第1部 新米ハンターの冒険録

『水竜ガノトトス』はアクアスに生命の水をもたらした。
あのヴェンツィア大水路の水も、ガノトトスが生み出したということなのだそうだ。
そりゃ、アクアスで神と祀られてもおかしくはないな。

第25話『禁忌を犯した者達』

アクアス王国 王都中心部北西ブロック:王宮神殿 ────

この王宮神殿は、アクアスの各地に点在する神殿の総本山だ。
王国の組織のひとつである水竜神団が管理、運営している。
もちろん信仰の対象は伝説の式神、『水竜ガノトトス』だ。

しっかし、神殿ってかっこいいなぁ。
こういうのを見ると何ていうか……旅してるって気分になるよな。
でも、聖地ってオーラがあって入りにくい。

くそっ、がんばれ、俺!
入らないと話は進まないぞ!


「……そこでさっきから何をしておるのじゃ?」
「ひっ!?」

心臓が、通常の二倍の速度で血液を送り出しております。
振り返ると、水を想わせるような澄んだ水色のローブを羽織る老人がいた。
格好からして神殿の司祭様だろうか。

「あー……あの、えーとですね。」
「ここは残念じゃが観光地ではないぞ。旅行者なら早々に立ち去られよ。」
「う……俺、旅行者じゃなくて……あ、そうだ!」

説明に困った俺は一か八か、バーグ卿からもらった許可証を取り出した。

「ん?」

これを見せれば何とかなる……かもしれない、という期待を抱いて。
許可証をじっと見ていた老人は、俺のほうへ視線を移した。
そんなにジロジロ見られると、あまり気分は良くない。

「ほほう。お主、『試練の場』へ用事があるのか?」
「ええ、まあ。依頼達成の一環でして……。」
「よかろう。ワシはエンヴィロンと申す者。水竜神団の大司教を務めておる。」

ほえー、司教か。
……司教ってどんくらい偉いんだろう。
何か昔読んだ小説のそういう感じの位置付けでは、 助祭がいて、次に司祭……んでもって司教だったっけかな?

……。

ちょっと待てよ?
じゃあ、この人って一番偉いの!?

「ん? どうした?」
「あ……いや、あのこういう事聞くのは、大変失礼なのかもしれないんですけど……。」
「言ってみなさい。」

さすが、司教様。
寛大。

「エンヴィロン大司教様は水竜神団では一番……ええと、いや、最高位なのですか?」
「何だ、何かと思えばそのようなことか。」

ものすっごい呆れてる。
そんな目で見ないでください!

「ワシの上には教皇様がいらっしゃるのでな。大司教はその次じゃ。」

いやー、それでも十分偉いじゃん。
凄いなぁ。
バーグ卿といい、偉い人と会う機会が多い気がする。

「まあ、この王宮神殿の長は実質、ワシじゃがな。」
「へぇ……そうなんだ。」


俺は大司教に連れられて、神殿の中へと入っていった。
中にはびっくりする位の書物が、ずらりと並んでいる。
まるで図書館だな。

「この書物が気になるのか?」
「いや、凄い量だなと思って……。」
「これはな、全て式神に関するモノじゃ。」
「え!? こ、これ全部ですか!?」
「左様。」

これ、全部って……一体何千冊の資料だろう。
しかも水竜だけでなく、式神全般ってことなのか?

あれ?
ちょっと待て。俺、ここに何しにきたんだっけ。
狗神と契約する為に来たんだよな。
でも、ここは水竜ガノトトスを祀っている神殿じゃないのか?

「……そうか、御主は知らされておらぬのか。」
「は、はい? 一体これはどういうことなんです?」

俺には、サッパリ。
状況把握は苦手なんだよなぁ。
でも、ひとつだけ。
俺にもわかることは、この神殿には何か裏があるってこと。

「御主は何の為にここへ来たのじゃ?」
「え、それは……狗神が試練の場にいると聞いて。契約する為に、です。」
「うむ。」
「でも、俺の聞いた情報が間違ってたみたいですね。」

ティガーヤさんのくれた情報だけど。

「何故そう思うのじゃ?」
「だって、ここは水竜を祀っている神殿の総本山ですよ? 狗神と何の関係があるんですか。」
「そうじゃな。確かに、その通りじゃ。表向きには……じゃが。」
「……。」

