ハンター協会の受け入れに反対する意見の根強かったサンドランドで、
国王、クレモニア三世が協会支部設立を認めたのには、二人の人物の後押しがあった。
一人は、サンドランド軍最高司令官にして軍の“表”の顔、アドルフ・ローラン。
そしてもう一人は、“裏”の顔……サンドランド軍監察部統括責任者、四楓院夜一。
二人は反対勢力とクレモニア三世に対してこう主張した。
「協会の誘致は、“国”の為になる」と。
ローラン将軍は三人を宮殿の最奥へと連れて行った。
そこは、この城の主にして国の王たるクレモニア三世がいる玉座の間。
バーグにとっての“仕事”が始まろうとしていた。
「国王陛下。ハンター協会の使者をお連れいたしました。」
「うむうむ、ご苦労であったぞ!」
将軍は一礼すると、国王の側へと控えた。
玉座の間には、サンドランドの政治・軍事を司る面々が集結していた。
そのほとんどのバーグ達に対する視線は、冷たい。
「あちゃー……こりゃ、完全にアウェーだな。」
ヴァンダル卿が笑いながらそう言うと、サンドランドの要人達の誰かが舌打ちをした。
彼らは敵意を剥き出しにしていた。
「ヴァンダル卿、言葉が過ぎますよ。……ここをどこだとお思いですか。」
アポロンが小声でそう警告すると、ヴァンダル卿は「へーい」と気の抜けた返事を返す。
本当に大丈夫だろうか……。
内心バーグはそう思わずにはいられなかった。
決してヴァンダル卿の行いがどうだ、という意味ではない。
この協会への強い敵意を持っている要人達が、支部設立を認めてくれるのか。
……いや、国王の承認は既に得ている。
その点では心配は無いが、それでもやはり不安は残る。
ハンター協会支部は各国政府とも密接に連携する。
もし、こんなぎくしゃくした関係が続けば、とてもではないが協会と政府の関係は上手くいきそうにない。
「さて、それではそなた達の話を聞こう。」
クレモニア三世の声に、バーグは考えを止めた。
今はとにかく、この会談を成功させること。
それだけに集中するべきだと、自分自身に言い聞かせて。
まずはアポロンが一歩前に進み出た。
彼は、オーエン卿と共にアドルフ・ローランと四楓院夜一の説得にあたっており、
この中で最も多くクレモニア王と会見をしてきていた。
「お久しぶりでございます、陛下。」
「そなたは……確かオーエン殿の部下の?」
「はい。アポロン・ヴェルタースです。」
アポロンが挨拶をしている間、ヴァンダル卿は辺りを幾度となく見渡していた。
誰かを探しているようにも見える。
「何をしてるんです?」
周りの要人達の様子を窺いながら、バーグは小声で話しかけた。
するとヴァンダル卿も同じように小声でこう返す。
「四楓院夜一がいねぇんだよ。」
「誰です? その方は。」
「サンドランド軍中将、監察部統率責任者。
情報部隊を束ね、軍内部の規律を監督している“裏”の最高司令官ってとこだな。
今回の支部設立承認の背景は少しは聞いてるんだろ?」
確かに、オーエン卿から話は聞いている。
彼は受け入れ反対を主張する勢力に押されたクレモニア三世との交渉に悩まされた。
そこでオーエン卿は、二人の人物に注目した。
サンドランド軍を指揮する最高司令官のアドルフ・ローランと、
軍内部で“死神”と恐れられる中将、四楓院夜一だ。
彼が二人に注目した理由は二つある。
一つは二人とも軍部の責任者で、国王や要人達に高い発言力と影響力を持っている事。
そして、もう一つは“愛国心”だ。
アドルフ・ローランが傭兵時代にエアリアでなくサンドランドに加勢を続けた理由は簡単だ。
彼はこの自然と共生する砂漠の王国に惚れ込んだ。
サンドランド、という国自体に魅了されたのである。
四楓院夜一は、規律を違反した軍人や裏切った軍人を容赦なく裁いて、
軍監察部の統率責任者の職務を“死神”とまで言われる程全うしてきた。
しかし彼女は誰よりも生まれ故郷たるサンドランドを愛し、そこに住む国民を護る事に命を賭けていた。
そこを見抜いたオーエン卿はこの二人の説得にあたった。
“国のために”、“民のために”、と。
オーエンの主張は決して嘘でも理想でもない。
確かにサンドランドは商業の面では大国の中間貿易で利益をあげていたが、
全ての商人達がその恩恵を授かっているというわけではなかった。
例えば、品物を運ぶキャラバンを狙う強盗団の対策に王国は軍の部隊を貸し与えるが、
それは一部の裕福な大商人達にだけであった。
それ以外の商人は自分で高額の依頼料を払い傭兵を雇うか、
