外伝第1章 呪縛の継承者

「あの男が、ユーグ・ヴァンダルか?」
「はい。」

カナン一世はアポロンと共に、城の窓から中庭を見下ろしていた。
中庭から城全体に紅の陣が広がっている。
そして、その中心には三人の男を囲むように不思議な結界が張られていた。

「……どこかで、見たことがあるな。」
しばらく記憶を辿っていたカナンに、アポロンがその答えを示した。
「ヴァンダル卿は、かつてこのフレイム王国に軍人として仕えていました。」
「ほう? ……ああ、そうだ。」

そしてカナンはようやく思い出した。
ずいぶんと前にハンター協会にスカウトされた兵士がいた事を。
「ヴァンダル卿は、禁軍の所属でした。」


第24話『天地創造』

フレイム王国 ハンター協会 ────

「隊長、アクアス王国からウィンザー卿が到着されました。」
「そう。お通しして。」

一礼すると、諜報隊員は部屋を一度出た。
そして中年の女性を引き連れて再び部屋に戻ってきた。
この女性こそ、東の大国・アクアスを任されている協会四人目の総督。
エリザベス・ウィンザー卿である。

「ウィンザー卿、お待ちしておりました。」
「腐巫女、貴方もご苦労様。……でも、諜報部隊の貴方が支部を指揮しているなんて、オーエン卿は任務かしら? フレイムの人間はどうしたの?」
「……それが。」

ウィンザー卿には、まだオーエン卿が殺害されたという報告は為されていない。
それどころか、ヴァロア卿が重傷を負ったことも、ヴァンダル卿がついに正体を現したという事実すらもまだ知らされていないのだ。
それには理由があった。
今、ハンター協会に起こっている出来事。
これはインナーフィーア各国にも大きな衝撃を与えることになる。
それだけではない。
協会に出入りしているハンター達にも大きな混乱を招くことになるだろう。
だから、今はまだ知られるわけにはいかなかった。
ウィンザー卿への伝令にも“緊急招集”ということだけを伝えたのはその為だ。

「アルフォンス・オーエン総督は、亡くなられました。」
「……何ですって?」
「詳しく、お話いたします。」


フレイム王国 ラデルフィア城 中庭 ────

「さて、二人相手にどう戦うかな……?」

薄ら笑いを浮かべるヴァンダルは、この状況を楽しんでいるかにさえ見えた。
だが、実際はそうではない。
彼は今極限まで追い詰められている。
終焉の神剣の最強奥義、【滅亡の時】は事実上封じられた。
この狭い結界の中で使用すれば、使用したヴァンダルをも巻き込むことは間違いない。
彼に残されているのは神剣の他の能力と、剣の腕だけだった。

「降伏しませんか?」
「しないよ、俺は。……まだ君はそんな甘い考えを持ってるのか?」
「甘い、考えですか。」

自分でもわかっていた。
決心したはずなのに、彼の顔を見るたびにそれは揺らいでいく。
時間がたてばたつほどにその乱れが心に広がっていく。
ヴァンダルの命を奪わなくていい状況を願っている。
できることなら。
そんな考えを未だ持っていることは、わかっていた。

「バーグ君、君は甘すぎる。……いつか、その甘さに滅ぼされる日が来るぞ。」
「……。」
「ほら、隙だらけだ。」

一瞬だった。
その一瞬でヴァンダルは距離を詰めていた。
終焉の神剣が吸い込まれるようにバーグの体に向かっていく。
咄嗟にそれを弾こうとするが、間に合わない。

神剣はバーグのではない、別の剣で食い止められていた。

「やれやれ……。しっかりするんじゃ、ライス・バーグ。君が託されたことは何だ? 君が選んだことは何だ?」

金属音が結界の中に響いた。
ロサンスは神剣ごとヴァンダルを押し返す。
老いてもなお、その腕は健在だった。

「君自身が選ぶ道を決めるのだ。……我輩はそれに従おう。」
「……わかりました。」

バーグはヴァンダルを見据えた。
ブルクントを操り、エアリアやサンドランドでの襲撃の黒幕。
オーエン卿を殺害した犯人。
目の前にいる男は、憎むべき相手なのだ。
だから。

