“ヴァンダルの乱”。
それはハンター協会の歴史において、唯一起こった内乱だった。
この事件は結果として、ライス・バーグ卿という最年少の総督を世に生み出す事になった。
エアリア王国 ハンター協会 ────
「ヴァロア卿。フェニキアのティルス公爵から依頼が出されました。」
「へえ、あのティルス公が? 一体なんの依頼かな?」
副総督の女性は、依頼書をヴァロアに手渡した。
依頼主はエアリア王国・五賢君の一人で、フェニキア領主、王国最高裁判所の王代判事を務めているティルス公爵だった。
「“フェニキア領内にある古代遺跡の調査の護衛”……か。また調査に踏み切ったんだね。」
「そのようですね。で、いかがなさいますか?」
「断るわけにもいかないしね。……じゃ、これをフレイムのバーグ卿のところまで送ってくれる?」
「承知しました。」
各国政府などから特別な依頼が入った場合、協会ではその依頼を“ハンター”に仲介せず、協会内の“ギルド”で遂行する。
それは依頼を必ず成功させる為であり、優秀な人材をわざわざ協会が集めているのはその為である。
“ギルド”の実力があるからこそ、各国政府は協会を頼ってくる。
そして、その依頼を“ギルド”の誰に振り分けるのかの決定権はフレイム支部長にあるのだ。
「さて、新しいフレイム支部長は誰にこの任務を振り分けるのかな?」
「それはやはり、エアリア支部長の総督しかおられないのではないでしょうか。」
「僕? イヤだな、僕は“調査の護衛”なんて地味な任務ごめんだよ。」
「……あなたって人は……。」
アクアス王国 王都ヴェンツィア 中央広場 ────
「……そう、ヴェントリス公の裁判は終わったのね。」
「ええ。我々の求刑通り、“終身刑”になりました。」
「まるでヴァンダルの扱った事件が彼の死を追うようにして終わったみたい。偶然ってあるのね。」
母の言葉に息子は眉をひそめた。
「そのヴァンダル卿のことです。何故、我々には詳しく教えてくださらないのです?」
「貴方でも、それは話す事ができないわ。リチャード。」
結局、“ヴァンダルの乱”に関して協会は黙殺を決め込んだ。
オーエンやヴァンダルの死は、任務上での死亡であると発表し、事情を知るフレイムのカナン王もロサンスの依頼を受けて事情を知る人間に緘口令を敷いた。
それ故に、ウィンザー卿もいくら息子と言えど、アクアス王国の検察庁を取り仕切る人物にその詳細を語る事はできなかった。
「……まあ、母上も立場がありますから、仕方がありませんね。」
「ごめんなさいね。……ああ、そうだわ。あの泥棒猫ちゃんはどうしてるかしら。」
「泥棒猫……? ああ、左之助の事ですか?」
数日前に協会の任務を妨害したとして諜報部隊の腐巫女に逮捕された小悪党は、その後の調べでアクアス王国の要人の屋敷に忍び込んでいた事がわかり、アクアス王国の検察庁に引き渡されていた。
「現在取調べ中です。全く……あいつも相変わらず、ですね。」
「そういえばあの子も事件の関係者だったわね。」
「ええ。」
その時、慌てた様子で制服姿の検事が一人、親子の方へと走ってきた。
検事はしばらく深呼吸して息を整えると、言った。
「ウィンザー長官! またやられました……! 左之助容疑者が、逃亡を!」
「何だって! 一体何をやっていたんだ! あれ程アイツから目を離すなと言っておいたのに……!」
「も、申し訳ありません。ただいま軍に要請して緊急配備を……。」
「わかった、すぐに俺も城に向かう。検問を手配しろ!」
「はっ!」
再び慌てた様子で検事が去っていくのを見送った後、息子は母に一礼して王城へと向かっていった。
「ふふ、楽しそうで何よりよね。さ、私も仕事に戻ろうかしら。」
エアリア王国 シドン領 王国軍基地 ────
「トラシズム将軍! ガリア大公から伝令が。」
「何、大公閣下から?」
「はい。“フェニキアのティルス公が遺跡の調査を行うから、その護衛に加われ”とのことです。」
ティルス公の遺跡再調査案は先日エアリアの議会で可決され、ハンター協会にその護衛任務の依頼がいったという話をトラシズムは聞いていた。
今回の調査ではまだ未知である遺跡の最深部にまで行くつもりなのだろうか。
遺跡の中は古代のトラップが多く設置されていて、奥に進むにつれて罠は危険なものになっていく。
とても学者達だけで調査にいける場所ではない。
しかし、わざわざシドン軍にもその支援要請が入るとは。
「承知した、と閣下に伝えてくれ。ああ、それと。」
トラシズムは机の上に置いていた一通の手紙を伝令の兵士に手渡した。
それは、先ほど書いたばかりのものだった。
「これをフレイム王国のハンター協会に届けるよう手配してくれ。」
「協会へのご依頼ですか?」
兵士の問いに、「いや」と首を横に振る。
「“友人”が、昇進したって聞いたんでな。その祝電だ。」
サンドランド王国 ヴァルダナ王宮 ────
「何度来ても無駄な事だ。陛下のご意思が変わることは無い。」
「……また、来ます。」
ローランに対してアポロンは一礼をして部屋を出る。
その様子を夜一は黙って見ていた。
「本当に、これでいいのじゃろうか。」
「お前は陛下が間違っていると?」
