イヴン・ブルクント。
ハンター協会諜報部隊の隊員にして、ヴァンダル卿がその実力を認めた一人だ。
ヴァンダル卿から諜報部隊副司令にまで任命された彼が、何故反旗を翻したのか?
この疑問が解けるとき、全ての謎は明らかになる。
「ヴァンダル卿! ブルクント副司令に間違いありませんか!?」
アポロンが驚きを隠せないまま、ヴァンダルに詰め寄る。
当のヴァンダルは、先ほどから怖いほど真剣な表情を崩さない。
「……ああ、間違いねぇだろ。」
「よ、よもや反体制派を指揮する大物が、諜報部隊副司令とは……! ヴァンダル卿、貴方、まさか知っておられたのですか?」
「腐巫女から、ブルクントの動向が怪しいという報告は受けていた。……だが、まさかマジとはな。」
ヴァンダルが剣を構えなおす。
その視線の先には、部下であり敵であるブルクントの姿があった。
ローランと夜一の二人もそれぞれ武器を構えてじわじわと包囲網に近づいていく。
しかし。
「無駄だよぉ。」
「耳をふさげ!」
一瞬のうちにエンチャントは発動した。
“武器を捨てよ”の言葉が玉座の間に響き渡る。
だが、バーグ達は既にその対処法を得ていた。
「聞かなければ、意味などありませんよ。」
「ふーん……? でも、それは残念ながらこの効果を打ち破った事にはならないねぇ。
だってさぁ。君達そんな状態でどうやって攻撃をしかけるつもり?」
ブルクントの指摘は正しかった。
確かに、耳をふさげばブルクント配下の者の唱えるエンチャントにはかからない。
しかし耳をふさぐには、両手を犠牲にしなければならない。
つまり今の彼らに、攻撃はおろか防御する手段さえないということになる。
「……。」
バーグは目を瞠った。
ローランが、両手を下ろしたのだ。
彼はすぐにエンチャントの力で武装を解除されてしまった。
そして、後ろで耳をふさぐバーグ達に両手を解放するようにとジェスチャーをする。
正直なところ、バーグには彼の行動が理解できなかった。
確かに耳をふさいでいれば攻防の手段は一時的に失われる。
エンチャントを唱えている者達は同時に自分の攻防の手段も失うが、
ブルクントは無傷だ。
それなのに武装を解除してしまえば、完全に攻撃の手段は失われてしまう。
だが、夜一はローランに従い武装解除を受け入れる。
続いてヴァンダル卿が、そしてアポロンまでもが。
「いい子だねぇ。最後は君だよぉ、バーグ卿。」
どうするべきなんだろう。
自分も武装解除をするべきなのか?
しばらく考えた後で、バーグは両手を離した。
するとブルクントが弓を構え、引き絞る。
「さーて、まずは最初に従ってくれた君からご褒美だよぉ。」
その狙いはローランだった。
ローランの顔色は先ほどから一切変わっていない。
彼が何を考えているのか、バーグにはさっぱりわからなかった。
「【ジールレーゲン】!」
ブルクントが方向を変えて、弓矢を上へと放つ。
雨のように大量に降り注ぐ矢は、ローランの真上で収束し、まるで一本の矢になったかのように落下していく。
だが、ローランはそれに構わず目を閉じていた。
「ローラン将軍!」
「……【グランドクロス】。」
ただ、一言。
それだけを彼は呟いた。
大量の弓は間違いなくローランに直撃したが、
その直後にローランは大剣を引き抜きブルクントに殺到する。
「な……! そんな馬鹿な……! 何故、武器を持つ事ができる……!?」
「フン、エンチャントの力に頼り堂々と戦わぬものなど、この程度よ。」
バーグはようやく彼が一番に武装解除した理由を理解した。
反撃だ。
先ほどローランがあの大剣を装備することができたのは、あるエンチャントの力だ。
【グランドクロス】。
聖騎士(パラディン)のみが装備を許されるという鎧、アーケインズヴァラーに付加されたその力は、自分に攻撃が直撃した時その効果を発動させる。
受けたダメージに比例して反撃を加えるカウンターエンチャント。
エンチャントによる武装解除にはこれは含まれない。
これは武装ではなく、反射的なカウンターであるからだ。
ローランが【武器を捨てよ】を破ってブルクントにキズを与えたせいか、
周囲の配下達に一瞬の動揺が生まれた。
そして、その瞬間を逃さない者は一人としていない。
夜一は一瞬で包囲網を潜り抜け、近くにいた三人の反体制派兵をあっという間に戦闘不能にした。
ヴァンダル卿とアポロンは左側の兵士達を倒し、
バーグもローランの背後に迫っていた兵士を切り伏せた。
「初めてだよ。これだけあっという間に包囲網を破られたのはさぁ……。 でも、ここで負けるわけにはいかないからねぇ。」
ブルクントはローランに負わされた傷を庇いながら、後方へと跳躍する。
後ろには玉座の間の扉がある。
「一旦、ここでお開きにさせてもらうよぉ。……またね。」
鋼鉄の巨大な扉が勢いよく閉まった。
「ま、まずいですよ。バーグ卿! ヴァンダル卿! 追わなくては……!」
「待て。……儂らに任せてくれ。」
アポロンを制したのは夜一だった。
夜一がローランに目配せすると、彼は大きく頷いた。
そしてあの大剣を大きく振りかぶる。
「【古の覇王】……閃鞘・迷獄沙門!!」
剣から生まれた凄まじい衝撃波が、あの鋼鉄の扉をいとも簡単に吹き飛ばした。
扉は元の形がわからないくらい木っ端微塵になって崩れ去る。
すると、夜一が消えた。
ローランを筆頭にバーグ達もすぐに後を追って玉座の間を後にする。
夜一とブルクントは玉座の間をでてすぐの廊下にいた。
「へぇ。さすがは“瞬神”四楓院夜一だな。」
バーグ達が駆けつけると、既にブルクントは夜一によってマヒ状態にされ、床に倒れ込んでいた。
この一言で、バーグはヴァンダル卿が普段の軽い調子に戻っていることに気がついた。
……ひとまず、危機は脱したということか。
協会にとって頭の痛い、この反体制派を率いるブルクントを逮捕できたのは大きい。
だが、ここからが本当に大変な時期になるのはバーグもよくわかっていた。
この後、矢に射られた要人達の治療と戦場となった玉座の間の修復がすぐに行われ、
ブルクントら反体制派の一味は地下牢獄に投獄された。
誰にも止める事の出来ない運命の歯車は、着実にあの悲惨な事件へ向けて回っていく。