第1部 新米ハンターの冒険録

「……僕は、いったい……?」
『お前の魂は、強い未練をこの世界に残した。故に、式神に選ばれたのだ。』

目の前にいるのは誰……?
眩しくて、よく見えない。

『お前にはこの世界の秩序を保つその一角となってもらう。しかし、それ以外は自由。お前が二度目の命で、何をしようとも我は構わぬ。さあ、我が子よ。行くがよい。新たな“狗神”よ。その“護”の力を、どのように行使するかはお前しだいだ……!』

遠い日の記憶。
あれは一体、誰だったんだろう……?
僕の事を“我が子”と呼んだ、あの存在は。
神様、だったの?


第29話『相棒』

「気がついた?」
「うわあ!?」

びっくりしたっ!!
目が覚めたら、そこに狗神の顔があった。
さっきまで殺し合いをした相手だ。
また心臓の鼓動が速くなった。

「いやだなー、お兄さん。もう攻撃なんてしないよー? さすがに。
「うん、されたら困るんだけどな。さすがに。
「はっはっは、契約を結んだだけあって打ち解けるのが早いのぉ。……さすがに。

いや、そこは真似しなくても。
大司教様達が飲み物を持って部屋へやってきた。
どうやらここは王宮神殿の一室らしい。

「【回復】のエンチャントを扱う司祭五人がかりでようやく完治できたのじゃ。なんとも狗神のツメとは恐ろしいものじゃのぉ。」
「えへへ。」
「いや、『えへへ』じゃねぇだろ。」

まあ、これからはよき相棒だ。
そう考えれば心強いけどさ。

「それから、御主を蘇らせた【復活】のエンチャントの事なのじゃがな。」

そういや、忘れてた。
俺なんで生き返ったんだっけ。
死んでたから記憶にないんだけど。

「あの後数名の神官で調査をしたところ、反魂香の可能性が強いのじゃが、いかがか?」
「反魂香?」
「そうじゃ。黄泉の国へ向かう魂をその香の匂いで呼び戻す古代の貴重な道具じゃ。例えば、そうじゃな。粉の入った袋を持っておったのでないかな?
「あ。」

もしかして。


「じゃあとりあえず、俺の役目はここまでだ。とっとと狗神を探して来い。」
「あ……うん。ありがとうな、おっさん。」
「おう。あ、そうだ。ついでにこれを持っていきな!」

「うわっと! なんじゃこれ。袋?」

なんかぽむぽむしてますが。
入ってるのはなんだろう?粉?

「ま、懐にでもしまっとけ。いつか役に立つさ。」


あの時のぽむぽむした袋が反魂香……?
確かに、言われたとおりにしまってたけど。

「思い当たる節があるようじゃな。しかし何故御主があのような貴重なモノを……。」
「えーと、貰い物です。」
なんと! 御主、あれを譲り受けたのか? ふむ……まあよい。いい知り合いがおったの。」
「はは、そ、そうですねぇ。」

まさか、あのおじさんに感謝する日がくるとはな。
……いや、今回は全面的にあのおじさんに助けられたな。
【即死】の銃と【回避】の鎧。
そして【復活】の反魂香。

今度会ったら、代金くらい払えるようになっておこう。

「それはともかく、御主も急ぐ旅なのだそうじゃな。」
「はい。今からサンドランドへ向かいます。」
「ほうほう。あの砂漠の王国へか? ……今は、さぞかし大変なときじゃろうの。」
「……そうだと思います。」

今頃、彼女は無事だろうか。
一刻も早く卵を持っていかないとな。

「そうか。……一つだけ御主に話しておこうと思ったことがあるのじゃ。」
「それは?」

狗神は早く外へ出たいのだろう。
さっきから窓の外ばかりをウキウキしながら見ている。
だが、今は構っていられない。

「うむ。御主が試練の場へ行く前に言いかけたことなのじゃが。」
「言いかけたこと?……それって……」

「その後、ハンター協会と我々は、協力して式神の研究をしてきた。設立以来の悲願でもある、水竜の発見を最終目標としてな。……そして、それは……」

「もしかして、水竜のことですか?」
「そうじゃ。実はな、我々は先日とうとう発見したのじゃ。
「え?!」

嘘だろっ!?
水竜ガノトトスは伝説上の式神じゃないのか?
まさか、実在していたなんて……。

「じゃが、ワシらが発見した式神は伝説のものとは大きく違っていた。」
「と、言うと?」
『水竜』ではなかった、そういうことなのじゃ。」

ど、どいうことだ?
発見したガノトトスは水竜ではなかった……?