「い、いえ、そう言う訳ではないのじゃが。ただ、貧しい民達は一層貧しくなっていっておる。この砂漠は夜はうってかわって驚くほど冷え込むものじゃが、我が国は貧しい者達に対してそれ以上に冷たいのではないのか……?」
「……。」
やはり、ハンター協会は必要だ。
心のうちでは夜一も、そしてローランもそう思っていても、国王は絶対にそれを許そうとはしない。
「儂はいつか陛下のお心が変わられる日を待とう。」
だが、夜一の願いも虚しく、国王の意思が変わる日は訪れる事はなかった。
そしてこの後、自身の運命が大きく変わる事も知る由も無かった。
フレイム王国 ハンター協会 支部長執務室 ────
「副官は決まったかね?」
「はい。アポロンに頼もうと思っています。」
「そうか。そうじゃろうな、君の副官はあやつしかおるまい。」
副総督から総督に昇格したバーグは、続いて仕事を補佐する副官(副総督)を自ら任命しなければならなかった。
バーグは最初から副官はアポロン以外にはないと考えていたが、彼はフレイム支部の事務を取り仕切ってきた総監であり、
副総督に昇格させてしまえば事務仕事を取り仕切る総監がいなくなってしまう。
そうなれば支部全体に支障をきたすことになる。
しかし、エアリアのヴァロア卿が、
「エアリア支部ではプルート副総督が総監を兼任して事務を取り仕切っているよ。」
と言っていた事もあり、アポロンもバーグの申し入れを受諾し、結局彼は兼任という形で副総督に任命された。
「そうなれば、いよいよ支部長としての仕事が始まるな。」
「はい、オーエン卿の名に恥じぬよう、精一杯やらせていただきます。」
「うむ。……では、我輩から伝えておかねばならない事がある。」
そう。
これはヴァロア卿やウィンザー卿からも聞かされていた。
ハンター協会は何のために設立されたのか?
何のためにロサンスは総長として協会を指揮しているのか?
支部長になれば、その理由をロサンスから聞くことになるだろうと。
「総長が追っているという、“夢”ですか?」
「……その通りじゃ。少し長くなるが、聞いてくれるな?」
「もちろんです。」
ロサンスが語り始めたのは二百年前の出来事だった。
そこで彼が出会った人物、体験した事実、バーグにとってその全てが脳裏にはっきりと浮かぶように現実味を帯びて聞こえてきた。
そして、彼はこの時老人の叶えたい“夢”を知った。
……それから数年後。
フレイム王国 ハンター協会 支部長執務室 ────
「バーグ卿。エアリアのヴァロア卿から、“ギルド”への依頼状が届きました。」
「ご苦労だった。で、その依頼とは?」
アポロンの表情は少し強張っていた。
「依頼主はエアリア王国軍元帥のガリア大公の名ですが……。」
「別の人物だと?」
「……はい。名義はガリア大公ですが、実質的な依頼主は、クレモニア三世です。」
「何だって?」
クレモニア三世。
まだバーグが副総督時代、アポロンやヴァンダルと共に訪ねた砂漠の王。
……いや、砂漠の王“だった”人物と言うほうが正確だろう。
彼は半年前に国を捨てて、遠縁に当たるエアリアのガリア大公のもとへ逃げ去ったのだから。
暗黒に包まれたサンドランドはその後、元中将の四楓院夜一やシュウ達の活躍で元の輝きを取り戻し、現在復興作業が進められている。
「なるほど、彼の名前では“ギルド”に依頼は出せないからな。それでガリア大公を頼ったか。」
“ギルド”に依頼を出す事ができるのは、ハンター協会の支部を受け入れた国家の要人だけである。
クレモニア三世は数年前、一度はオーエン卿の交渉に乗って設立を認めたが、その後の反体制派の襲撃事件でこれを白紙撤回した。
バーグはそれから何度も副総督のアポロンを使者に出して支部設立の交渉を行ったが、国王は設立を決して認めようとはしなかった。
「で、何という依頼なんだ?」
「……依頼の内容は。」
アポロンはそこで一呼吸置いた。
先ほどからの緊張した様子を見る限り、とても喜ばしい任務には思えない。
「“サンドランド王都ヴァルダナへ帰還する為の護衛”……です。」
「国を捨てた王が、再び民の上に戻るのを助けろと言うのか!?」
「……。」
夜一はあれだけ苦しんで民衆を守り抜いてきたというのに。
砂漠の平和が戻ったと知るやいなや、“王”として国に君臨しようとするとは。
バーグの怒りももっともかもしれない。
しかし。
「依頼主は、エアリア王国のガリア大公です。……断るわけには……。」
「くっ……!」
ここでガリア大公からの依頼を断れば、協会の立場は悪くなる。
特にエアリア支部を任されるヴァロア卿が責任を問われる事になるだろう。
「私が、この任務を請け負う。」
平穏を取り戻した砂漠の民の喜びに水を差すような、憎まれ役を引き受けるのには自分が最適だろう。
サンドランド支部長になるはずだった自分こそが受けなければならない。
そう、バーグは思っていた。
「砂漠の国と、決着をつけなければ……。」
それがオーエンから全てを引き継いだ自分の役目でもあるのだ。
終焉の神剣に目をやりながら、バーグはそう呟いた。
淡い紅の光を帯びる終焉の神剣は、まるで誰かが笑っているかのような不気味さだった。
外伝第1章 -呪縛の継承者- 完