外伝第1章 呪縛の継承者

今となっては、もう遠い昔にさえ思えてくる。
私の人生を一変させた老人と出会った、あの日……。

第01話『伝説のチャンプ』

「勝負ありです! またしてもチャンプ防衛です!」

実況の声がマイクを通して場内に響き渡る。
それに負けないような客の歓声。
大闘技場は強い熱気に包まれていた。

「さて、それでは500連勝という奇跡の大記録を打ち立てているチャンプにお話を伺いましょう!」

試合が終わった後のチャンプへのインタビューは、闘技場において恒例のサービス行為となっていた。
実際、集まっている観衆も、試合と同じくらいこのインタビューを心待ちにしていた。
それが過去に例のない防衛記録を更新しているチャンプが相手となれば、さらに期待は高まる。

「今日の試合を振り返っていかがですか?」

実況にそう尋ねられた壇上のチャンプは、「そうですね」と言いながら首を傾けた。
フレイム大闘技場で、前人未到の500連勝を果たしたこのチャンプの名は、ライス・バーグ。
数ヶ月前に王国軍人の地位を捨てたバーグは、20代後半という若さでこの偉業を達成した。

「まあ、そこまで苦労することもなかったですね。」
「さすがですね! バーグさんは何連勝を目標にしておられるのでしょう?」

彼は柔和な微笑みを浮かべてこう答えた。

「私が剣を降ろす気になるまで、ですかね。」


フレイム王国 ハンター協会 ────

ハンター協会という世界各地に支部を持つ巨大組織で、フレイム支部の役割はとても大きい。
元々、協会を設立したのはフレイムの退役軍人だったアドレク・ロサンスという人物だ。
だからこそ、フレイム王国のハンター協会は、支部というよりは本部に近い存在なのである。

いつでもハンターや依頼人の活気溢れる協会の受付ロビーに、一人の老人が近づいた。
特に怪しい服装や行動をしていたわけでもないのに、協会中の視線がその老人に注がれた。
そんな周囲の目を気にせず受付の一人に声をかける。

「任務ご苦労だな、アポロン。」
「こっ、これは……総長様! 今日は一体如何なさいましたか。」
「いや……少し面白い噂を聞いてなぁ。」

先ほどから協会中の人間が老人を注視していた理由は、彼の肩書きによるものだ。
“総長”は全体を管理する役職の称号を指す。
ハンター協会全体を管理している“総長”こそがあの老人ということだ。
すなわち、簡単に言えば協会の頂点に立つ人物ともいえる。

「その噂とは一体……?」
「ああ。フレイムの闘技場で我輩の記録を超えたチャンプがいる……そういった噂だよ。」

アポロンという受付の男は、総長の言葉に「ああ」と頷いた。
一人のチャンプが、世界中から猛者が集まるあの大闘技場で500連勝を達成した。
その情報は一夜のうちにフレイム中に広がっていた。
当然ながら協会の窓口ともいえる受付業務を担当している彼の耳にも入っていたと言う事だ。

「それなら私も聞き及んでおります。確か……わが国の元軍人だとか。」
「ほほう?」

“わが国の元軍人”という言葉に、総長はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

「まるで、かつての我輩がもう一人現れたようだな。」
「確かに面白い偶然ですね。」
「……ますます興味が沸いたぞ。アポロン、そのチャンプについて詳しく調べるのだ。」
「は、はい……わかりました。」

アポロンは総長の言葉の意味がいまいち理解できてなかった。
この時点で、彼は知る由もない。
近い将来にそのチャンプ、ライス・バーグの下で働くことになるという事を。


フレイム王国 大闘技場 ────

バーグはその日も大闘技場で、挑戦者を迎え撃っていた。
しかし、記録更新後のバーグの戦術はそれまでとは一風変わったものだった。
試合開始のゴングが鳴った後も、彼はその場から全く動かなかった。

「おい、やる気あんのか!? あんまり調子に乗ってると痛い目にあうぞ?」
「別に調子になど乗っていません。……ただ、流れを見極めようと思っているだけです。」
「それが調子に乗ってるんだよ!!」

挑戦者が怒り狂いながらバーグへと突進する。
その手には巨大な鉄球が握られていた。
直径50センチメートルほどの鉄球をいとも簡単に振り回しているところから、挑戦者の怪力は明らかだ。
あの勢いで叩きつけられれば即死は免れられない。

だが、驚いたことにそれでもバーグは動こうとしなかった。

「自分の力を過信しすぎた馬鹿め! 後悔しながら死んでいけ!」

挑戦者が鉄球を叩きつけた。
砂埃が舞い、戦場を覆い隠すように広がっていく。
闘技場の中にいた全員が息を飲む。
たった一人を除いて。

「……終わった、か。」
「そ、そりゃあ、終わりでしょう。幾らなんでもあの鉄球の一撃は即死です。」
「違うな。」

総長が、即座にアポロンの言葉を否定する。
「何が違うというんです?」と、アポロンが尋ねようとしたその時の事だった。
戦場を覆っていた砂埃が晴れていく。
それと同時に見えなかった戦局が、見えてくる。

「まさか……! 一体、どうなっているんです!?」
「まさしく強者。我輩の衰えた勘も、まだまだ捨てたものではないな。」

砂埃が晴れた戦場には相変わらず二人の姿があった。
しかし状況は一変している。
挑戦者の巨大な鉄球は真っ二つに割れて大地にめり込み、 いつの間に抜剣していたのか、バーグの剣先は挑戦者の首に向けられていた。

「死体は増やしたくないので、降参していただけますか?」
「て、てめえ……いつの間に……剣を……。」

バーグはさらに剣先を首までわずか10センチメートルほどにまで近づける。
無言のまま挑戦者を威圧した。

「わ、わかった……降参する。」

挑戦者がそう言うと、試合終了のゴングがなり、大歓声があがる。
この時、フレイム闘技場のチャンプ防衛記録はまた更新され、501連勝となった。

「す……すごい。言葉が出てきません。」

対戦相手ですら、いつバーグが抜剣していたのか分かっていなかったようだ。
一瞬のうちに彼は剣を抜き、相手の鉄球と鎖を真っ二つにしていた。
先ほどの砂埃は大地へと吸い込まれた分かれてしまった鉄球によるものだった。

バーグに感服すると同時に、アポロンは早くからそれを見抜いていた総長にも驚いた。

「総長様はあの時から戦局がもう見えていらっしゃたのですね。」
「うむ。」
「……さすがです。さて、如何しましょうか?」

いまいち、アポロンには総長の真意が掴めていなかった。
一体どういう意図でこの試合を見にやってきたのか。
確かにバーグの力は優れているが、それをどうするつもりなのか。
こういう事を含めてアポロンは隣の席に座る老人に問うた。

「……あの者を、野放しにしておく手はない。」
「はい?」

総長はアポロンの方を見やる。
その目は、嘘偽りのない真実を伝える目だとアポロンには見て取れた。

「ライス・バーグをハンター協会に招こうと思うのだ。」