第1部 新米ハンターの冒険録

「これは……」

朽ち果てた王宮の前に倒れる少年。
そして遥か上空でそれを眺めている、フードの男。
歴史の歯車は確実に回っている。
誰が勝ち残り、誰が滅び行くのか?
それはこの戦いが決する時まで知ることはできない。


第37話『消えた聖水』

サンドランド王国 王都ヴァルダナ 西エリア ────

俺はちーちゃんの攻撃を避けようとはしなかった。
構わずに、引き金を引いた。
だって俺にはそんな攻撃は通用しないから。
今の俺は独りじゃないから。

「……信じてたよ。」

眼前に迫っていたちーちゃんの右腕は、あと数センチのところでそれ以上俺に近づけなかった。
紙のように薄い、だけど確かな力を持つ狗神のオーラが、俺を包んでいたからだ。

『全く……世話がやけるなぁ。』

エンチャントの力が籠められた魔弾はちーちゃんに直撃した。
さすがのウリヤ族もその強大な衝撃を受けて、大きな地響きを立てて吹き飛んだ。
それまでの受けたダメージもあったんだと思う。
ちーちゃんがその巨体を動かす事はなかった。

「や、やった、、、のか??」
「ええ。今ならあの子を正気に戻せるはずよ! くーちゃん、行くわよ!!」
『うり!』

伽耶さんがくーちゃんを伴って、意識を失っているちーちゃんの元へと走っていった。
俺や左之助もあわててその後を追う。
これからちーちゃんの体を元に戻すわけだ。
本来水をウリヤ族が自ら外に放出することで元に戻るわけだけど、 今のちーちゃんはそれができる状態ではない。
そこで伽耶さんのエンチャントで強制的にその水を抜き取る、というわけだ。
ちーちゃんの巨体に伽耶さんが右手を当て、左手をくーちゃんの頭に乗せる。

「魔力解放! ……くーちゃん、行くわね。」
『うり。』
「【瓜族解放】」

解放言霊によってエンチャントが発動する。
凄く不思議な光景だった。
青い光が三人を包み、ちーちゃんがどんどん小さくなっていった。
それとは反対に、くーちゃんはちょっとづつ大きくなっていく。

『なるほど・・・水を移動させてるんだね。』
「やっぱり伽耶さんの手を通じて、ってことか?」
『うん、そうだと思うよ。』
「なんとも摩訶不思議な生き物だなぁ、、、」

俺もそう思った。
くーちゃんが、先ほどのちーちゃんと同じくらいに巨大になった。
気を失っているちーちゃんは元の姿へと戻り、伽耶さんが抱きかかえてこっちへ歩いてくる。

「上手くいったわ。この子もケガはしてるけどすぐに良くなると思う。三人とも、ありがとう。」
「それはいいケド、、、今度はあいつが大きくなったジャン?? どうすんの?」
「ああ、それなら問題ないわ。くーちゃん!」

伽耶さんの呼びかけにくーちゃんは大きく頷いた。
……いや、当の本人は別に大きく頷いたつもりじゃないのかもしれない。
でもあれだけデカイとそう見えるんだよな。
くーちゃんが両手を前方に向ける。
ま、まさか……。

「ハイドロプレッシャーよ!」
「ちょ、ちょっと伽耶さん! そんなことしたら大洪水になりますよ!?」

「いいの! いい考えがあるの。」

くーちゃんの両手から容赦なき水の刃が放たれる。
その量はさっき挟撃陣で見せたものの何十倍だ。
直撃したら、死ぬ……よな。
ところが俺の考えとは違って、その水が洪水となってヴァルダナに溢れかえる事はなかった。
ハイドロプレッシャーで放たれた水は、ある一箇所に集中して流された。
そこは先の戦闘でちーちゃんが空けた、大穴。

大量の水は、あの巨大穴を瞬く間に満たしていった。
す、すごい。
何か上手い事使ったなぁ、あの大穴。
水は穴から溢れる事はなく、上手い事収まった。
体内の水分を放出したくーちゃんも、元通りのサイズへと戻る。