やっぱり。
この神殿には、いや、水竜神団には裏がある。
俺の知らない裏の顔が。

「どうせ知ることになるのじゃ。御主には話しておかねばならんな。 ただし、一般的には知られていないこと。決して口外しないと誓ってくれるな?」
「ええ、わかりました。」
「まずは……狗神について御主が聞いた情報。それは正確じゃ。」
「そ、そうなんですか。」
「うむ。しかし、狗神の事は、水竜神団の者以外には知られていないはずなのじゃが。 御主が会った情報主は一体、何故この事を知っていたのじゃろうか……。」

恐るべし、ティガーヤさん。
と、片付けたいところだが、確かに不思議だ。
こんな裏情報を普通のハンターが知っているわけがない。
あの人は水竜神団にいたのかな?
詳細はわかんない。でも彼女が知っていた情報は、正確なものだった。


「実はこの水竜神団では、設立当初からある研究をしておってな。」
「その『研究』とは?」
「式神の生態についての研究じゃ。」

式神の研究。
だんだん、話が読めてきたぞ。

「最初は水竜ガノトトスの捜索の手がかりにする為に、他の式神についても研究しておった。じゃが、エアリア王国が古代遺跡から発掘した道具を基に、魔力封入の研究を開始したじゃろう? あの頃は我が国は、エアリアに様々な面で遅れをとっておった。当時の国王陛下の命令で、ガノトトス以外の式神について本格的に研究するように、とのお達しがあったようなのじゃ。」

そういえば昔習ったな。
アクアスより数十年後に成立したエアリア王国は、破竹の勢いで成長していった。
ある意味、サンドランドの成長と通じるところがある。
経済面でもあっという間にアクアスを抜いて、当時の三大国一に上り詰めた。
エアリアは古代の遺跡が多く眠っているらしいしな。

「なるほど。」
「陛下の命令があった3年後、とうとう我々は林間街道で狗神を発見した。そして……捕獲したのじゃ。」
「式神を、捕獲!?」

そんなことが実際できるのか!?
いや、できたとしても……。

「わかっておる。世界の秩序を保っているとされる式神の捕獲は、まさに禁忌。我々はとんでもない事をしてしまったのじゃ。……しかし、せねばならなかったのじゃ。」
「それでは、試練の場にいる狗神というのは?」
「そう、そのときに捕獲されたものじゃ。……随分、可哀想なことをした。」

そうだったのか。
つまり、式神研究機関である水竜神団は、禁忌を犯して狗神を捕獲した。
確かに、これが他国に知れれば大問題だ。

「知られてはならない事じゃった。じゃが、この事実は、ハンター協会に知られてしまったのじゃ。」
「なるほど……そういうことか。」

アクアス王国が厳重に管理している王宮神殿。
何故、バーグ卿のサインがあれば入場が許可されるのか。
その理由が。

「ハンター協会は、事実の黙認と引き換えに、『契約』へ挑戦する権利を要求してきた。我々は、これを飲まざるを得なかったのじゃ。」
「そりゃ、そうですよね。式神を拘束してることが知れれば、大問題ですから。」
「そうじゃ。だから御主は、狗神との契約に挑戦することができるわけじゃ。」

複雑すぎる。
それに背負うには、荷が重過ぎるような気がした。

「その後、ハンター協会と我々は、協力して式神の研究をしてきた。設立以来の悲願でもある、水竜の発見を最終目標としてな。……そして、それは……。」

お?
大司教が足を止めた。
どうやら、試練の場への入り口にたどりついたようだ。

「まあ、話はここまででいいじゃろう。ともかく口外はしないようにな。」
「わかっています。」
「うむ。それでは、試練の場への扉を開く。中におる狗神は、手強い。失敗すれば命はないと思え。
「……はい。」

無論、その覚悟はできている。
何百万という民衆の命を背負う夜一さんに比べれば、こんなのどうってことないさ。

「では行くぞ。」

エンヴィロン大司教は、扉に杖を向ける。
すると、扉の中央部に埋め込まれている宝玉が光りだした。
大司教が何かを呟くと光は収まり、扉が開く。

「さあ、行くがよい若者よ! 武運を祈る! 狗神を……解放してやってくれ。」

そうだな。
俺が契約に成功すれば、狗神は試練の場から出られる。
長い間幽閉されてきた狗神を、解放してやることができる。

「必ず契約して帰ってきますよ。ご心配はいりません。」

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