第1部 新米ハンターの冒険録

不毛の大地から微量の魔力が伝わってくる。
本当に微量の魔力だ。
あるか、ないか、わからないような。
だが彼らにはそれだけで十分だった。
封印の祭壇を護っていた兵士達は、列を成して歩き始める。
かつて激戦が繰り広げられた王都へ……。
彼らの槍は、ただ一人、封印のカギを持つロータスの首を狙っていた。


第39話『夢、幻のごとく』

「負けを認めたらどうじゃ? 儂達を一度に相手できるほど、貴様に力はあるまい。」
「魔力で生み出された“影”は、本体の半分も力を発揮できないはずだったね?」

屋上に向かってそう問いかける。
ポティーロの言葉を否定する事ができず、男は悔しそうに後退する。
それを逃がすまいと、最前線に位置している左之助と伽耶が“影”に詰め寄る。

「く……、お前の言う事は正しい。我は魔力で作られし人形に過ぎぬ。だが……。」

男はローブを脱ぎ屋根の下へと放り投げる。
脱ぎ捨てたローブの中で、禍々しいまでの闇が“影”の体を包んでいた。
否、闇ではない。
闇に見紛うほどに黒い装束のような防具を着込んでいた。

「創造主でもある我が本体は、我にこの力を貸し与えた。
『闇に生まれしものには闇の定めを、闇を纏いしものには闇の加護を……』」

伽耶が包丁に付加された力で業火を放つも、“影”を包むことなく弾かれた。
まるで見えない闇に覆われているかのようだ。

「ちょ、ちょっと……何これ? 一体どうなってるの?」
「わ、わからん★ デモ、、、あんまり良い予感はしないな。」
「それには同意ね。」

二人は戦闘態勢を崩さないまま、二・三歩後ずさる。
“影”のただならぬ様子に、下からその光景を目の当たりにしていた五人が動き出す。
夜一と雲外鏡が大きく跳躍し、屋上の“影”の近くへと迫る。
一方でポティーロはポケットから小さな石を取り出し、エンチャントの力で屋上へと転移した。

『どうしたのさ?』

狗神はおどおどしている主人にそう尋ねた。
すると、契約主はこう答える。

「お、俺、あそこまで飛び上がれない……。」
『な……』

狗神が情けない主人を抱きかかえ、軽く跳躍する。
当然と言えば当然だ。
夜一はサンドランド王国の裏の役目……つまり密偵のような仕事をこなしていたプロだ。
それに比べれば、ここまで過酷な戦闘をこなして来たと言えど、 まだまだ新人ハンターのシュウは、そんなに身体能力がすごいわけではない。
だが、数百年の封印をそのシュウによって解かれた狗神にしてみれば、 やはり情けない気持ちになるのだった。
シュウに一言だけ小言を言おうとしたが、後ろで力を増した闇に気をとられ狗神はすぐに振り返った。

「『闇に狙われしものは、闇の中へっ!』 禁術……“闇隠れ”」

“影”の詠唱が完成したのだ。
禁術、という聞き覚えのない名前の力に一同は警戒を崩さない。
するとたちまち“影”を覆っていた濃い闇が広がり、王宮周辺を包みこむ。

「どうだ?」
「我が」
「どこに」
「いるか」
「わかるか?」

「卑怯な奴め……。」
「「「「卑怯? ……フフフ、だからなんだと言う? 戦場は命のやり取りをする場所だ。勝者とは、相手を倒して生き残った者。我こそがこの砂漠の戦場の勝者となる!」」」」

周囲からいくつもの声と魔力の塊が重なって襲い掛かる。
濃い闇のなか静かに迫り来る塊を避ける事は不可能だった。

「こ、このままじゃ全滅だナ、、」
「くそっ……! 狗神!」
『分かってるよ! いくよー!!』

闇の中、狗神の防御フィールドが展開される。
どこに誰がいるのか見えない闇の中ではあるが、式神の力は正確に全員を個々の結界で包んだ。
式神は術をかける相手をイメージして力を発動させる。
それ故に防御フィールド自体を貼る事は簡単なことだった。
ただし、狗神も闇によって視界を奪われている為に攻撃をする事はできないのだが。

「ほう。式神の結界術か? ……だが、それもいつまで保てるかな。」

今、魔力の塊を一時的に防いでいる状態だ。
しかし“影”の言うとおり、防御フィールドは狗神の魔力が切れればそこで終わってしまう。
長時間の発動は見込めない。

「所詮は一時凌ぎ。闇がこの砂漠を覆っている限り、お前達は我には勝てぬ。」
「そんなのやってみないとわからないじゃない! くーちゃん!」
『うりり!』

闇の中で、伽耶はくーちゃんに攻撃の指示を出す。
その時だった。

「攻撃をやめるんだっ!」

左之助の鋭い声が闇に響き渡る。
今にでも水を放出しそうな状態だったくーちゃんは、何とかそれを押さえ込んだ。

「な、何でよ?」
「冷静になれば分かるだろ、、、? こんな中、無闇にそんな大技を繰り出してみろ。」

そう。左之助の指摘は正しかった。
もし、この闇の中で攻撃したら?
“影”は見えている。
だから避ける事ができる。
でも、もしその闇の先に味方がいたら?
ハイドロプレッシャーが直撃して、命を落とすかもしれない。
味方は視界を奪われ、避ける事ができないのだ。
だからこそ、“影”は勝ち誇っている。
“影”に対して攻撃する事は不可能だからだ。

