外伝第1章 呪縛の継承者

“我が軍の攻撃を阻んだのはたった二人の兵士だった。
そのうちの一人は自らを“鎮守人”と呼び、奇妙な術技を用いた。
エンチャントとは異なる体系の術技は、自然の力を操る強力なもので、 奴らの秘伝は道具に封じられたエンチャントとは違い、鎮守人の血に封じられ継承されるようである。”

第05話『天照神威』

「……確か、その続きは……。」

バーグはかつて軍部で読んだ戦役の記録の内容を思い出そうとしていた。
名将、アドレク・ロサンス将軍が“鎮守人”と戦い、勝利したその記録を。

「さあ、準備はいいかね?」
「もう少し待ってくれると嬉しいんですけどね。」
「馬鹿を言え。もう、決着をつけようと言ったのはそちらだろう?」

トラシズムは、ニヤリと笑って見せると目を閉じた。
そして瞑想を始める。
今、トラシズムは自らの気と自然を一体化させようとしている。

「とにかく、思い出せないが……術を発動させる前に相手を切り伏せれば、あるいは。」

剣を握りなおすと、バーグは瞑想している鎮守人のもとへと走り出した。
そのスピードはあまりに速く、観客にはバーグの姿が見えなかった。
トラシズムが領域内に入るやいなや、彼は剣で鎮守人を切り捨てようとする。
だが、その剣がトラシズムを切る事はできなかった。

「これは!?」
「……。」

驚くバーグに鎮守人は答えようとしない。
いや、答える事ができないのだ。
自然と一体となろうとしている今の彼は、バーグのことなど既に頭の中にはない。

「あれは一体なんですか!?」
「うむ、あれが鎮守人の強み。……自然と一体となるには、相応の時間を必要とする。エンチャントを発現させる時間の倍はかかるじゃろう。だが、自然と一つとなることで鎮守人は“天照の盾”を得るのだ。」
「……つまり、あれも自然の力ということですか?」
「そういう事だ。あれは、風の力。」

二人の場所からはハッキリと戦場が見えた。
バーグが俊足でトラシズムに詰め寄り、決着はついたと誰もがそう思った。
ところが、再びバーグの姿が観客の目に映ったとき、予想外の出来事が起こっていたのだ。
剣はトラシズムにあたる直前の部分で止まっていた。
“天照の盾”。
鎮守人が瞑想している間、自然の力が鎮守人を護るために発動する力。
その正体は風。
すなわち、バーグの剣は逆方向へ押し返そうとする風の力に阻まれているのだ。

「驚いた……これは、もしや風ですか? いや、貴方に聞いても仕方がありませんね。……ともかく、冷静に考えなければ。」

この盾を打ち破る方法を。
いくらエンチャント発現の倍は時間がかかるとはいえ、 トラシズムが鎮守人の術を発動させるまでもうあまり余裕はないだろう。

「普通の盾ならば切り崩せるのですが……何しろ、この盾は実体が無い。これは力や速さではどうにもできなさそうですね。」

バーグは独りそう、呟きながら周りを見回す。
戦場はすっかり荒れ果てていた。
先ほどまでトラシズムは発動させていた【メテオ・シャワー】の為に、 巨大隕石群が降り注いでクレーターのような状態になっている。

「総長様。あの“天照の盾”を破る方法はあるのでしょうか?」
「無ければ今頃我輩はこの世にはおらぬ。あの盾は、風故に実体を持たぬ。どれだけ威力のある武器でも、衝撃でも、鎮守人を攻撃するものであれば全て防ぐ絶対防御。されど、それを上手く利用してやれば“天照の盾”を無効にすることは可能だ。」
「上手く利用する?」
「うむ。」

