第1部 新米ハンターの冒険録

『うりりー★』
「ご苦労様、くーちゃん。ありがとね。」

『りりりー♪』

あの砂嵐は確かに普通じゃないわね。
サンドランドに次々と起こった事件も……。
どうやら、ただの偶然じゃないみたい。
急いであの子を探さなくちゃ。
きっとこの国のどこかにいるはず。


第34話『宴の始まり』

サンドランド王国 コーサラの街跡 ────

あまりの痛みに儂は声にならない叫びを上げた。
魔物の剣が左腕に深い傷を刻んだ。
しかし、それだけじゃった。

『【ハミューの巾着】の効果が……消えてる?』

雲外鏡の言うとおり。
儂に降りかかっていた巾着の二つ目の効果が消えている。
だから、儂は左腕が斬られただけですんだのじゃ。
軽装備とはいえ防具をしておいてよかった。
斬られたとはいえ、傷はまだ浅い。
じゃがあまり考え込んでいる時間はない。
すぐに魔獣の爪を構えなおし、目の前の小さなモンスターを切り裂いた。

動いたときに体中に痛みが走った。
周りを見渡してみると既に他の魔物達は、雲外鏡と見慣れない少年によって倒されていた。

「【ハミューの巾着】の効果を取り除いてくれたのは、御主か?」

儂は少年にそう尋ねた。
不思議な格好じゃ。
雲外鏡を通して見たシュウよりは、若干幼いように見える。
手に持っておるのは……何じゃ?
笛?

「ええ、そうです。正確にはエンチャントの効果時間をリセットしたんですけどね。」
「ふ、ふむ?」

何だかよくわからんのぉ。
儂はあまりエンチャントについての知識を持っておらぬ。

『召喚術ね。時間の魔術師・グリール。』
「時間の魔術師、グリール?」

誰じゃ、それは。聞いた事がない。
それに……召喚術?

「その通りです。この……、」

少年は、持っていた袋から一枚の石版を取り出して見せた。
そこには見た事もない文字が並んでいる。
古代文字、かの?

「石版の持つ【召喚】の力で呼び出しました。」
「そ、その召喚というのは?」
「異世界に住む魔人や悪魔といった者達と契約し、呼び出す術のことです。時間の魔術師と呼ばれる悪魔グリールは、エンチャントの効果時間を操る事ができます。

『簡単に言えば、巾着の効果が発動する前にまで時間を戻したってところね。その証拠に……、』
彼女は儂の足元を指差す。
そこには小さな巾着袋が転がっていた。
弾け散ってしまったはずのハミューの巾着じゃ。

『完全にエンチャントの効果をリセットしたのなら、巾着は弾けたままだったはずよ。』
「なるほどのぉ。そういう違いがあるのじゃな。」
『もっとも、異世界の召喚獣と干渉しあうのは並大抵のことではないけどね。見かけによらず、召喚に慣れている様子よ。』

ふむ。
ならばこの少年、一体何のために儂を助けてくれたのじゃ……?
それに。

「御主はいったい何者なのじゃ?」

少年は袋に石版をしまい、にこりと儂と雲外鏡に笑いかけて答えた。

「僕はポティーロ。この砂漠に満ちる邪気を断ち切るためにきました。」


サンドランド王国 王都ヴァルダナ ────

「終幕の時が来た。」

ソレは空気を凍らせるような冷たい低音で、そう呟く。
首都ヴァルダナの中央に位置し、一番巨大な建造物の上。
そこにソレは立っていた。

「集まりし絶望の念こそ、奴をこの世に呼び覚ます力となる。」

主を失ったサンドランド王宮は無残にも朽ち果てており、 外壁は砂によって侵食され、かつての荘厳さは残っていなかった。

「さあ、砂漠の大地よ。」

自警団の者達がそのただならぬ気配に気づいた。
彼らは一斉に王宮の屋上に目をやる。
その圧倒的な存在感は、決して王宮の上にいるからというだけが理由ではないだろう。

「ジョダロ隊長……あ、あいつは一体?」

一人の若い戦士がソレを指差して、そう言った。

「わ、わからんが味方ではあるまい。そ、総員! 戦闘準備! 第二部隊は東エリアの民達を護れ!」
「ははっ!!」

ソレは、自分に気がつき動き出した戦士達に向かって、恐ろしい邪笑を浮かべる。

「最後の絶望の宴を見せよ。」

幾多の魔物を葬ってきた戦士達の前に現れた一匹の魔物。
その姿に彼らは恐怖すら覚えた。

「な……何なんだ、コイツは……!」


サンドランド王国 グプタ地方 ────

「!?」
間違いない。
この気配はあの子のもの。
だけど……あきらかに邪悪な力が漲っている。

『うりうりりー!!』
「やっぱり、くーちゃんも分かるのね?」
『うりりりりー!!!』
「うん……そうね。急がなくちゃ。あの子の身に何か起こってるのは確かだわ。くーちゃん、この気配の元がどこだかわかる?」
『りりり★』
「西の方角……きっと、枯れたオアシスがある王都ヴァルダナだわ。くーちゃん、お願いね!」

くーちゃんにオアシスで確保しておいた水をかける。
するとたちまちくーちゃんは大きくなり、私の身長なんて軽く越してしまった。
これがウリヤ族の特殊な力。
水を吸収し、体内に蓄える事で自身を巨大化させることができる。
そしてもう一つ。

『うりりりりー!』
「行くわよ!」

軽く跳躍して、くーちゃんの背中へと飛び乗る。

「魔力解放!」

この砂漠に王国ができる前から住んでいたウリヤ族と、共に生活していた私の一族。
その全員に受け継がれる特別な力。
今となっては私だけが継承しているエンチャントだけれど。

「【瓜族解放】!」

くーちゃんの背中に白い大きな羽が生える。
なんかあまりにもその……似合ってないなぁとは思うんだけど。
誰なのかしらね? 最初にこのエンチャントを作り出したのって。

まあ、いいわ。
この能力のおかげであの砂嵐を越えることができたんだしね。
それに普通に歩く何十倍のスピードで移動することができる。

『うりうりー♪』
「急ぐわよ、くーちゃん!」
『りりー★』

全速前進。
私達はサンドランド王国の首都、ヴァルダナへと急いだ。

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