「これで……全て終わったわ。」
『うり、うりり!』

ちーちゃんはやはり戦闘のキズと疲労で意識を失ったままだった。
だがもう、あの子は大丈夫だろう。
抱きかかえられたちーちゃんの顔を、心配そうにくーちゃんが眺めている。

『ねぇ……ところで、なんだけどさ。』
「ん? どうした?」
『そこの大穴の水なんだけど。ただの水じゃないよ。』
「え?」

狗神に言われて、俺は大穴に満ちた水を見た。
確かに心なしか光っているような気がしないこともない。
何だ、これ?

「ははーん★ もしかして、、、これが噂のオアシスの水じゃないの??」
「な、何だって?」
『うん、僕もそう思ってたんだよね。』

まさか!
この水が枯渇したオアシスの水だというのか?
だが大穴の水が普通じゃない事は見てわかる。
ってことは、やっぱりちーちゃんが原因で……?

「ちょっと、シュウ君! ちーちゃんが犯人みたいな目で見ないでよ!?」
「え、あ、いや……その。そういうつもりじゃ……。」
『まあ、あの子が悪意を持ってやったことではないだろうけどね。』
「そりゃそうじゃない!」
「ってことは、どういうことになるのかナ、、、?」

もう一度、落ち着いて考えてみよう。
ちーちゃんの体内に含まれていた水、これは恐らく消えたオアシスの水だった。
オアシスから水が消えたのと、ちーちゃんが行方不明になった時期は一致している。
だが悪意を持ってちーちゃんがそんなことするわけはない。
わざわざアクアスから、その水を吸引するためにこんなとこまでこないだろうし。
ってことは。

「誰かがちーちゃんを誘拐したってことか?」
「その上、サンドランドの聖水をこの子に吸引させたって事になるわね。」
「さらにソイツは、あのウリヤ族さんに何か術をかけて、正気を失わせてるな、、」
『サンドランドに降りかかった災厄も、多分そいつの仕業ってことだね。』

そう。
落ち着いて考えてみればわかることだ。
この一連の事件には黒幕がいる。
ちーちゃんを誘拐して聖水を奪い、砂漠を崩壊へと導こうとした奴がいる。

「……夜一さんが危ない。」
『そうだね。急いだほうがいいと思う。』
「何か雲行きが怪しくなってきた……★ さっきから嫌に空気がピリピリする。」

確かに、そうだな。
なんだか肌が痛い。

『何かあるとすれば、やっぱり噂のオアシスの方だよ。』
「オアシスは確か王宮の近くだったハズ、、、ならここから東かな。」
「貴方達にも事情がありそうね。そりゃそうよね。今の……このサンドランドにいるんだもの。何かあるに決まってるわ。よければ道案内させてくれる?」
「え、いいんですか?」
「もちろん。ちーちゃんを助けられたのは貴方達の協力のおかげだもの。それにこの砂の国の地理なら、貴方達よりもよーく知っているつもりよ。」
『うり。』

……そうだな。
伽耶さんとくーちゃん達は、昔サンドランドに住んでいたんだ。
闇雲にオアシスを探して走るよりも、案内してもらったほうが早いだろう。

「じゃあ、さっそくお願いします。」
「わかったわ!こっちよ!」

ぐったりしているちーちゃんを、大穴のそばに寝かせると伽耶さんは走り出した。
俺達も伽耶さんの後を追う。
サンドランドを絶望の渦に巻き込んだ、その黒幕を倒すために。
砂漠の民の期待を背負う、たった一人の戦士を救うために。


東へ。
もっと東へ。

荒れ果てた王都、ヴァルダナが視界に入ってくる。
混乱する民の姿。
それを誘導する自警団の戦士達。

そして俺の目に巨大な王宮が写った。
今のサンドランドの姿を象徴しているかのような荒れ果て具合……。
俺はそこへ行く事への不安を拭い去りきれなかった。
だが、行かなければ。

必ず卵を届けるって約束したから。

主を失った王宮が、俺達をそこで待っていた。

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