第1部 新米ハンターの冒険録

狗神のツメに体を貫かれた少年は、地面に倒れた。
命を失ったその肉の塊に、狗神は悲しげな表情を見せる。

『ヤッパリ ワカラナイ……』

独り呟いた後、シュウの懐から一つの小さな袋が落ちた。

『……?』

たった一つの小さな袋。
だが、状況が変わるにはこれで十分だった。
袋は突如として光を放ち、弾け飛んだ。

『ナ、ナンダ コノニオイ……。』

何もない真っ白な空間に、不思議な甘い匂いが広がっていく……。


第28話『絆の魔法』

アクアス王国 王宮神殿:試練の扉前 ────

「……!!」
扉の前で気を研ぎ澄ましていたエンヴィロンは、試練の場での状況の変化を感じ取っていた。
シュウが狗神に敗れ、死んだということを知ったのだ。

「くっ……やはり無理であったか……!!」

あの少年ならあるいは、と思っていた。
だが結果は変わらなかった。
エンヴィロンが杖を掲げ、扉に再度封印をかけようとした時だった。

再び試練の場での状況の変化に、気がついた。

「こ、この気はまさか……?」

試練の場での出来事を読み取ろうと、さらに気を集中させる。
扉の奥の状況が、映像となって大司教の頭の中に映し出されていく。
そこには狗神の弱点を見破ったシュウの姿。
そして一瞬の油断をついてシュウの体を貫いた狗神の姿が映っていた。

映像はそこからまだ続いていく。

「なんとっ!? ……し、信じられん……!!」
エンヴィロンは思わず扉を開き、中へと駆け込んでいった。


アクアス王国 王宮神殿:試練の場 ────

何が起こったのかはよくわからなかった。
俺は狗神にツメで貫かれて、死んだ。
そのはずだった。
だけど、気がついたら俺は目を覚ましていた。
傷は残ってる。でも出血は止まっていた。

『マサカ……、イマノハ 【復活】ノチカラ!?』

何を言っているのかもわからなかった。
だけど確かなことが一つあった。
俺は生きているということ。
そして……。

「もらったぞ、狗神!」

狗神のオーラは、展開してから30秒がたち、消滅しようとしていること。

「魔力解放!」
『ナ、ナニッ!?』

俺はもう夢中で解放言霊を叫び、引き金を引いた。
耳と目が壊れるかと思うくらいの凄い爆音と閃光が起こった。

これには覚えがある。
ポティーロさんの発動させた【即死】だ。

ようやく目を開くと、そこには狗神が転がっていた。
さすがに式神だ。死んではいない。

『グ……イタイヨ……。』
「俺の勝ちだ。狗神。」

獣姿の狗神は苦しそうな悲鳴を上げる。
これで……これで、ようやく。
契約できるんだな。

「シュウ殿っ!?」

俺が振り返ると、扉を開けてこちらへ走ってくる大司教の姿があった。

「や、やったのじゃな! 狗神に、勝ったのじゃな!?」
「ええ、やりました。」

『イタイヨ、クルシイヨ。……カナシイヨ。ドウシテ コンナコト……。』

狗神の体からどす黒い瘴気が抜け出ていく。
しばらくすると最初の少年の姿に戻っていった。

「もう、やめてよ……お願いだから。良い子にするから……。」
「……狗神?」
「シュウ殿。そっと、しておこう。」

エンヴィロンさんに言われて、一歩後ろに下がった。
狗神には俺たちの事が見えていないようだ。
まるで、何か悪夢を見ているような……そういう風に見えた。

「僕ね……どうして君がそんなことをするのかわからなかった。知りたかったんだ。」


君、か。
俺のこと……じゃないよな? もしかしてコイツの当時の飼い主のことだろうか。

「式神になった後も、それだけ知りたかった。だから挑んできたハンター達に、君が僕にした事と同じような事をしたんだ。」

「なるほど。かつて奴に挑んだハンターがどうしてあそこまで無残な殺され方をしているのか……。ようやくその謎が、解けたな……。」
そんなのって。
じゃあ、コイツは虐待した飼い主の気持ちを知るためにハンターを……。

「でもね、わからなかったよ。僕には楽しくなんか、なかった。どうしてあんな事をしたの……? 教えてよ……。もう痛いのはやだよ。苦しいのはやだよ。こんな事、続けたくないよ。もう、独りはやだよ……!」

これ以上見ている事はできなかった。
俺は、コイツを救いたかった。
俺にその資格があるならば。

右肩に大司教の手が置かれた。

「シュウ殿。……狗神を、解放してやってくれ。」
「わかりました。任せてください。」


走った。
身体中の傷が悲鳴をあげた。
そりゃそうだ。俺は一回死んだんだから。
止血されて一応死なない程度には回復してるみたいだけど、そんなのは気休めだ。
でも、どーでもよかった。
こんな傷の痛みよりも、もっと酷い傷を負っている奴が目の前にいる。

「独りは……もう、嫌なんだよ……。」
「じゃあ、一緒に行こう。」

「あ……お兄さん……?」

狗神はようやく俺のことに気がついたみたいだ。
今までずっと、この空間に独りぼっちだったみたいに。

「俺と、契約しないか?」
「式神の……契約。」
「そうだ。」

そこへ大司教がやってくる。
最初は警戒して逃げようとした狗神だったが、大司教の優しい眼差しに警戒を解いた。

「式神の契約という魔法を生み出した古代の賢者はこう言っておる。『契約とは、お互いを縛り付けるものではない。お互いを強い絆で結ぶ魔法なのだ。』とな。」
「強い、絆……。」
「そうじゃ。お前はもう独りぼっちなんかじゃない。お前には、このシュウ殿がいるではないか。」

そう言われると、少し照れる。
『式神の契約』……強い絆で二人を結ぶ魔法、か。

「狗神。俺はさ、まだまだ新米のハンターだ。俺は弱い。だけど……。」

俺は狗神に手を差し伸べた。

「お前が一緒に戦ってくれるなら、心強い。俺と契約を結んでくれないか?」
「……うん。」
「俺とずっと一緒に、新しい世界を歩もう。」

狗神は俺の手を握った。
その瞬間、白い光が俺たち二人を包み込んだ。

「『式神の契約』が成立したのじゃな。お互いの間に絆が生まれたということじゃ。」

よかった。
俺は狗神を救えたんだな。
あいつはもう独りぼっちじゃないんだ。
ほっとした瞬間、とうとう限界がきた。

地面に向かって倒れているのが分かる。
何もできないまま額を打った。

「シュウ殿!? いかんっ、傷が開く前に治療せねば……!」

あーあ。
頭がぼーっとする。

意識が、また遠くなっていく。

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