「……どうなさいますか?」
「そうだねぇ。」
男達は、円卓を囲み座っている。
リーダー格の男は弓を丁寧に手入れしながら、答えた。
「ひとまず僕らも行ってみようかぁ。砂漠に。」
襲撃者達は立ち上がって、リーダー格の男に向かって礼をした。
「了解しました。……副司令。」
エアリア王国 ニネヴェ領 ────
三人は、エアリア宰相のソフォクレス公の治めるバビロン領を通過してニネヴェ領へと入った。
ニネヴェはエアリア王国最南端に位置しており、サンドランド王国領と隣接している。
元々サンドランド王国を建国した初代国王がエアリアの大貴族であったことを理由として、
エアリアはサンドランド建国に際してこれを認めず、何度も二国は戦争を繰り返した。
当初圧倒的有利とされていたエアリアだったが、
サンドランドはその莫大な資金で各国から傭兵を雇い入れてこれに対抗した。
この為戦いは予想以上に泥沼化し、休戦しては再び戦いが始まるといった状態になったのだ。
サンドランドの経済発展は、エアリアの経済大国としての地位を揺るがす。
当時エアリアに対抗しようとしていたアクアスは、サンドランドを裏で援助していた。
これを知ったエアリアは勝利を断念、サンドランドの独立を認めたのである。
こういった歴史があるために今でもエアリアとサンドランドは良い関係を保っていない。
「はい、ここがエアリア国境です。」
三人の眼前には大きな門がある。
門の前には軍の駐屯所があり、中にはかなりの数の兵隊が待機していた。
恐らく、昨夜トラシズムが率いていたくらいの数の部隊はいるだろう。
「もう戦争していないというのに、物騒ですね。」
「ああ、そうだな。そういや君もフレイムの元軍人だったっけか。」
「はい。ヴァンダル卿もそうだったとお聞きしましたけど。」
バーグがそう尋ねると、ヴァンダルは「ああ。」と頷いた。
「ま、そうだ。」
「どこの所属だったんですか?」
「俺は、禁軍だ。」
「禁軍!?」
フレイム王国は絶対王政を迎えている国だ。
アクアスやエアリアといった国でも国王はいる。
しかし、アクアスではパルティア家とイハージ家という二大貴族の力が大きく、
エアリアでは国王を含めた五賢君と呼ばれる五人の領主によって政治が行われている。
フレイムはまさしく政治面でも軍事面でも王の独裁によって成り立つ絶対王政の国だ。
禁軍は、フレイム王の近衛兵団のことを言う。
あらゆる面で頂点に立つ国王を護る禁軍は、フレイム軍の中でもエリート集団といわれている。
「まあ、下っ端だったけどな。」
「それでも禁軍の所属だなんて、かなりの実力者でないとなれるものではありません。」
ヴァンダル卿がそこまで優秀な軍人だとはバーグは正直思っていなかった。
だが禁軍の所属だったとなると、彼が当時の諜報部隊長官にスカウトされたのも頷ける。
「お二人とも、そろそろ国境を抜けてもよろしいですか?」
アポロンが申し訳なさそうに二人の話に割り込んだ。
バーグとヴァンダルも慌ててハンターパスポートを取り出し、衛兵に提示する。
エアリア兵はそれを確認すると、巨大門を開く。
重い金属が動く嫌な音が辺りに響き渡った。
「……今の、君ならわかるだろう。あいつらはニネヴェ兵じゃない。」
「……はい。」
「ど、どういうことですか?」
門に駐屯している軍は、ニネヴェ領の部隊ではなかった。
あれは。
「ダマスクス軍の兵士……つまり、エアリア本軍の部隊ですね。」
「な、なんと……本軍!」
「声がでけぇよ、馬鹿。」
国境警備の部隊は、王領ダマスクスのエアリア本軍。
シドンの国境警備はシドン軍が行っていたのを考えれば、
エアリアがサンドランドに対して未だに警戒を怠っていないということがわかる。
つまり、いつ戦いになってもおかしくない、ということだ。
「サンドランドが攻撃をしかけてくると考えているんでしょうか。」
バーグは振り返りながら、ヴァンダルにこう尋ねた。
「いや、今までの戦いは全てエアリアからの攻撃だ。
……つまり、いつでも戦いに応じるという威嚇のつもりだろうな。」
「我々に逆らえば容赦はしない、と。そういうことでしょう。」
何らかの口実をつけて、未だにサンドランド攻撃を企んでいるのだろうか。
確かに、エアリアにとってサンドランドの存在は邪魔でしかないのかもしれない。
もし再び戦争になれば、自国の軍事力も拡大させてきたサンドランドとの戦いは、
今まで以上に激戦となるのは間違いないだろう。
「さあ、ここからは砂漠です。」
アポロンがそう言うと、バーグは初めて門の外を見た。
門の向こうには、砂漠がどこまでも広がっていた。
この砂漠で血が流れる日が来るのは、そう遠くないのかもしれない。
そんな事を考えるとバーグは恐ろしい気持ちになった。
フレイム王国 ハンター協会支部長執務室 ────
「失礼します、オーエン卿。」
「おや、これは珍しいですな。」
仕事中のオーエン卿を尋ねてきたのは、腐巫女だった。
ヴァンダル卿からの任務に従ってダマスクスからフレイムへと戻ってきたのだ。
「実は、バーグ卿や長官がシドン領で何者かに襲撃を受けました。」
「……何だって?」
「犯人は、おそらく反体制派かと。」
オーエンはペンを机に置いた。
反体制派の暗躍の噂は、オーエンも受けていた。
「お前は、どうみている? 調べているのだろう。」
「……私の考えならば、黒に近いのではないかと。」
「そうか。……もう一人、ブルクントの方はどうだ?」
「現在任務中、とのことですが今回の襲撃犯の可能性は高いですね。」
オーエンは立ち上がって、部屋の中を歩き回る。
身内の誰が反体制派なのか。
誰がその指揮をとっているのか。
その調査報告はオーエンにとって悩ましいものだった。
「……では、そのように報告しておく。」
「私は、引き続き副指令の追跡を行います。」
「うむ。……二重任務、ご苦労だが頑張ってくれ。」
「はい。」
腐巫女は一礼すると、執務室を退室した。
オーエンは、執務室のさらに奥にある部屋へと入った。
老人が一人イスに座っている。
「……聞いておったよ。」
「私も、信じたくはないのですが……どうやら疑いは濃いようですね。」
「ともかく、エアリアのヴァロアに連絡を入れるのじゃ。
イヴン・ブルクントは未だエアリア領内にいる可能性が高い。発見しだい拘束させよ、とな。」
「承知しました。」
オーエンは総長の部屋を出ると、人を呼びつけた。
そしてエアリア支部ヴァロア卿への伝達の為、書状をしたため始める。
書き終えると、総長から預かった印を押し、封をした。
「これを必ずヴァロア殿に届けてくれ。」
「はい。」
オーエンは頷くと、こう続けた。
「そして伝えよ。……諜報部隊副指令、イヴン・ブルクントを拘束せよと。」