総長は大きく頷いた。
そして突然、懐から小刀を取り出してアポロンをに向ける。
アポロンは咄嗟にロサンスの腕を掴み、寸前で防いだ。

「な、何をなさいます!」
「そう。自らに敵意を持つ行動には、例え相手が誰であろうとそれを防ごうとする。」

ロサンスが「痛い」と言うと、アポロンはすぐに腕を放した。

「も、申し訳ございません。しかしながら、総長様が……。」
「馬鹿者。今の攻撃くらい防げずして、どうして潜入任務のエキスパートが務まる? ……ともかく、じゃ。誰しも敵意を持つ行為には敏感じゃ。今、瞑想している鎮守人に代わって一体となった自然がその役目を果たしている。」
「つまり、鎮守人の感覚となっていると?」
「その通り。アポロンが我輩の攻撃を防ぐ事ができたのは、お前が我輩の敵意を感じ取ってのこと。“天照の盾”はバーグの剣に宿る鎮守人への敵意に反応して、それを防いだ。じゃが……。」

ロサンスが空を指差した。
先ほどまでは晴れていたのだが、今ではすっかり曇り空となってしまっている。
今にも一雨振りそうだ。

「もし、雷がお前に向かって落ちてくるとしたら……アポロン。お前は雷を防げるか?」

バーグはトラシズムから離れ、地面に埋まった巨大な隕石の一つの前に立った。
そして、深呼吸をすると剣に手をやる。
隕石の直線状には瞑想中のトラシズムの姿があった。

「私の考えが正しいならば……。」

一閃。
瞬速の抜剣術によって生まれた斬撃が、隕石を砕き割る。

「“天照の盾”はこれは防げない!」

砕け散った隕石は、衝撃によって直線状にいるトラシズムへと殺到する。
バーグの読みは正しかった。
隕石のかけらは風に阻まれる事なく、瞑想中の鎮守人を襲う。
直撃を受けたトラシズムは5メートルほど後ろへと吹き飛んだ。

「……ぐっ!」
「やはり、防げませんでしたね。その隕石は。」
「馬鹿な!こんな短時間で“天照の盾”の弱点を見破るとは……!」

敵意を感じ取る事ができない攻撃は、防ぐことができない。
バーグの剣さえ防いだ自然の絶対防御の唯一の弱点だ。
どれだけ意識しても敵意を持たない攻撃を繰り出す事は不可能。
しかし、敵意を持たずして襲い掛かってくる攻撃も確かに存在する。
“自然”だ。
雷や、地震……こういった自然は敵意を持たず、純粋な破壊を行う。
それに気がついたバーグはまず斬撃で隕石を砕き、その勢いでかけらを弾いてトラシズムを狙った。
弾かれた隕石には敵意はない。
それでもその一撃は人間を傷つけるには十分な攻撃となる。

「ここまで……追い詰められるのは初めてだ、バーグ殿。貴殿は素晴らしい。だがな。もう遅いのだ……気がつくのが遅すぎたのだ。」
「準備は整った、と?」
「左様。この一撃で最後にしようではないか。これを凌げば貴殿の勝ち。……貴殿が斃れれば俺の勝ちだ。」

トラシズムは自然の力をその身に宿して両手を前に突き出す。
その手からは凝縮された力が生まれる。
鎮守人の一族にだけ継承される“秘伝”の術技。
天照の盾のような防御術ではなく、相手を倒すことを目的とした奥義。

「……バーグ君も盾の弱点に気がついたのは見事だった。だが、あの秘伝は強い。」
「凌げるでしょうか?」
「さあな。彼の剣の腕が本物ならば、あるいは……。」

トラシズムの両手から力が放たれる。
眩い光が大闘技場を包み込む。
観客も、アポロンもその眩さに思わず目を瞑る。

だが、ロサンスと戦場のバーグだけはその光の中で鎮守人の姿を捉えていた。
剣を握り締めバーグが走り始める。
自然の力によって生まれた波動に向かって。

バーグと波動が衝突し、その姿が見えなくなる。

「鎮守人一族に伝わりし秘伝……天照神威。その威力、その身で味わうがいい。」