「で……でも、このまま何もしないわけにはいかないでしょう!?」
「だからと言って無闇に攻撃していいわけじゃない、、」
「左之助の、言うとおりです。」

そこで初めてシュウが口を挟んだ。

「俺達は攻撃するわけにはいかないんです。」
「…………そうね。私が、間違ってたわ。」
「狗神の結界はそう長く保ちません。だけど、この闇は消えないでしょう。俺達の、負けです。」
『くそっ、僕にもっと魔力があれば……!!』

シュウ達が勝利する方法はなかった。
この闇がある限り、攻撃すら封じられてしまう。
結界が破られれば一方的に“影”の攻撃が続き、やがて全滅する。

「フフ、どうした? 立ち向かってこないのか? ……わかっただろう。それは不可能なのだと。我を倒すことなどできぬ。お前達は、この闇の中で我を見つける事などできぬのだからな。」
「それはどうかのぉ……。」
「何?」

暗闇のどこかで、夜一が一言呟いた。
その声は何だか笑っているようにさえ聞こえる。

「夜一さん?」
「貴様の主張はこうじゃ。儂達はこの闇の中で貴様を“見る”ことができない。だから、勝てない。」
「……そうだ。お前達はロクに動く事もできまい? 我を攻撃するなど、不可能。」
「だから、それが間違っているのじゃよ。」
「何だと……!?」

夜一は希望を捨ててなどいなかった。
いや、むしろ夜一は最初から勝利への確信を持っていたのかもしれない。

「儂は貴様を“見る”ことができるのじゃ。」
「何を言う? そんなことは不可能だ。」
「できる。彼女の力を使えば、な。」
『そ、そうか! 雲姉さん!』
『もちろん、この闇の中であいつを見つけるのなんて簡単よ。私の力をもってすればね。』

式神は、術の対象をイメージすることで効果を発揮する。
先ほど狗神が闇の中で味方に結界をかけたのと同じ原理だ。
雲外鏡の『あらゆるものを映し出す力』をこの原理に当てはめるとどうなるのか?

そう、暗闇を探す必要はない。
イメージすれば雲外鏡は“影”を映し出す事ができるのだ。

「な……そこの式神はまさか、『験』を司るという……」
「そのとおりじゃ。彼女の名は雲外鏡。気配や前兆、見えぬはずのモノを見る事こそが、『験』を司る式神の能力。貴様にとっては不運にも天敵じゃったな。……さあ、雲外鏡! 見せてくれ!」
『任せて。』

雲外鏡が白いオーラを放ち、全てを暴く秘鏡の姿へと変化していく。
そしてその鏡面は闇のなかで光を放ち、夜一に彼女が映し出した映像を確かに伝える。

「そこか……!」

しまっていた袋から投げナイフを取り出すと、闇の中へと放つ。
ナイフは暗闇に吸い込まれていき、夜一の視界から消え去った。
だが、雲外鏡は確かに“影”にナイフが直撃した映像を映し出していた。

「ば、馬鹿な……! この禁術が破られるとは……!」

“影”がそう呻くと、王宮を覆っていた闇は急速に消えていった。
ようやく一同に視界が戻ってくる。

『雲姉さんの力でアイツの場所を突き止めても、そこに正確にナイフを投げるのは相当難しいはずだけどね。』
「ああ。さすがは砂の国の元裏の顔だな。」
「でも、これで勝ち目はでてきたみたいだケド??」

夜一が“闇隠れ”を破ったことは他のメンバーにも活気を取り戻させていた。
ところが、ナイフによって重傷を負ってなお“影”は諦めようとはしなかった。

「最後の禁術を見せてやる……! “暗黒幻影”!」

闇の妖気が、男を包み込む。
その妖気はかつて狗神が放っていたオーラに似ていた。
やがて球体のような形になると“影”はその中から呻き声を上げながら言った。

「我は滅びぬ。死なぬ……。」

「まーた面倒なことになりそうね?」
「あの禁術は……闇の幻影を纏うことで致命傷を避ける、防御術です。相手が攻撃してくることはありませんが、恐らくこちらのダメージを与える事は難しいでしょうね……。」
「何とかあの闇をはらう事はできないんですか?」
「そうですね……、僕もその方法は分かりません……。」
『うりり……。』

「心配する必要はない。」

そう言ったのは夜一だった。
右手にはいつものツメではなく、どこから取り出したのか、不思議な形状をしたモノを持っていた。
サソリの尻尾のような鞭みたいだ。

「必ず、儂が倒して見せる。」
「不可能だ! この幻影を打ち崩す事こそ、不可能なのだ!」
「……不可能などない。先の禁術が破られたことで思い知っただろう?」
「ぐぅ……! 我は魔力で作られし影だぞ!? 死ぬ事はない。滅びることはない。我は“永遠”の命を得た影なのだ!」

夜一が一歩、また一歩と着実に近づいていく。
そして、いつしか闇の球体の目の前に立っていた。

「スコーピオン・テールよ、儂に力を貸してくれ。」

右手の鞭に、そう語りかけると夜一はそれを振り上げた。

「誰もが王国の平和は長く続くと。“永遠”に続くと信じていた。じゃが、それは一夜で崩れ去った……。」

鞭は魔力に反応してエンチャントを発動させる。

「“永遠”というモノは夢、幻でしかないのじゃ、哀れな者よ。」

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