あの子が勝手に出歩くなんてよくあること。
それでも、こんなに帰ってこない事なんてなかった。
必ずあの子は自分で帰ってきたわ。
それに何かが引っかかる。
何でかしら?
一体、どこにいるのかしら?
……。
もしかしてあの子は、故郷に……?
サンドランド王国 王都ヴァルダナ ────
何人か、武装した男の人達がこちらへ向かってくる。
おやおや。
どうやら僕の気配を察知したようだ。
こっそり建物の影から様子を伺っていたから、怪しまれちゃったかな。
仕方ないので僕は自分から出向いていった。
「一体何があったんですか?」
僕は先頭にいた男の人にそう尋ねる。
男性は僕を見てよっぽど驚いたらしく、持っていた剣を構えなおそうとして落としかけた。
魔物じゃないので安心したのか、剣を下ろして答えてくれた。
その剣にはどす黒い液体がべっとりとついている。
これは魔物の……。
「この魔物だらけの砂漠を一人で渡って来なさったのか?」
「ええ。まあ……渡ったと言えば、渡ったんですけど。」
本当はエンチャントの力を借りて移動したんです、とは言いにくいなぁ。
僕はコッソリあの石をポケットの奥のほうへと押し込んだ。
一般の人には普通の石と見分けはつかないと思うけど……まあ、一応。
「お若いのにたいしたものだ。ハンターさんですか?」
「えーと、そんなところですね。」
本当はハンターじゃないんです、とは言いにくいよなぁ……。
そんな墓穴を掘るようなことは言わないでおこう。
「ああ、申し訳ない。どうしたのか、と尋ねられたのでしたな。お答えしましょう。」
男性は戦士達に休息をとるように、と命じた。
しかしほとんどの戦士達はそれに従わなかった。
「ジョダロ隊長! 夜一様が戦っておられるのに、我々だけが休むなどとできません!」
「そうです! 俺もすぐに戻れるように準備しておきます!」
「……勝手にしなさい。」
隊長だったのかな、この人。
ジョダロさん、って名前らしい。
でも「夜一様」って誰だろう。
それに戦ってるというのは? ……一体誰と?
「我等は今、戦場から戻ったばかりなのです。」
「戦場……と言いますと?」
「ここから南のコーサラの街をご存知ですかな?」
コーサラの街ね。
サンドランドの王都である、ここヴァルダナに続く第二の都市だっけ?
さすがに半年くらい情報を集めてきたんだ。
それくらいはまだわかる。よかったー。
「第二の都市として有名な、あの?」
「そうです。今、コーサラは魔物の巣窟と化しています。」
「な、何ですって?」
「聞いた事があるとは思うのですが、このヴァルダナにある一つのオアシスが半年前に枯れました。」
それも聞いたなぁ。
ある一つのオアシスが枯れてから、砂漠の国は崩壊にまで陥ったっていう噂。
本当だったのか……。
それならこの王都の寂れ様もわかる。
「我が国はそれ以後王政が崩れ、侵入してくる魔物たちとの戦いを繰り返すばかり……。我々砂漠の民を導いてくださっている方が四楓院夜一様なのです。」
「四楓院夜一、さん。」
「ええ。夜一様は王国にお仕えしておられた方で、自警団を組織し指揮してくださっております。」
普通そこまでできるだろうか?
僕も閣下の為に、そして国の為に動いているつもりだ。
だけど、夜一さんのように動ける人はそうそういないだろうな。
「しかし、我等は次々と現れる魔物に押され始め、とうとう王都にまで追い詰められたのです。先ほどコーサラの街に、この王都へ向かおうとしている魔物の群れがいるとの報告があり、夜一様は我等自警団を率いてコーサラへと向かったのですが……。」
彼らだけが戻ってきている理由。
なんとなく、分かる気がする。
同じような理由で行動をしている僕にも。
「夜一様は、死ぬ覚悟をされているんです!」
先ほど休息をとる事を拒んだ戦士の一人が、そう言った。
僕もそうだと思う。
夜一さんは自分の命を犠牲にしてでも、その魔物の群れを倒そうとしているんだろう。
「ですが、我等にはどうすることも。……足手まといになるだけなのです。夜一様に『撤退せよ』と命じられればそうするのが一番なのですよ。」
「そうでしょう。夜一さんは貴方達を護ろうとしているのだと思います。」
「やはり。……我々のような弱者でも、魔物からの盾くらいにはなるでしょうに……。」
「それは違います。」
「?」
絶対に違う。
それだけは違うんだ。
夜一さんは…………。
僕は……。
「『国民こそが国』ということです。」
「ど、どういうことですかな?」
「例え国王がいなくてもいいんです。国民の一人一人こそが国なんですよ。貴方達一人一人がサンドランド、という国なんです。夜一さんは何よりも国を護りたいと思っている。だから、貴方達の命を危険に晒したくないんです。貴方達こそが国そのものだから!」
「…………。」
そうですよね? 閣下。
だからこそ、貴方はあの時民に手を貸された。
ご自分の地位を全て投げ打ってまで。
僕も同じ気持ちなんですよ。
「そ、そんな……夜一様は、一人で全てを抱え込んでおられたのか……。」
「それは夜一さんが望んだ事です。きっと、後悔などしていないでしょう。」
「あ、あの!!」
