第1部 新米ハンターの冒険録

「どうやら砂漠のほうでも暴れてるみたいね?」

白で統一された綺麗な服装の男が、声のした方を振り返る。
だがその声は間違いなく、砂漠の王宮に現れた男と同じだった。

「砂漠は既に我が手に落ちた。次は、あの氷の大地だ。」
「好き勝手計画立てるのはご自由に。……でも、その身体は返してもらうわよ。」


第36話『古の戦術』

「……そこへあの少年が助けに来てくれたというのじゃな。」
「はい。その通りです。」

きっとあの少年にもまだ事情があるのだろう。
儂と同じように、ポティーロ殿もその背に何かを負うているのかもしれぬ。
と、その時ずっと気配を探っていた雲外鏡の表情が変わった。
どうやら何かを察知したようだ。

『夜一。王宮の方の気が変わったわ。あの二人が戦いを始めたみたい。』
「うむ、そうか。では儂達もすぐに王宮へ向かおう。ジョダロ! 民の事は任せるぞ!」
「ハッ! この命に代えましても、必ずやこの任務全うしてみせます。」

頼もしい部下の言葉に儂は大きく頷き、走り出した。
サンドランド王宮でポティーロ殿が戦っている。
今度は儂が彼を助けなければ。

砂漠に吹き荒れる風をこの身に感じながら、儂と雲外鏡は首都を疾走した。


サンドランド王国 王都ヴァルダナ 西エリア ────

『準備はいい?』
「俺は大丈夫だ。」
「うん、、、問題ナシ★」
「いつでもいいわ。」
『うりうり★』

俺達はちーちゃんを囲むようにして立っていた。
この暴れ狂うウリヤ族を止めるには、それ相応のダメージを負わせるよりほかはない。
古き時代に生み出された伝説の戦術……。
使いこなせるかどうかはわからない。
だけど俺達にはやるしかなかった。

『よし、行くよ!』

狗神の合図で、俺達は指示通りに行動を開始する。
先に展開されるのは、狗神とくーちゃんの【挟撃陣】だ。

『【挟撃陣】はその名前の通り、敵を前後もしくは左右から同時に攻撃する戦術なんだ。』

さっき、そんなことを説明していた狗神は、ちーちゃんの後方へと素早く回る。
一方でくーちゃんが挟み込むようにして前方に立ちふさがる。
よし! 陣形は整った。
後は伽耶さんの……、

「ちーちゃん……少し痛いけど、我慢してね。【瓜族解放】!」

これが決まれば。
伽耶さんの声が辺り一面に響き渡った。
するとエンチャントの力でくーちゃんに羽が生える。
初めて見たときと同じ羽だ。

大空へと飛び上がったくーちゃんの真下では左之助が待機していた。
右手に一本のボトルを持って。

そう、水だ。
伽耶さんが備蓄していたオアシスの水を、空中のくーちゃんに向かって投げつける。
出来る限りこちらの存在に気づかれない為の最善の策だった。
左之助が放ったボトルの水は綺麗な放物線を描き、その一部がくーちゃんの体に触れた。
するとウリヤ族の特性でどんどんと体が膨れていく。

「よし★ あとは任せるから、、、」
『わかってるよ! 行くよー、くーちゃーん。』

地上からの言葉に答えるようにくーちゃんが右手を振っている。
想定通り、ちーちゃんがいよいよ目の前に巨大な物体が現れたのに気がついた。
ここからが勝負どころだ。
ちーちゃんは空中を舞うくーちゃんを叩き落そうと、その大きい右腕を振り上げる。

『古の戦術、壱の巻……【挟撃陣】!』

狗神がとうとう号令をかけた。
今からが本番。
ちーちゃんの右腕がくーちゃんに直撃しようとした刹那、くーちゃんの体を丸い球体が覆う。
アイツの護りのオーラだ。さすがは式神。
その効果は絶大で、ちーちゃんの右腕はオーラを破れずに行き場所を失い大地を穿つ。

うわわわわわわ、やばい。すっげー振動。

「こ、こりゃ地震だナ、、、★ 砂漠じゃなかったらこの大穴誰が埋めるんだ?」
「あそこまで巨大化したウリヤ族の右腕だもの。これほどの威力があってもおかしくないわ。」
「うう……できれば相手したくないな。」

