外伝第1章 呪縛の継承者

世界中の勇猛な戦士達が集まる、フレイム国立大闘技場。
この闘技場のライス・バーグによって生み出された502連勝の大記録は、その後永きに渡り破られる事はなかった。

第02話『運命の出会い』

防衛戦に勝利したバーグはいつものように控え室へと戻っていた。
机の上のグラスを手に取ると、そのまま中身を一気に飲み干す。
試合後に水を一杯飲むのはバーグの日課となっていた。
空っぽになったグラスを再び机の上に戻したとき、彼は人の気配を察知して振り返った。

「あ、そんなに怖い目で見ないでくださいよ。別に貴方と戦おうと思って来たわけじゃないんですから。」
「せめて部屋に入る時はノックをするのが礼儀というものです。」
「……その通りですね。失礼しました。」

眼鏡をかけたその訪問者が軽く頭を下げる。
右腕の赤い腕章を見て、バーグは男がハンター協会の手の者であると理解した。

「で、ハンター協会さんが私に何の御用でしょう。」
「ええ、私もですね。非常に驚いているんですが……。」

協会の男は「困ったものです」とでも言わんばかりの顔をして自身のポケットを探り始める。
すぐに目的のものを見つけてバーグに差し出した。
それは、一枚の書状だった。

「これは?」
「ハンター協会、総長様からの貴方宛のお手紙です。」
「総長?」

バーグは怪しみながらその手紙を受け取る。
協会の頂点に立つ人物が何故自分に手紙を渡してくる理由がわからなかったのだ。
もしかして、この協会の男も手紙も偽者なのではないだろうか。
そんな疑いさえ抱き始めるバーグに、目の前の男は苦笑いをしているだけだった。

封をきり、中身を取り出す。
手紙を開けてみると几帳面な字が並んでいた。


フレイム王国 ハンター協会 支部長執務室 ────

「それでアポロンを向かわせたのですか。」
「うむ。あの男、実に面白い。」
「総長様がそう仰るなら、バーグ殿もきっと素晴らしい素質の持ち主なのでしょうな。」

フレイム支部の最上階にある、支部長の部屋。
部屋の執務用の大きなイスにはその主ではなく、総長が座っていた。
本来座るべき主、フレイムのオーエン支部長は来客用の小さめのイスに収まっている。

「時にオーエンよ。砂漠の話はどうなった?」
「サンドランドの件ですか? クレモニア王に謁見いたしまして条約への調印もしていただけました。砂国支部の設立はいつでも可能です。……後は支部長人事と、協会の建設は必要ですが。建設予定地は首都のヴァルダナかコーサラで探しています。」
「ご苦労だったな。……その人事の事なのだがな、我輩に案があるのだが。」
「ほう? 総長様が直々に、ですか? 一体誰を置くつもりなのでしょうか。」

オーエンの問いに、総長は少し黙り込んだ。
急に部屋の中が静かになる。
下の階の活気溢れるハンター達の声が少し聞こえてきた。
しばらくして、ようやく総長が口を開いた。

「その者の名は、ライス・バーグだ。」
「……これは、面白いお話ですな。」


フレイム王国 闘技場控え室 ────

「……貴方、これを読みましたか?」

バーグが静かに、しかも恐ろしいまでの低音でアポロンにそう言った。
予想通りの展開だ。
と、アポロンは心の中で総長への文句をダラダラと連ねる。

「……ええ、それはまあ、一応。」
「で。どう思いましたか?」
「そ、それは……とても、ユニークなお話だな、と。」
「……。」

痛いほどの沈黙が控え室を包み込む。
手紙を見るバーグの目は冷たく、「悪い冗談だ」と思っている様子が見てとれた。
だが、これは紛れもなく事実なのだから余計に性質が悪い。
アポロンは内心でそう思っていた。
今回の任務は“ライス・バーグの招聘”。
彼は何としてもバーグを説得して協会へ連れて行かねばならないのだ。
それが、協会の頂点に立つ老人の絶対的な意思なのだから。

「貴方も色々思われるところはあるとお察ししますが、総長様は本気なのです。」
「何故、私なのです? もっと他にいい人材がいるでしょう。」
「総長様は貴方が闘技場の記録を塗り替えたという噂を聞いて、今日の試合を御覧になられました。 そこで、貴方の素質を見抜かれたのだと思います。 ご自身で打ち立てた大記録を貴方に塗り替えられてしまったわけですから……興味も沸くでしょう。」

「今、何といいました?」

ほら、食いついた。
アポロンが思っていた通りの反応だった。
ハンター協会総長の正体は、あまり世には知られていない。
協会内部でも支部長や幹部クラスの人間、 そしてアポロンのような特殊な任務を受け持つ者しか知らない。

