がサービスでくれたものだ。
戦いの後それを聞いたエンヴィロン大司教は、あの時たいそう驚いていた。
それほどまでに貴重な反魂香を、何故店主はシュウに与えたのか?
ひょっとすれば、あの店主も夜一やバーグ卿のようにシュウに期待を抱いていたのかもしれない。

「お前が狗神と契約したってコトを腐巫女から聞いて、俺は監獄からとっとと逃げ出した。バーグ卿が賭けたっていう、ハンターさんをもっと見てみたかったのサ☆」
「…………。」
『貴方は、それほどまでに期待されていたの。そして、貴方はその期待を裏切らなかった。』
「初めて会話を交わした後、御主との約束が力となった。たとえ儂がここで倒れても、きっと御主が卵を持って砂漠を救ってくれると思った。だからこそ、コーサラで戦ったときも全力を出せた。巾着のリスクを省みずに戦えたのじゃ。」
『お兄さんは、自分で思っている以上に皆に勇気と希望を与えたんだよ。お兄さんがいたからこそ、砂漠は救われたんだ。』
「そうよ。誰一人欠けても、きっと救えなかったと思うわ。」

いろんな気持ちが、シュウの中で渦巻いていた。
だからたった一言。
一言だけ、心から言えることを伝えた。

「…………みんな、ありがとう。」


こうして、シュウの最初の冒険は幕を閉じた。
様々な経験をへて、シュウは大きな成長を遂げた。

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