おっと、俺としたことがつい本音を。
そんなことを言っている間に挟撃は始まっていた。
狗神のオーラを依然として纏った状態で、くーちゃんが両手を前に向ける。
伽耶さん曰く、これがウリヤ族の凄い技らしい。

「くるわよ!」

くーちゃんの両腕から、強い圧力によって圧縮された水の塊が放たれた。
どう見てもアレはビームにしか見えない。
だが、水だ。
いくら水でも、あれだけのスピードと圧力がかかっていれば、威力は桁違いだろう。
実際に、直撃をくらったちーちゃんはその巨体を後退させた。

「今のがウリヤ族の奥義、ハイドロプレッシャーよ。」

予めどんな技かは伽耶さんから聞いてたけど、予想以上だ。
っていうか怖い。
どうやらこの奥義は、体内に取り込んだ水を放出しているらしい。
くーちゃんはちょこっと小さくなっている。
だがあの少量の水でこれだけの技が繰り出せるとは……。

後退したちーちゃんが反撃をしようと態勢を整えた直後、背後から狗神が襲いかかった。
式神の特殊な力によって魔力の塊を放つ【神力】という技だそうだ。

「やった! 直撃したぞ!?」
「ウン、、あれをくらったらひとたまりもないと思う。」

ハイドロプレッシャーは水だったが、今度は魔力の塊を後ろからもろにくらって、 さすがのちーちゃんも態勢を崩した。
そして、すかさず二人は迎撃に入る。

くーちゃんは前方から、狗神は後方から、それぞれ水と魔力を強い圧力で圧縮した塊を放った。
前にも後ろにも倒れる事ができず、ちーちゃんがその場に足を崩す。
完璧だ。

「すごい……これが古の失われた戦術。」
「これが【挟撃陣】。強い、ですね。」
『感心してる場合じゃないってばー!! 準備準備ー!!』
『うりりうりりー!!』

そうだった。
次は俺達三人が【三連弾の陣】を実行する番だ。
ちーちゃんがしばらく動けないでいる間に、俺達は陣形を組む。
あの子の攻撃手段を知り尽くしている伽耶さんには前衛、 補助的なエンチャントを持つ左之助は後衛で、俺が中衛を担当する。

『そろそろ始めないと、ちーちゃんが復活するよ!』
「わかってるって! 伽耶さん!」
「OK!」

伽耶さんが大きく跳躍する。
さっきまでくーちゃんが浮遊していた辺りの高さだ。
そこで伽耶さんは一本の包丁を手に取った。
ん? 一本?
武器として使うつもりみたいだし……一振りとすべきか?
まあ、いいや。
包丁なんだけど、伽耶さん曰く古代の貴重な金属が合成されているとのことらしい。

「闇の底より噴きあがれ! 地獄の業火!」

な、なんだ?
聞いた事のない言霊だな。エンチャントを解放するものとは違うようだけど。
すると驚いた事に伽耶さんの包丁が真っ赤に光り始める。
おいおいおい。
まさか。

「ごめんね、ちーちゃん。我慢して、ね?」

伽耶さんは思いっきり包丁を振った。
包丁から太陽がでてきたのかと、俺は思った。
眩しかった。
激しい業火がちーちゃんを包み込む。
い、いくら仕方ないとはいえ……ちょっと可哀想だ。
熱さに苦しむちーちゃんが、じたばたと暴れ始める。
だがあの巨体だとそれだけで強烈な攻撃と化している。
それを軽々と伽耶さんはかわしている。

「それじゃ次は俺サマの番か★」

盗賊王の篭手を右腕にはめて、左之助は俺よりさらに後方でエンチャントを発動させる。
その距離は30メートルくらいだろうか。
これだけ離れていても寸分狂いなくきめられる、と本人は言ってるけど。

「奥義解放! 【ピック】!」

例の怪しげな光が左之助の意思に従って、ちーちゃんの元へと向かう。
炎に包まれているちーちゃんはそれに気がつかない。
よし、俺もそろそろ……。

篭手の光がヒットした。
行くぞ!

「魔力解放!」

俺は銃を構えた。
トリガーに指をかけるため、意識がわずかにちーちやんからそれる。

「シュウ君、危ない!」

この伽耶さんの声にようやく視線を戻す。
目の前に巨大なウリヤ族の手があった。
でも俺には関係なかった。

「【即死】!」

ちーちゃんの右腕が直撃する瞬間、俺はエンチャントを解放した。

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