外伝第1章 呪縛の継承者

エアリアとサンドランドをつなぐ、砂漠の街道。
風雲街道と呼ばれるこの街道は、エアリア王国側の領土である。
砂漠でありながら涼しげな風が常に吹き、 空には絶えず雲がたちこめていて、日光も当たらない為移動しやすい道。
一行はこの風雲街道を抜けてサンドランド王国領へと入っていく。

第11話『希望に溢れる街』

サンドランド王国 コーサラの街 ────

「ここがサンドランド王国のコーサラですか。」
「コーサラはここ十数年で急激に発展して、サンドランドでも第二の都市と言われている。 ま、支部設立の建設予定地としてはヴァルダナと並ぶ候補地だな。」

コーサラはインナーフィーア西部の輸送ルートの要だ。
東部の貿易路の要であるクシャーナの街と違って、この街は経済特区に指定されている。
サンドランド王国は実験的に、このコーサラでの商業活動に対する税を減税することを決定した。
その為、クシャーナを越えて第二の都市と呼ばれるまでに成長を遂げた。

「さすが、いろんな国の店が進出してるみたいですね。」
「どうやら先月、大手銀行のコスモバンクもこの街に支店を出したらしいな。」
「コーサラは最早、完全にヴァルダナに並ぶ大都市なんですよ、バーグ卿。」

一行は、コーサラの街をぐるりと歩いて見聞していった。
建設予定候補地の確認や、他の商業施設、利便性などを実際にチェックする。
アポロンはなにやら書類に時折メモをしていた。
ヴァンダルも空き地の管理者と話をしたり、商人からも情報を集めている。
その一方で、バーグだけは、ただただ砂漠の大都市を感慨深く観察していた。
フレイムを出た事がほとんどないバーグにとって、 これほど発展した商業都市は、任務で訪れたアクアスの王都ヴェンツィア以外に見た事がなかった。
それだけでも珍しいのだが、砂漠という大自然と共存するこの街自体が、彼には魅力的だった。

「ヴァンダル卿。候補地の選定のほうは?」
「ああ、大体終わったぜ。そっちはどうだ。」
「こちらもおおよそ終了しました。」

二人が仕事をしているのに、自分ひとりだけが旅気分なのに申し訳なく思ったバーグだったが、 特にできることもないので、その状況に甘える事にした。
街の中にはたくさんの露店があり、食べ物や旅人の為の道具など行商人向けの物も売られていた。
バーグは、その中の一つの店の前で足を止めた。

「いらっしゃい、お客さん。」

露店商は、にこりとバーグに笑いかける。
その奥では見習いらしき若い店員が忙しそうに働いていた。

「何がご入用ですかな?」
「あ、いや……少し気になるものがあって。」
「どちらでしょう?」

バーグは机の片隅に置かれていた石を指差した。
一見何の変哲もない石ころだ。
だが、バーグには何だか不思議な感じがその石から発しているような気がした。

「ああ、それですか? 不思議な石ころなんですよ。噂ではオアシスの底にどこからともなく現れたって話です。本当かどうかはわかりませんがね。」

笑い混じりに商人が話した。
バーグは石を手に取って、手のひらに乗せる。

「何だか、不思議な感じがする……。」
「そうですか? きっと、感じる人には感じる品物なのかもしれませんなぁ。 私なんかさっぱりでして……お恥ずかしい話ですが……。」

そのとき、後ろで何かが割れる音がした。
振り返ると見習い店員の足元に陶器の破片が散乱している。

「モヘン! お前は一体何個割るつもりなんだ!?」
「す、すいません、店長。」
「まったく。新兵を募集しているらしいから、いっそのこと応募してみたらどうだ? ……あぁ、いや、やめたほうがいいな。お前みたいなのが兵士になっても国が滅びてしまう。」
「俺だって国を護る仕事には憧れましたけど……。……店長みたいな隊長がいたら、絶対頑固オヤジだって嫌われるんだろうなあ。」
「何か言ったか?」

見習いは「いえ、なんでも」と答えると割れた破片を拾い始める。
露店商はため息をつきながらバーグの方へと向き直った。

「すいませんねぇ。まったく……ウチをつぶすつもりですかね。夢と理想に燃えていても、肝心の部分でアレじゃね。」

口調は怒っていたものの、露天商の見習いを見る目は温かかった。
バーグは、この商人が見習いをどう思って育てているのかすぐにわかった。

「じゃ、お店の為にもこの石を買わせていただきましょうか。」
「ありがとうございます、お客さん。」

石の代金を払い終えた時、後ろからアポロンの声が聞こえた。
どうやらヴァンダル卿もいるようだ。

「この石は大切にさせてもらいますよ。」
「ありがとうございます。よろしければこのジョダロ商店をまたどうぞ!」

バーグは店主と見習いに右手を軽く上げて挨拶すると、アポロンとヴァンダル卿の所へ戻っていった。
二人は建設候補地が選定できたことをバーグに報告した。

「さ、暇そうなバーグ君にはそろそろ仕事をしてもらおうか。」
「わかりました。国王陛下にご挨拶、でしたよね。」
「そうです。そして、条約順守の確認を両者の間で行います。」
「……はい。」

いよいよだ。
バーグは興奮と不安の入り混じった気持ちになっていた。
これを終えれば、ついにバーグは正式にサンドランド支部長となる。
そのときがいよいよやってきたのだ。

「それでは、王都ヴァルダナへと向かいましょうか。」

三人は第二の都市コーサラを出発した。
バーグは砂漠にでたところで、一度後ろを振り返った。

活気に満ち溢れたオアシス都市。
自然と共存しているこの街は、行きかう商人たちによってこれからも繁栄していくのだろう。
時が経てばあの見習いのような若い世代が自分の店を持ち、 また新しい世代が自分の独立を夢見てその店で、時には失敗し、怒鳴られながら見習いをする。
そしては夢と希望に満ちた街として発展を続けるのだろう。
バーグはそんな考えを抱きながら、コーサラの街を見納めた。

そう遠くない未来にこの街が魔物の手で滅び、 若い世代が仲間の為に武器を手にする日がやってくる事など、バーグは知る由もなかった。
まして自分がその顛末に深くかかわる事など。

大きな希望があってこそ、大きな絶望が生まれる。