外伝第1章 呪縛の継承者

「お初にお目にかかります、国王陛下。ハンター協会総監のアポロンと申します。」
「ああ。……で、ロサンス老から伝言と聞いたのだが?」
アポロンは「はい」と、短く答えるとロサンスからの依頼を伝える。
「このラデルフィア城が、もうまもなく戦場となります。」
王座に座るカナンは厳しい表情のままだった。


第22話『二人の夢』

フレイム王国 王都ラデルフィア市街 ────

「……だ、大丈夫ですか?」

市街に倒れこんでいる男に、おろおろしている市民達を代表して中年の男性が声をかけた。
倒れている男は小さく頷いた。

「皆さん、無事ですか……?」
「は、はい。何とか。貴方が知らせてくれたおかげです。」

そうですか、と安心したように言うと男は立ち上がった。
ラデルフィア西部を襲った紅光は、終焉の神剣の力の一つ、【滅亡の時】。
一瞬にしてラデルフィア西部地区は壊滅し、建物が消え去った。
しかし、誰一人として住民に被害が無かったのは、この男のおかげである。
男は騒動の直前、町中を走り回って住民を避難させた。
最初は不思議がっていた住民だったが、男の素性を聞いてすぐにそれに従ったのだ。

「たしか協会の総督さんだと仰いましたよね? 一体、アレは何だったのですか?」
「……あれは……ぐっ……!」
「ちょ、ちょっと、総督さん。大変だ! 誰か協会に連絡するんだ!」

ヴァロア卿はヴァンダルとの戦闘で傷を負っていた。
さらに住民を避難させるために身体を酷使した為、傷口から大量に出血していた。
立っていられず、再びヴァロアは地面に倒れこむ。
とてもこれからヴァンダルを追うことはできそうにない。

止められなかった。

何としても、自分が止めるつもりだった。
協会からバーグとアポロンが慌てて出て行った時、オーエン卿がもういないことをヴァロアは知った。
だから、ヴァンダルを止められるのは自分しかいない。
例え刺し違えても、何としても倒す。
そう、心に誓っていたのに。

「頼むよ……バーグ君。」


フレイム王国 ラデルフィア城 中庭 ────

いつもは巡回の兵士や、中庭でくつろぐ王族達でにぎやかな場所も、今は不気味なほどの静けさに包まれていた。
つい先ほど、カナン一世の命令で中庭は立ち入り禁止となった。
ロサンスが人払いを依頼したからである。

「人払いは終わりました。」
「うむ。」
「ですが、本当にここでいいのですか? やはり、王城では周りに危険が……。」
「大丈夫だ、我輩に任せておけ。」

バーグもそう言われては引き下がるしかなかった。
目の前の老人は、バーグの何倍も長く生きてきた人物だ。
何も、無策でこんなところを戦場に選んだわけではないだろう。
きっと、カナン一世や城の人間に危害が加わらないような策があるに違いない。
バーグはそう思う事にした。
その時、空気が変わった。

「……来た。」
「来ましたね。」

バーグ達がいる反対側から一人、誰かが歩いてくる。
間違いなくユーグ・ヴァンダル卿その人だった。
ブルクントら反体制派のリーダーであり、オーエン卿を殺害した人物。
その手には終焉の神剣が握られている。

「お久しぶりです、総長。」
「堅苦しい挨拶など不要じゃ。」

ロサンスは穏やかに答えたが、目は笑っていない。
それはヴァンダルも同じだった。

「バーグ君から話は聞いてるだろう?」
「ああ。お前がオーエンを殺したこともな。」
「そうか、それなら話が早いな。」

ヴァンダルは終焉の神剣を構えた。
剣は、うっすらと禍々しい紅い光を帯びていた。
バーグの右腕に刻まれた呪紋が、それに呼応するように同じ光を放っている。

「俺はアンタに頂点の座から降りてもらいたい。おとなしくそうしてくれねぇか? それなら俺は爺さん、アンタを殺さなくても構わないんだ。」
「我輩がそれに応じると思っておるのか? 無論、断る。」
「……なぁ、爺さん。いつまでも叶えられない夢を追うのはやめたらどうだ?」


叶えられない夢。
その言葉が、バーグに引っかかった。
ロサンスは何故総長の座に固執するのだろうか?
二百年もの間、何のために協会をここまで育て上げてきたのだろうか?
それが、ヴァンダルの言う“夢”に関係しているのだろうか……?

「“夢”……か。カナン様にとっては“叶わない夢”であったかもしれないな。」

カナン。
それは、今のフレイム国王・カナン一世のことを言っているのだろうか。
恐らくはそうだろう。
カナン“一”世、ということは、これまで長い歴史の中でカナンの名をもつ国王はただ一人。
現国王しか存在しない。

「だが、それも最早“叶わない夢”ではなくなった。オーエンの助けで、目の前にまで近づいた。カナン様と我輩の夢はもう手の届くところに来ている。」
「……だとしても、だ。俺は待たねぇぜ、爺さん。アンタは自分のその夢のために、どんな汚い事をハンターにさせて来たか知ってるか?」
「……。」
「その仕事の意味を知らず受注したハンターがたくさん死んでいった。アンタの話、わからなくも無いさ。その夢を叶えたいという気持ちもな。」

だが、とヴァンダルは続ける。

「罪の無いハンター達を犠牲にしてまで叶える夢なのか、それは?」
「……我輩にとって、大事なことはあの方の夢を叶える事。その為に二百年の時を生きてきた。それは今も変わらぬ。」

ロサンスと“カナン”の夢……?
罪の無いハンター達の犠牲……?
バーグには理解できないことばかりだった。
だが、聞いている限りではヴァンダルの言うとおりであるように思える。
これではどちらが……。

「ならば、一つ聞こう。お前はオーエンを殺してまでして何故我輩の座を狙った?」

この一言でバーグは我に返った。
そうだ。
いくらヴァンダルの言い分に一理あったとしても、彼はオーエン卿を殺害した。
その事実は絶対に変わらない。

「……俺にも、“夢”があるんだ。見たいモノがある。」

見たいもの?
その為に、今までこれほどの惨劇を起こしてきたというのか?
ロサンスの話も、ヴァンダルの話も、バーグにとってはどちらも納得のいくものではない。
だが、今はそれよりも大切なことは一つだ。

それは、自分自身の責務を果たす事。

「ヴァンダル卿。あなたがどのような“夢”を持っていても構わない。……ですが、私には決着をつけなくてはならない。」
「……少しの間で、顔つきが変わったじゃねぇか。」

裏切り者はニヤリといつものように笑う。
少しだけ、心が痛かった。
しかし、もう迷わないと決めた。
そう自分に言い聞かせて、バーグは続けた。

「終焉の神剣を返してもらいます。」

それは、ヴァンダルとの決別の一言だった。
ヴァンダルはいつもの表情のままだった。

「そう焦るなよ、バーグ君。取引といこうじゃねぇか?」

神剣が鮮やかな光を放ち始める。
まずい、とバーグは思った。
予想通りの最悪な展開だった。

「この城の人間の命……惜しくは無いか?」