コーサラのジョダロのように、そういった大商人から品物を卸してもらうしかなかった。
オーエン卿の訴えに二人は納得し、協会の受け入れを承認するべきだと唱えたのである。
軍部の有力者二人に押されたうえに、“民のため”と言われて反対派も無碍にはできず、
その結果、クレモニア三世は支部設立の承認を決めたのだ。
「……でも、変ですね。支部設立を主張した人が肝心な時に席をはずすなんて。」
「だろ? だから、俺もおかしいと思ってたところだ。」
舌打ちが聞こえた。
……どうやら、声が大きくなりすぎたようだった。
「バーグ、といったか。」
「は、はい!」
突然、国王に名前を呼ばれてバーグは心臓の鼓動が速くなるのを感じた。
王に手招きされ、アポロンの右隣へと歩み出る。
「サンドランド支部の支部長を仰せつかりました、ライス・バーグと申します。」
「ほう、これはまた若いな。……まあ、今後はよろしく頼むぞ。」
「はい、もちろんです。」
バーグはクレモニア王に対して深々と頭を下げる。
と、その時。
「皆、伏せよ!」
ローランの声だ。
声が聞こえた直後に、玉座の間の扉が開いて無数の弓矢が飛び交った。
バーグは無我夢中で剣を抜き、クレモニア王に迫った弓を叩き落そうとする。
だが、その必要は無かった。
彼の目の前にはローランの背中があった。
ローランは咄嗟に前へ出て、バーグと王を庇うようにして盾を構え、弓を全て防ぎきっていた。
少しして、玉座の間へと集団が雪崩れ込んで来た。
半分は仮面をつけた者達。
バーグはそれが“反体制派”の一味であることにすぐに気がついた。
そして、もう半分はサンドランド正規軍の兵士達。
「失礼するよぉ、砂漠の王様。ちょーっとばかし用事があるもんでねぇ。 ついでといっちゃ何だけど、君の命も頂戴しておこうかな?」
反体制派のリーダーは、そうやってクレモニア王を威圧した。
やはり、先ほどの矢の猛攻撃はこの男の仕業だった。
「申し訳ありません、国王陛下! 賊の玉座の間への侵入を許しました!」
「ば、馬鹿者! な、なんとかせい!!」
矢の直撃を寸でのところで免れたクレモニア王は、完全に動転していた。
周りを見渡してみれば要人達の中には反応が遅れて、矢を受けて倒れている者達もいる。
「バーグ卿、ご無事ですか!?」
アポロンがこちらへと駆け寄ってくる。
ヴァンダル卿がその後ろで剣を抜き、アポロンの背後に歩み寄る。
そしてその後ろには反体制派の者達が迫っていた。
「ヴァンダル卿、後ろ!」
しかし、ヴァンダル卿は振り返ろうとはしなかった。
ヴァンダル卿の背後で何かが倒れる音がする。
反体制派の兵士達が、全員床に倒れこんでいた。
「……遅かったではないか。」
ずっと沈黙を保っていたローランが、ようやく口を開く。
それはバーグにでもアポロンにでも、ヴァンダル卿に向けられたものでもなかった。
その後ろ。
倒れた襲撃者達を見下ろしている女性に対して向けられたものだった。
ヴァンダル卿がようやく振り返り、その女性に向き直る。
「……四楓院夜一中将か。助かったぜ。」
「陛下、ご無事で! ローラン大将。これは一体何事か?」
「さあな。私もよくはわからぬ。……だが、こやつらが“国”に敵対したのは事実。」
ローランが腰の大剣を抜く。
反体制派に包囲されて圧倒的不利な状況にありながら、この男には何の動揺も見られなかった。
ヴァンダル卿が普段からは考えれないような真剣な表情でローランを見ている。
これが彼の本当の姿なのだろう、とバーグは思っていた。
「夜一、賊共を一匹残らず仕留めるぞ。」
「お言葉ながら大将、情報機関を統率するものとして一匹くらいは捕虜にしたいのじゃが。」
「……ふむ、よかろう。ならば……。」
ローランが大剣を向ける。
その先にいたのは。
「やだなぁ、そんな物騒なものをこっちに向けないでよぉ。」
「あの主犯格の男。あれを捕まえればよい。」
「了解した。」
二人の戦士は包囲網の指揮をとるリーダーを見据えた。
遅れながらバーグやアポロン、ヴァンダル卿もそれぞれ武器を構える。
「へぇ、僕を捕まえるって言うの?」
主犯格の男は右手を仮面にやると、勢いよく仮面を取って投げ捨てた。
「言ってやってよぉ、ヴァンダル長官。こんな辺境の名ばかり軍人達には……。」
指揮官の正体を見て衝撃を受けているアポロンとは反対に、
ヴァンダル卿は動揺を見せず、冷静な表情を保っていた。
「このハンター協会諜報部隊副指令、イヴン・ブルクントを捕まえられるわけがないってさぁ。」