外伝第1章 呪縛の継承者

“協会乗っ取り計画”。
反体制派の真の目的は、不老のアドレク・ロサンスを総長の座から引きずり降ろし、 そのリーダーが総長の座を奪うことにあった。
計画は、すでにひけないところにまできてしまっていた。

第16話『“敵”か、“味方”か』

「さすがは俺の優秀な部下だ。ここまで苦戦させられることになるなんてな。」
「……ここまで、ね。」

ヴァンダルは剣を鞘に納め、倒れている部下達を見やった。
唯一、倒れこんでいない腐巫女も重傷を負っている。

「まさか、この包囲網が突破されるとは……。」
「フン、お前たちは上司を甘く見すぎだ。残念だが、お前たちの相手をしてやる時間はない。俺はフレイムへ急がねぇと……。」
「逃げられると……お思いなのかしら? 長官。」

腐巫女の問いに、ヴァンダルは自身の負った傷をかばいながらも、ニヤリと笑った。
その笑みはいつもの彼の笑みだった。

「“逃げる”つもりはない。堂々と戦ってやるさ、いつでもな。」

言うと彼はゆっくりとフレイムの方向へと歩き始める。
しかし、彼を追う力は最早腐巫女には残されていなかった。
それに追いついたところで、返り討ちにあうだけだ。
確かにヴァンダルと隊員の力の差はあるといえ、諜報部隊の隊員はエリートばかり。
その小隊を壊滅した相手に、自分が一騎打ちで勝てるはずがない。

「くっ……あの馬鹿長官。このままじゃ……。」

消えていくヴァンダルに、腐巫女は彼を止められない己の未熟さを悔やんだ。
と、そこへ一人の男が現れる。
男は倒れこんでいる隊員とうずくまる腐巫女を見てため息をついた。

「これは……予想外の事態だね。この人数で挑んで返り討ちにあうとは。」
「……!!」
「ああ、傷が痛むだろう? そのままでかまわない。」

男は目を閉じてエンチャントを解放する言霊を唱える。
すると見る見るうちに腐巫女たちの傷が癒えていった。

「完治、とまではいかないだろうけど。僕にできるのはここまでだよ。後は君にまかせていいね? ……確か、回復系エンチャントに関してエキスパートだと聞いているけど。」
「……は、お任せを。」
「うん。……しかし、困ったな。今、彼を総長やオーエン卿に接触させるわけにはいかない。」

男は一瞬間をおいて、言った。

「彼の命を、奪うしか方法はないな。」

命を奪う。
その言葉に腐巫女は背筋が凍る思いだった。
命令とは言え、仮にも上官だった人物の命を奪うことができるだろうか。

「……本作戦の指揮権は、貴方にあります。私はそれに従うまでです、“司令”。」
「うん。……では、サンドランドにいる彼らとうまく接触しよう。終焉の神剣の後継者になったバーグ君を、使わない手はないよね?」
「彼らに、すべてを明かされるのですか?」

男はにこりと笑い、答える。

「いや、話さないよ。……彼らが“味方”であると確信を得るまでは、ね。」


エアリア王国 フェニキア領 ────

ヴァンダル卿を追ってエアリアに入ったバーグとアポロンは、 考えあって砂漠で一夜を明かし、行きとは別のルートを通ってフレイムを目指していた。
今彼らがいるのはエアリア王国の西端に位置するフェニキア領。
ここにはハンター協会のエアリア支部があった。
エアリア支部の支部長である、ヴァロア卿の助力を得ようと考えたのである。

「ここが、ハンター協会エアリア支部です。」
「ああ。うまく力を借りられるだろうか?」
「すでに、昨日の一件はここにも届いていると思いますから、あるいは……。」
「ああ、すでに聞いているよ。」

