外伝第1章 呪縛の継承者

力を備えた人間には2つのタイプがいる。
その力にふさわしい強い心を持つ者。逆に、力に溺れてしまう弱い心を持つ者。
世界には多くの力を持つ者が存在する。
しかし、力に溺れない強き心を持つ者は非常に少ない。


第07話『神剣の継承者』

「もうキズもだいぶ良くなったようですね。」
「ええ、おかげさまで。これもオーエン卿のおかげです。」
「いえいえ、私は何もしていませんよ。お礼なら腐巫女君に言ってください。」

闘技場の救護班には【回復】のエンチャントを操る者が五人配備されている。
しかし、彼らの力をもってしてもバーグとトラシズムの状態はいっこうに好転しなかった。
戦場の復旧作業に協力していたオーエン卿はそれを見て、ある人物に出動を要請した。
ハンター協会の闇、とも一部で言われる諜報部隊。
その隊員の一人である腐巫女は、複雑で難易度が高いとされる回復系エンチャントの専門家だった。
彼女は総長やオーエン卿でも扱えない数々の回復エンチャントを扱える。
オーエン卿の依頼を受けて、腐巫女は二週間に渡って【超回復】のエンチャントを施し続け、 ついに二人の身体は全快したのだった。

「そうですね。彼女はお礼を言う前にどこかへ行ってしまって……。」
「ああ、きっと照れくさかったんじゃないですか? おそらく、もう別の任務へ戻ったでしょう。」

トラシズムもバーグと短い会話を交わすと、腐巫女と同じように颯爽と消えていった。
彼はシドン領の部隊を預かる軍将。
オーエン卿はエアリア支部長を通じてガリア大公へと連絡を入れていたようだったが、 いくら最近は戦もなく平和が続いているとは言え、さすがに二週間も国を空けるのはまずい。
それで急いで帰国したのだろうと、バーグは推測していた。

「いや、しかし凄い戦いだったようだね。私は支部を離れる事ができなかったのだが、全て総長とアポロンから話は聞いているよ。」
「まだまだ自分の弱さを痛感しました。天照神威をどうすることもできなかったですし……。」
「だが貴方は、降参を選ばずにクロス・ソードによる特攻を選んだ。見方によっては貴方が力を過信して、そのまま攻撃に徹したともとれるでしょう。しかしそれは違った。貴方は、自分と相手の力量を正確に見極めた上で、勝機を見出していた。本当に力を過信していただけならば、業火に焼かれるだけだったでしょうからね。」
「そう褒められると……少し照れます。」

オーエン卿の目は真剣だった。
決してバーグをおだてている訳ではないということが、そこに表れていた。

「この世の中には力を持っている者は、そう少なくない。しかしそれを最大限に扱えるものはと言えば、少ないでしょう。悲しい事ですがね。力に溺れれば、その者は盲目となってしまいます。相手の力を見誤り、自滅をしてしまう。」

オーエン卿は、机に立てかけている剣を手にした。
その剣についてはバーグはアポロンから少し話を聞いていた。
強大なエンチャントを秘めながら、永劫の呪縛によって使用者を縛る呪われた剣。
それが、“終焉の神剣”

「私は、総長が貴方を選んだ時、色々と調べさせてもらったと言いましたよね。」
「ええ。お聞きしました。」
「そこで貴方が素晴らしい剣の才能を持っている事を知りました。そして、今回の一件で、貴方が力に溺れない強い心を持っているという事も確信しました。サンドランドの支部長任命に反対する理由などない。貴方にとってはいい迷惑かもしれませんが……。」
「そんなことはありません! これほど光栄なことはありません。」
「そう言って頂けると非常に助かります。そこで……と言ってはなんですが、もう一つ頼まれてくれませんか?」

オーエン卿は手にした神剣をバーグに渡した。
美しい色彩と彫刻が施された神剣を見たバーグは、 この剣にまつわる血なまぐさい話や永劫の呪縛の事など忘れていた。

「この“終焉の神剣”の継承者に、なって頂きたいのです。」
「わ、私がですか?」
「貴方以外には、考えられません。……この剣に関する話はご存知ですか?」
「ええ、アポロンさんから少しお聞きしました。」

アポロンは、過去には神剣に宿る強大な力を巡って何度も血が流れているとも話していた。
今それを手にしているバーグには、とても想像ができなかった。

「そうですか……。この剣には全てのエンチャントの中でも一、二を争うほどの力が籠められています。先ほども言いましたが、この世界には力を正しく扱える者は少ない。もし、力に溺れた者がこの剣を手にすれば、その者は剣の力に魅入られて我を失う……。」