先ほどの若い戦士が僕に声をかけた。
若いといっても僕よりは数段年上なんだと思うけど。
「夜一様を助けてもらえませんか!?」
「ば、馬鹿を言うじゃない、モヘン!」
こちらへ駆け寄ってきた若い戦士に、隊長が待ったをかけた。
それでも構わずに彼は自分の思いを必死にぶつけてくる。
「わ、我々の命が国そのものだと、そうおっしゃいましたよね!」
「はい。夜一さんもきっと同じ考えなはずです。」
「やめんか、モヘン!」
「いいんです。……続きを。」
僕は隊長さんを手で制した。
まだ、何かを言おうとしていたジョダロさんだったけど、黙り込んだ。
「それならば、夜一様だって国そのもの、そうじゃありませんか?」
「はい。……僕もそう思います。」
「我々にとってかけがえのない御方なのです! 我々だって国を護りたい。ですが、俺には。いえ、我々にはその力がないのです。しかし貴方にはそのお力がある! あの砂漠を一人で越えた貴方には! どうか我等の為にそのお力を貸していただけませんか! 我々も国を……護りたいのです! 夜一様と同じように!」
最後までその状況を見ていたほかの戦士達が、次々とこちらへ駆け寄ってきた。
「お、俺からもお願いします!」
「どうか、夜一様をお助けください……!」
誰も彼も皆必死だった。
夜一さんを護りたい、国を護りたい。
そういう気持ちでいっぱいなのが伝わってくる。
「……失礼な事は百も承知です。ですが私からも、お願いします。」
若い戦士を止めていたジョダロさんも、最後には頭を下げた。
彼も本当は同じ気持ちだったんだろう。
だが、自分だけはしっかりしなくては。若い者を纏めなくては、と思っていたのかもしれない。
「皆さん。どうか頭を上げてください。」
無論、答えは一つだ。
大体彼らに頼まれなくても、答えは一緒だったんだ。
国を護りたい。
自分と同じ気持ちを持つ彼らの言葉を無視することなんてできない。
同じ想いを抱く夜一さんを見殺しになんて、できやしない。
「もちろん僕でよければ助太刀しましょう。現場の詳しい状況を!」
「あ、ありがとうございます! 夜一様は命を捨てるお覚悟なのです……。【ハミューの巾着】というエンチャントを発動させたはずです。」
「な……【ハミューの巾着】ですって!?」
確かに夜一さんは命を捨てるつもりなんだ。
よりによって【ハミューの巾着】の名前をまた聞く事になるとは思わなかった。
彼らが戻ってすぐ発動させたのだとしたら……。
そろそろ危険だ。
「コーサラの街はここから遠いですか!?」
「そ、そんなに離れていません。」
「方角は!?」
「み、南です。」
大丈夫、きっとまだ間に合う。
夜一さんほどの人なら万が一、自分が巾着の効果で死んだ場合を考えるはずだ。
魔物の背後からの追撃を予想して、彼らがヴァルダナへ撤退完了する時間を見計らって発動したはず。
ならば。
「ヴァルダナから南。間違いないですね?」
「はい。……しかし、それを聞いてどうなさるのです?」
「それだけ聞ければ、十分です。」
僕はさっきポケットの奥へ押し込んだ石を取り出した。
そしてもう一つ。
袋から一枚の石版を取り出す。
準備はオッケーだ。
急ごう。
「魔力解放!……【ワープ】!」
眩い光が僕を包む。
もう慣れてしまった、この転移の光。
さあ、連れて行ってくれ。
夜一さんの元へと。
「……き、消えてしまった。ど、どうか……夜一様を……。」
サンドランド王国 コーサラの街跡 ────
数は少ないが、四方に散っている魔物の群れ。
その中央に二人の女性が見える。
だが一人はどう見ても人間の気配じゃない。
だとすると式神、かな?
「どうした!?」
夜一さんの声だろう。
式神らしい女性が、何かを察知したらしい。
『よ、夜一……あ、新手よ!』
「な、何!?」
何だって?
周りを見渡すと、南の方角から別の魔物の群れがきているのが見えた。
これはまずいな。
『数は少ないわ。何とかなるかもしれない! 急ぎましょう。』
式神がそう言った刹那、パン、と小気味良い音がした。
赤い光が夜一さんに纏わりついた。
間違いなく【ハミューの巾着】の力だ。
すぐに呼び出さなくては!
僕は先ほど準備した一枚の石版を地面に置き、あいつを呼び出す呪文を唱えはじめる。
「時を操る異界の者よ」
式神が何か夜一さんに叫んでいる。
恐らく、逃げるようにと。
彼女は巾着の効果を受けた後、すぐに魔物の群れから離れようとした。
しかし、剣を持った小さいモンスターが彼女に襲いかかろうとしている。
「古の魔法により交わされた魔の盟約によりて」
式神がその危険を夜一さんに知らせた。
彼女は振りかえり、そのモンスターの存在に気がついたのだが、
「我が前に出でよ……!」
魔物はすでにその小さな剣を彼女に振り下ろそうとしていた。
咄嗟に夜一さんは、左腕を前に出す。
だがその状態では左腕はおろか、体ごと木っ端微塵になってしまうだろう。
目が合った。
僕に気がついたようだ。
……間にあうか!?
「【グリール】!」
石版の上に現れた異界の悪魔が、
コーサラにいる全ての者に時間の魔法を見せる。
振り下ろされた剣が夜一さんの体に入っていく音が、聞こえる。