突然の声に二人は後ろを振り返った。
そこには端整な顔立ちの若い青年が立っていた。

「あなたは……?」
「こ、これは……! バーグ卿、この方こそエアリア支部長のアンリ・ヴァロア卿です!」
「あなたが、ヴァロア卿……。」

ヴァロアはにこっと笑いかけると、バーグに左手を差し出した。
あわててバーグも左手を出して握手をする。

「やあ、お待ちしていたよ。……ん? どうかしたかな?」
「あ、ああ……失礼とは思うのですが……。」
「ふふ。思ったより若かった、かな?」
「!」

自分が総督に就任したら、協会での最年少だといわれていた。
だからバーグは、支部長は全員オーエンやヴァンダルのような年齢の人物だと思い込んでいた。
目の前のヴァロア卿は、自分とそうは変わらないように見える。

「君が記録を更新するまでは、僕が最年少記録の保持者だったんだよ。おじさんじゃなくてびっくりしているようだね。」
「は、はい。少し……驚きました。」
「まあ、オーエン卿やヴァンダル卿しか見たことがないなら無理もないけどね。」
ヴァロア卿。……実は、折り入ってお願いがございます。」

アポロンが話に割って入った。
彼らには時間がない。
こうしている間にもヴァンダル卿やオーエン卿に危険が及ぶ。

「ああ、そうだね。君たちは僕に世間話をしに来たわけじゃかったね。」
「昨日の一件、すでにお聞き及びでしたね?」
「うん。反体制派の一味のことだよね。まさか、そこまで大胆なことをやってくれるとは思っていなかったな……。捕らえられたのは諜報部隊副司令のイヴン・ブルクントだったね。」
「はい。」
「で、君たちがわざわざこのエアリアに来ているということは……何か、あったんだよね?」

ヴァロア卿のところにブルクントの死の報せはまだ届いていない。
バーグは彼にすべての経緯を話すことにした。


「……そうか、彼は死んだのか。」
「申し訳ありません。我々のミスでした。」
「いや、それは仕方ないさ。あまり自分たちを責めすぎないようにね。だが……これで反体制派の目的は明らかになった、といったところだな。 ブルクントの遺した最期の言葉が気になるね。」

まだ、終わっちゃいないよぉ。
これからじゃない、“乗っ取り計画”は。
……そうさ、これからが計画の本番なんだからね。

「ヴァロア卿、どうかお力をお貸しください。急がなくては、ヴァンダル卿も……!」
「……ヴァンダル卿、か。」

「……? ど、どうかなさいましたか?」
「いや、なんでもないよ。」

なんでもない事があるだろうか?

確かにヴァロア卿の表情が、変わった。
だが、バーグにはそれが意味するところは、まだわからなかった。

「実は、数時間前にニネヴェ郊外で諜報部隊の一隊が壊滅させられたみたいでね。」
「な、なんですって!?」
「僕のエンチャントで一命は取り留めた。後処置は腐巫女君に任せているから大丈夫だろうけどね。」
「犯人は!? やはり、反体制派なのですか?」
「うん、どうやらそうらしい。詳しくはわからないけどね。」

ヴァンダル卿の部下たちが反体制派によって敗れた。
諜報部隊は腐巫女をはじめ、あらゆるエキスパートの集団だ。
そんな彼らが敗れるなど、バーグはもちろんアポロンにも信じ難いことだった。
ほかの反体制派の面々も、同じ諜報部隊の者なのだろうか?
いったい誰が“敵”で、誰が“味方”なのか……?

「……とにかく、急がねば。」
「ああ、僕も君たちに同行しよう。」
「え……、ヴァロア卿自らですか?」
「僕じゃ不満かな?」

終焉の神剣の使い手である、オーエン卿。
諜報部隊をまとめあげるヴァンダル卿。

支部長クラスの人間は皆、相当の使い手だ。
不満なはずがなかった。

「いえ、しかしエアリア支部の方は……。」
「ああ。問題ないさ。優秀な部下がいるんだ。」

ヴァロア卿はにこりと笑ってみせた。
心強い“味方”を得て、バーグとアポロンはフレイムへと急ぐ。
先を行くヴァンダル卿は無事なのか?

“敵”がわからない今、彼らの不安は増すばかりだった。