バーグは決めた。

「ユーグ・ヴァンダル。貴方を拘束します。」

殺しはしない。
だが、彼を止めてみせる。
甘いと言われても、自分の取るべき道はこの道なのだ。

「そうか。ならば、我輩もそれに従おう。」

ロサンスが一瞬だけ、にこりと笑った。
その一瞬の笑顔にバーグはロサンスの本当の気持ちを垣間見た気がした。

「まったく、頑固な奴だな。君は。」

ヴァンダルが再び神剣を構えなおす。
そして、新たな呪文を唱えた。

「奥義開放……! 【天地創造】!」

終焉の神剣には 4 つの力が備わっているという。
1つは、使用者を力と引き換えに呪いによって縛り付ける【永劫の呪縛】。
2つ目は、マナを使用するすべての力を封じる【聖域】。
3つ目は、ありとあらゆるモノをこの世から消し去る【滅亡の時】。
そして、最後の力。
それが【天地創造】である。

ヴァンダルの呪文に応じて、終焉の神剣は蒼い光を放った。
すると、結界の中の空間に変化が現れ始めた。
天空は黒雲に包まれ、大地はまるで怒っているかのように揺れ始める。

「これは……!」
「気をつけよ! 上からも下からも、攻撃が来るぞ!」

ロサンスの言うとおりになった。
【天地創造】。
それはあのトラシズムの鎮守人の能力に似ていた。
天空と大地に神剣が語りかけ、新たな理想郷を作る力。
【滅亡の時】で無に帰った世界を、転生させる能力。
それがこの力の正体だった。

天空からは轟音を響かせて雷が落ちてくる。
大地の地中深くからは巨大な岩が突き出てきた。
終焉の神剣の力を得た自然の力には、人間を壊してしまうことなど造作もないことなのである。

美しかったラデルフィア城の中庭は、すっかり姿を変えてしまった。

「何て破壊力だ……!」
「さあ、今度こそ終わりにしようぜ?」

ヴァンダルがバーグ達に向かって突進してくる。
彼の行く手からにだけは【天地創造】の力は及ばなかった。
終焉の神剣の力だろう。
一方でバーグ達は雷や巨岩を避けるのに精一杯だった。
敵意をもたない攻撃ほど、避けるのが難しい攻撃はない。
前にトラシズムと戦った時には、逆にそれを利用して鎮守人の“天照の盾”を打ち崩した。

「確かにこれは……避けられない……!」

【天地創造】の力は、自然の攻撃。
これを完全に回避することなど不可能に近い。
ならば、取るべき策は一つしかない。

「……やるしかないな。我輩がサポートしよう。」
「お願いします。」

バーグは剣を握り直し、走り出した。
向かってくるヴァンダルに対して一直線に。
だが、ヴァンダルとは違い、【天地創造】による敵意のない攻撃がバーグに襲い掛かってくる。

「馬鹿かっ!? それでは【天地創造】は避けきれない。死ぬだけだぞ……?」

しかし、バーグは大真面目だった。
走っていく間にも巨岩が足を痛めつけ、雷が目の前に落ちた。
だがそれでも彼は止まろうとはしない。
ただひたすらにヴァンダルに向かって走っていた。

避けきれない攻撃を避けようとしても無駄なこと。
ならば、勝つためには?

闘技場でトラシズムの“天照神威”に直面した時、バーグは同じようなことを考えていた。
避けきれない。
万策尽きたバーグには“降参”するか、“突撃”するかしか残されていなかった。
そしてあの時、バーグは“突撃”を選んだ。

今度も同じだった。

ロサンスが目の前の巨岩を斬撃で砕き割る。
砕け散った巨岩は走るヴァンダルの方向へと殺到した。
それを見たヴァンダルは咄嗟に防御の構えを取る。
そして再び前を向き直った彼の目の前には、足を岩で切り、体を雷に焼かれながらも突撃してくるバーグの姿があった。

「……終わりです、ヴァンダル卿。」