「どんどん、邪気が強くなっていく……。」
少年は、砂嵐が吹き荒れる砂漠に一人立っていた。
赤いバンダナが風でひらひらと舞っている。
「やっぱり、何か起こってるんだ。この砂漠の向こうで……!」
懐から小さい石を取り出すと、目を閉じて解放言霊を唱える。
その瞬間眩い光が少年を包んだ。
「僕が正しかったようですよ、閣下。」
光が消えると、そこは元通りの何もない砂漠だった。
「困りますーーーーーーー!!」
そんなに長いこと伸ばさなくてもさ、聞こえてるってば。
もちろん本人には言わない。
「いいなよ。」
「やだ。狗神、俺の心を読んでくれるな。」
「えー、おもしろいじゃん。」
困った同行人だ。
俺達は水上バスでヴェンツィアを抜けて、ようやく黄砂街道に通じるアクアス国境へたどり着いた。
しかし、そこで待ったをくらっているのだ。
「だーかーらー! 俺はハンターで、ここにパスポートもあるんですっ! 出国させてくださいよ!」
「ダメですーーーーーー! だって……だって……国王様のご命令なんですーーー!」
あー! イライラするっっ
いい加減通してくれないかなぁ。
どうやら以前ニュースで聞いた通り、
『黄砂街道は危険』という理由で軍隊が国境を封鎖しているようだ。
「どうしてもサンドランドに行きたいなら、フレイムを経由してエアリアへ回ってくださいーーー。」
「そんな遠回りしてられませんよ! こっちだって急いでるんだから! それにエアリア王国だって国境を封鎖してるんだから、一緒でしょうがっ!」
くそっ、らちが明かないぞ。
ん?
狗神が俺の服をちょいちょいと引っ張ってきた。
「何だ?」
「お兄さんの持ってるパスポートさ、それもっかい見せて!」
「ああ、いいけど?」
ハンターパスポートを狗神に渡してやる。
するとパスポートをひっくり返して裏面をじーっと見ている。
「ねぇ。ここ。」
あ?
『加盟国は本状を携帯するハンターの出入国をいかなる場合においても認めねばならない。』
……そうか、それだ!
「門番さん。このハンターパスポートはご存知ですよね?」
「もちろんですーーーー。このアクアス王国首都ヴェンツィアで調印された、ヴェンツィア条約によって発行されましたーーー。」
「よくご存知だ。じゃあ、この一文も当然知ってるはずですね?」
俺は門番にハンターパスポートの例の一文を見せつけた。
門番の表情が少し変わった。
「うっ。ま、まあ知っていますけれどもーーーー。」
「じゃあ、通してもらえますよね?」
「だ、ダメですーーー! だって……だって……国王様のご命令ですからーーー!」
くっ、なかなかしぶとい男だ。
良い仕事してるよ。
だが、これ以上時間をかけるのはもったいない。
「やっちゃえ、お兄さん!」
……強硬策でいくぞ。
「では、貴方は貴国で調印されたヴェンツィア条約で定められた条項を破られるおつもりで?」
「ぐぐぐ……、それはそのーーー。」
よし、あと一息だ!
一気に畳み掛けるぞ!
「いいですか! これは国際問題ですよ!? 貴方一つのクビではすみませんよ!?」
「ううう……ど、どうぞお通りくださいーーーー……。」
やったあ!
何かすっごい達成感と爽快感だ!!
「あっはははは! 面白かったねー、あの門番の人。」
「まあね。彼も職務だから、仕方ないんだろうけどさ。こっちも職務だしね。」
「ほら。あれ見て。砂漠が広がってるでしょ?」
狗神に言われて気がついた。
さっきまでの緑溢れる光景とはうってかわって、砂だけの大地が延々と続いている。
旧サンドランド領、黄砂街道だ。
「うーん、あれは確かに凄い砂嵐だねぇ。生身の体じゃあ切り刻まれちゃうかも。」
狗神の言うように、街道全域に巨大な砂嵐がいくつも吹き荒れていた。
こりゃ確かにアクアス軍が『危険だから』と国境を封鎖するのもわかる。
だが、行かなくちゃ。
ここを通り抜ける為に、アクアスでも頑張ったんだからな!
「さ、頼むぜ狗神!」
「おっけー。任せといて!」
俺の相棒は、ふわりと今にも飛びそうな軽やかな足取りで、前に出た。
そしてアイツの本来の姿……魔獣へと戻る。
しかし戦ったときのような黒い妖気ではなく、白い光が狗神を包んでいた。
『おっ、元に戻ってもなめらかに話せる。』
あ、あの、そんなとこに感動してないで早くオーラを……。
白い光も、普通に話せるようになったのも契約の力なのかな?
『じゃ、いくよー!』
「おう。」
守りのオーラが俺とアイツを包み込んだ。
これで準備は万端だ。
「あ……、でもこのオーラって30秒しかもたないんじゃないか?」
それがコイツの弱点でもあったわけだからな。
そうなると結構大変なことになりそうだ。
『あー、それなら大丈夫だよ。力を加減すればいいわけだし。』
「ん? どういうことだ?」
『だからさ、守りのオーラの力を最大にした場合は30秒しかもたないの。今回は砂嵐から身を守ればいいだけでしょ? それなら全力で展開する必要ないじゃん。」
「なるほどな。加減すれば長く保てるわけか。」
『うん。あ、でも休憩はさせてよね。』
「はいはい。」
俺達は、吹き荒れる砂嵐の中へと入り込んでいった。
オーラの中から外を見ると、砂嵐が狗神の力ではじき返されているのがわかる。
まるでガラスに包まれているみたいだ。
ゆっくりと、だが慎重に俺達はサンドランドへと進んで行く。
アクアス王国領 黄砂街道側国境 ────
「困りますーーーーーーー!!」
「何だよ、、いちいち面倒だな、、、、」
男は門番に「はい」と言って許可証を提示する。
ハンターパスポートだ。
「ううっ、またそれですかーーーーー?」
「さ、、、通してもらうよ??」
「ど、どうぞ……お通りくださいーーーーーー! もう好きにしてーーー!」
「アリガト★ お仕事、、ごくろーサン♪」
許可証をしまうと、男はすたすたと黄砂街道へと向かっていった。
門番が大きなため息をついた、その時。
「あんた馬鹿!? 何でアイツを通すのよっ!!」
「ひっ、ひいい!! な、なんですかーーー!?」
今度は怪しげな巫女が現れた。
しかも凄い剣幕で。
「パスポートが偽物なのに気づかないなんて、全く役に立たない門番だね!!」
「えっ!? に、偽物ですってーーー!?」
「はあ、行ったか……やれやれ。勝手にしなよ。」
巫女は、男が消えた黄砂街道に吹き荒れる砂嵐を見た。
暴れ狂う自然の脅威。
サンドランドに訪れた悲劇。
この街道の向こうにその答えが待っているのだろうか。
「シュウに左之助。……ちょっとばかり頼りない面子だけど、ま、なんとかなるわよね。」
そう言うと、巫女は踵を返して国内へと戻っていく。
ところが門番がほっと一息ついたところで。
「あ。」
「ま、まだ何かーーー?」
「さっきイハージとかいう将軍の命令で、王宮神殿の封鎖令がでてたけど……。」
彼女はこの上ない笑顔を見せて言った。
「アンタ、行かなくていいの?」