「その式神は伝説の通り、『水と癒し』を司る優れた式神じゃった。アクアスの水を生み出したというのも間違いないじゃろう。じゃが、姿形だけは違っておった。」
「なるほど。でも、それが水竜神団の捜し求めていた式神だったわけですよね?」
「そうじゃ、偉大な発見であった。しかし、あの式神にも色々な過去があった。教皇様は、ほかの式神を狗神のような可哀想な目に合わせたくはないと仰る。ワシとて同じ気持ちじゃが、このままでは王国が黙ってはおらんじゃろう。」
「そりゃ、やっぱり重要な切り札になりますからね。」
「そうじゃ。きっと政治によって利用されるじゃろう。それ故、今までワシらはガノトトスの存在を王国にも隠し通してきた……。しかし、それも終わりじゃ。今こそ、水竜神団は独立すべきなのじゃ。」
「独立……。そうか、水竜神団が王国の管理下から離れれば、ガノトトスのことを王国が利用することはできなくなりますね。」

そうだよな。
もし水竜神団が独立できれば、もうあんな酷いことをされる式神はいなくなるんだな。

「大司教様、ぜひその目標を達成してください。お願いします。」
「うむ、わかっておる。御主達が頑張っている間に、ワシらはワシらでやってみようと思う。」

国家に「もう従いません、独立します。」なんて言うのは、想像以上に大変な事だ。
きっとこれから大司教様も、この水竜神団が生まれかわる為に戦うのだろう。

「じゃ、俺達もう行きます。お世話になりました、エンヴィロン大司教様。」
「こちらこそ礼を言うぞ。御主には勇気をもらったわい。」

水竜神団の未来を担う大司教は、朗らかな笑顔を見せた。
ここでいいって言ったのにわざわざ俺達を神殿の入り口まで見送ってくれた。
予感でしかない。
だけど、水竜神団は生まれ変われる気がする。

あの人がいる限り、どんな困難も乗り越える事ができるだろう。


「あー、気持ちいいーっ!! お日様の光! 自然の風! あーっ!!」
「さっきから五月蝿いって。」
「お兄さんにはわかんないよね、数百年間狭い部屋に入れられてた僕の気持ちなんかさっ!」
「わかったから拗ねんなよ!」

確かにちょっと騒がしいけど。
でも、一緒に旅をする相棒ができるっていいな。

「まさか、伝説の式神が実在するなんてなぁ。」
「この世界にまさかもへったくれもないよ。だって女神様の化身が剣引っ提げてうろついてるらしいし。
「いやいや、どんな女神だよっ!」

お……?
あれは、検問所だな。
水上バスに乗って黄砂街道へでる国境へ急がないと。

「狗神、バスでちゃうから。走るぞ。」
「いいけどさ。置いていくよ?」

アイツ。
凄いスピードで俺を置いていきやがった。
奴がすっげー速いってことをすっかり忘れてたよ。

「待てーっ!!」

……ん?
今、どこかから視線が……。

……。

気のせいか?

「なーにやってんのー? お兄さんがこないと意味ないんだけどー。」
「わかってるよ!」

ま、いいか。
俺は検問所まで必死に走ったけど、狗神に散々遅いって馬鹿にされた。
俺は人間だからね。一応。


アクアス王国 王宮:謁見の間 ────

「して、どうしたのだ? イハージ。報告したい事とは?」
「はっ。国王陛下にどうしてもお伝えせねばならないことがございまして。」

「何だ?」

跪いていた男が国王の方へ顔を向ける。
男はアクアスの軍のトップ、イハージ将軍だ。
アクアス御三家と呼ばれる名門大貴族の出身で、水の国きっての知将として知られている。

「実は先ほど、王宮神殿からでてきた二名のハンターらしい者を見ました。」
「ほう。それで?」
「はい。その者達はこう話していたのです。『まさか伝説の式神が実在するとは。』と。」
「伝説の……それはもしや、ガノトトスのことか!?」
「おそらくは。」

そうか、と国王がしきりにうなずく。
だがしばらくして王はある疑問を口にした。

「だが、水竜神団が発見したのだとすれば何故報告されない?
「そこなのです。ガノトトスの発見は国にとっても一大事。もし神団が故意に発見を隠しているのだとすれば……そこには何か理由があるに違いありません。」
「その理由とは?」

かすかに邪笑を浮かべながら、知将は進言した。

「……神団は水竜を使って王国に謀反を起こすつもりなのでは?」

その日の夜、水竜神団のパルティア教皇は軍部に身柄を拘束された。
エンヴィロンを始めとする他の司祭達も、神殿からの一切の外出を禁じられた。

水竜神団の困難の時は、早くも訪れたのである。

PAGE TOP