「“ご自身で打ち立てた大記録を塗り替えられてしまった”と、こう言いました。」
「面白いことを仰るのですね。あの方なら、もう亡くなっているはずでは?」
「それは勝手な思い込みです。……いえ、普通の人ならそう思い込んでも仕方のないことです。 ですがこれは事実です。そんなに気になるならば一緒に協会へ来ませんか?」

特殊な任務をこなす傍らで受付業務も担当する男は、得意の営業スマイルをにこりと浮かべる。
見ていて悪い気持ちはしない、そんな笑顔だ。

「総長の下へご案内いたしましょう。ライス・バーグ様。」

手紙を懐にしまうと、バーグは頷いた。
二人は控え室を後にしてハンター協会へと向かう。
横に並んで歩く近い未来の主従には、まだ少し距離が開いていた。


フレイム王国 ハンター協会 ────

「ようこそ、ライス・バーグ殿。」

アポロンに連れられてやってきたバーグは、ハンター協会に入るなり中年の男に迎えられた。
もちろん、バーグもその男のことは知っていた。
四大国に政治的にも強い影響力を持つハンター協会で、実質的には総長に次ぐ権力を持っている。
フレイム軍に在籍していたバーグはもちろん、オーエンのことは知っていた。

「私は、アルフォンス・オーエン。当フレイム支部の支部長を務めています。 そして貴方を案内した者はアポロンと申します。私の部下です。」

オーエンに紹介されると、アポロンは改めて頭を下げた。
バーグがそれに軽く会釈する。

「ライス・バーグと申します。数ヶ月前まで、王国軍に在籍していました。」
「ええ。存じております。総長様のご命令により失礼ながら、色々調べさせていただきました。 今回は急な話でさぞや驚かれたことでしょうな。」
「はい。……正直、ここへ来てもまだ半信半疑です。」

戸惑うようにそう言ったバーグに、オーエンは大きな声をあげて笑った。
アポロンもそれに釣られるようにくすりと笑う。

「そうでしょう! 私も驚きました。ですが、貴方を選ばれた総長様の判断は正しかったように思います。 さあ、こちらへどうぞ。総長様がお待ちです。」

支部長の執務室は意外にも質素なものだった。
たくさんの書類があちこちに保管されており、 “承認待ち”という箱の中には数百枚の書類が入れられていた。

「これは全部お仕事のものですか?」
「クエストの発注も最終的には各支部長の許可がいりますから、私が目を通さねばならないのです。 アポロンのように特殊な任務を受け持つ者も大変だとは思いますが、 一番楽そうに見える支部長の任もなかなか面倒が多いものです。」
「なるほど……。大変ですね。」

支部長の仕事はこれだけではない。
バーグは軍人時代の少しばかりの記憶を辿っていた。

ハンターはその業務でしばしば国と国を行き来していた。
その為に国境の手続きによって多くのハンターが依頼に支障をきたすことになってしまっていた。
それを打開すべくフレイム支部が中心となって各支部が問題解決に奔走し、 各国政府へと働きかけ、多くの交渉を重ねた結果、 ついには“ヴェンツィア条約(ハンターパスポート発行条約)”の調印に至ったというわけである。

「私は実は、“ヴェンツィア条約”の調印式で護衛任務にあたっていたことがあるんです。」
「ほう、それは何と! あの調印式の護衛をなさっていたのですか。 あの時は各国の軍隊でヴェンツィア中心部がごった返して大変なことになりましたからね。」
「そうでしたね……。今も、覚えています。」

条約の折に四大国成立以来初めて、各国の国家元首がアクアスの王都ヴェンツィアに集結した。
各国が大軍を派遣して自国の王を護衛した為にヴェンツィアの中心部は水竜の鱗を境界に、 各国軍によって完全に閉鎖されることになった。
彼は、“ヴェンツィア条約”の調印式のフレイム国王の護衛任務にあたった事があったのだ。
条約発効の立役者となったのがフレイム支部長、アルフォンス・オーエン。
今まさにバーグの目の前にいる男である。

「……さあ、この奥が私の本当の執務室です。総長はこの奥でお待ちですよ。」

フレイム支部の執務室は二層構造になっている。
まず、ドアをあけてすぐは副官や補佐官達が支部長の代行業務を行う部屋。
そしてオーエンが本当に業務を行っている最奥の部屋だ。
オーエンが奥の部屋へのドアをあけて、バーグを招き入れた。

バーグが部屋に入ると、目の前に大きな執務用のイスに座る老人の姿が飛び込んできた。

「待っていたよ。ライス・バーグ君。」

老人がゆっくりと立ち上がる。
バーグはその姿を見た瞬間に確信する。
その老人は、自分が目標としていた人物であったことに。
王国軍へと所属するきっかけとなった人物。
大闘技場で325連勝というチャンプ防衛記録を作った人物。
巨大組織、ハンター協会を設立した人物。

「我輩は、アドレク・ロサンス。 協会を設立して200数年……君のような才能ある人物に会えるとは嬉しいことだ。」