だからこそ、オーエン卿はバーグを選んだ。
自分の力を過信せず、力を発揮できるバーグなら、終焉の神剣を正しく扱えるはずだった。

「実のところ、最近嫌に剣から禍々しい気を感じるのです。もしかしたら、また剣を巡る争いが起きるかもしれないと、そんな予感がするのです。あくまで予感ですが……だからその前に、継承者を決めておきたかったんです。」
「……わかりました。私でよろしければ、お引き受けします。」
「そうですか、引き受けてくれますか……!」


継承の儀式は、執務室で静かに行われた。
オーエン卿が剣を手に取り、その力を引き出すと、呪文を唱える。
そして剣を渡されたバーグは指示された呪文を詠唱し始めた。

「我、天命によりて永劫の呪縛と引き換えに、終焉を司る門を開く者とならん……!!」

そう唱え終わると、神剣は一瞬紅い光を放ち、また治まった。
バーグの右腕には剣に刻まれたものと同じ呪紋が紅く光っていた。

「……継承は終わりです。現在、剣の継承者は私とバーグ殿の二人。これで私が死んでも、バーグ殿が唯一の正当な継承者です。」
「何を仰るのですか、オーエン卿……?」
「……いえ、何でもありません。最近、どうも考えすぎるようです。」

オーエン卿は何か考え込んでいるような表情だったが、すぐにそれは見えなくなった。
しかし、「何でもない」という言葉が酷く重たくバーグには聞こえていた。

「さて、それでは本題に移りましょうか。」


バーグがここへ呼ばれた本当の理由は、もちろんサンドランドのことだった。
既にクレモニア王は条約に調印し、支部の設立は認められている。
そこで、支部長人事が決まった事を報告する為にバーグに砂国に向かってほしいという事だった。

「正式にハンター協会に所属することになりますので、バーグ殿には階位が与えられます。」

ハンター協会は、多くの組織を抱えている。
主な業務であるクエスト仲介を行っている組織は正式にはギルドと呼ばれている。
オーエン卿やアポロンはこのギルドに属している。
ギルドは多くのハンター達で成り立つが、それを統括し、運営する者達……、
すなわちオーエン卿やアポロンのような協会に所属する者達は階位を持っている。
一方で、ハンター達は所属しているというわけではなく、協会に登録してクエストを請け負う。
“フレイム支部所属のハンター”という言い方もするが、階位を持つ者の所属とは意味が大きく異なる。

「貴方に与えられる階位は、“副総督”です。正式にサンドランド支部長となるまでは、一応フレイム支部の所属として扱います。」
「わかりました。」

ハンター協会の抱える組織には、 リサイクルショップなどを運営するものや腐巫女の所属する諜報部隊など様々なものがある。
オーエン卿の持つ支部長の位はギルドでのみ通用する位だ。
しかし、階位は全ての組織で共通するランク付けである。
最も高いのはロサンスの“総長”
そして続くのがギルドで言う支部長クラスの人間に与えられる、“総督”
バーグが与えられたのはこれに次ぐ“副総督”の位で、協会の中でもかなりの上にあたる。
ちなみにアポロンは事務を統括する“総監”の位である。

「さて、事務的な手続きは終了です。サンドランドへの道中は二人の補佐官に同行してもらいます。」

執務室の外へ、「入れ」と言うとドアを開けて二人の人間が入ってきた。
一人はバーグも見知った男、アポロン・ヴェルタースだった。
そしてもう一人は、30代前半から後半と思われる男だった。

「ご紹介致しましょう。彼はご存知の通り、アポロン・ヴェルタース。位は“総監”ですので、貴方よりは下にあたります。今回の任務に同行します。」

紹介されると、アポロンはバーグに向かって一礼した。

「お久しぶりです、バーグ卿。今後は貴方の下になりますので、気兼ねなくご命令ください。」
「……や、やはりいきなり上官といわれても、少し複雑な気分ですね。」
「まあ、すぐに慣れますよ。……それでは、続いて紹介します。そちらは諜報部隊の長官、ユーグ・ヴァンダル卿です。諜報部隊を代表して同行されます。」

ヴァンダル卿はニコッと微笑み、右手を差し出した。

「初めまして、ライス・バーグ君。俺はユーグ・ヴァンダルだ。諜報部隊長官を務めている。協会での位は“総督”だ。よろしく頼むよ。」
「よろしくお願いします、ヴァンダル卿。」

バーグが左手を差し出し、握手する。
彼はバーグに比べてかなり大柄だが、威圧的ではなく、 どちらかと言えばバーグには穏やかに感じられた。

「それでは、これより再度任務内容の確認を行います。」

オーエン卿は総長からの指令状を読み上げた。
三人はそれに頷き、同意する。

この時点では、誰もこの後に起こる事件について何も知らない。