外伝第1章 呪縛の継承者

“諜報部隊の一隊が壊滅した。”
バーグ達は、焦りを募らせながらフレイムへと急ぐ。
そこにはエアリア支部長、アンリ・ヴァロア総督が加わっていた。


第17話『真相』

フレイム王国 ハンター協会 ────

男は、受付の下へ歩いていった。
その衣服からは血が滴っていた。
明らかにほかの客と様子が違うその男に、周囲のハンター達の注目は嫌でも集まる。
男は驚く受付に、一枚の証明書を提示する。

「こ、これは……。」
「俺のハンターパスポートだ。諜報部隊長官、ユーグ・ヴァンダル総督。任務に関して重要な報告がある。……至急オーエン卿に取り次いでくれねぇか?」
「はっ……! ですが、ヴァンダル卿、お怪我の手当てを……。」
「急いでいるんだ! 時間がない! オーエン卿と総長に危険が及んでいるんだ!」

あまりに凄い剣幕だった為、受付は身をすくめてしまっていた。
しかしながら事態の緊急性に気がつくと、彼はすぐにヴァンダルを案内する。
ヴァンダルはパスポートを懐にしまうと、受付の案内で支部長執務室へと向かった。


エアリア王国 シドン領 国境検問 ────

バーグ達はそれから全速力でエアリア領を抜けて、シドン領最北部の国境へとたどり着いた。
予想に反して、これまで反体制派の襲撃は一度もなかった。

「いよいよ、フレイムとの国境まで来れたな……。」
「バーグ卿。気を許してはなりません。」

検問所を前にしてアポロンが一言警告を入れる。
そう、もうフレイムは目の前だ。
ブルクントの言葉が確かなのだとすれば……。

「本当に危ないのはここからだよ、バーグ君。」

バーグを含めるならば、ここにはハンター協会の総督が二人もいる。
そして供はアポロンのみ。
狙われやすい位置にいるのは確かだった。

「幸い、僕たちはハンターパスポートのおかげですぐに国境を通過できる。」
「急いで検問を抜けてフレイム支部へと向かいましょう。」

バーグの言葉に二人がうなずくと、皆それぞれ懐から一枚の証明書を取り出す。
ハンターパスポート。
アルフォンス・オーエン卿の活躍で調印に至ったヴェンツィア条約の調印式の日。
フレイムの軍人として王を護る立場にいたバーグにとっては、 このような形でこのパスポートを提示することになるとは思ってもいなかった。

「はい、ハンターパスポートですね。お勤めご苦労様です。」

一度提示するだけで、自由に出入国が許される。
このパスポートの力を今、バーグは改めて思い知った。
門を通り抜けて、故郷フレイムへと帰国する。
わずかな旅であったにも関わらず状況は旅立ち前と一変していた。

その時だった。

「貴様達、何者だ!」
「誰か、トラシズム将軍に伝令を!」

背後で誰かが叫んだ。
それがエアリアの国境警備兵である事はすぐにわかった。
アポロンも、検問を通り抜けた直後に起こった出来事に思わず驚きを隠せていない。
まだ門の向こう側……エアリア王国内にいるヴァロアが、剣を抜いた。

「そろそろ仕掛けてくると思ってたんだ。」
「アンリ・ヴァロア総督だな?」
「ああ。そうだ。僕に何か用かな……?」
「聞かずとも、わかっているだろう!」

バーグ達からは、ヴァロアと対峙している男の声しか聞こえなかった。
だが、それが反体制派の一味であることは疑いようがないと思っていた。
二人は急いで加勢しようと門を抜けようとする。
すると、ようやく視界に入ったヴァロアがこちらを振り返っていた。

「君達は急いでフレイム支部へ向かうんだ! ここは僕が食い止めよう。」
「で、ですが!」
「いいかい? 僕は君達を信用する事にした。だから君達も僕を信じてくれ! これから伝える事を信じて、とにかく走ってくれ……!」

……。


二人は、振り返らなかった。
ヴァロアの話はとても受け入れられる事ではなかった。
だが、事実かどうかはすぐにわかる。
フレイム支部へと向かえばいいのだ。
だから、二人は走った。

それを確認して、ヴァロアは再び男達に視線を戻した。

「……さて、待っていてくれてありがとう。」
「あの者達に真実を伝えてどうなるというのだ? ……所詮、無駄なことだ。」
「そうかな? 僕は、期待しているんだよ。彼らには。」

ヴァロアは、武器を持って近づいてくるエアリア兵に下がるように手で合図を出す。
いくらシドン領の兵士とはいえ、ハンター協会の諜報部隊を相手に無傷で済むとは思えない。
ならば、ヴァロアは自身で全てを片付けようと考えたのである。
男達はそれぞれ武器を構えた。

「なぜ、あの男にそこまで期待する?」
「なんでだろうね。僕も会ってみるまでは信用できるかどうか疑っていたんだけどさ。会ってみて、話してみて……わかったんだ。オーエン卿が何故彼に神剣を託したのかがね。」
「フン、しかし今更遅い。そして、貴様もここで終わりだ!」
「舐められたものだ。“協会の剣”と呼ばれるこの僕に、この程度の刺客しか差し向けないなんて。」

反体制派の刺客が一斉にヴァロアに殺到する。
瞬時に彼は右手の剣を一閃させた。

「……最強の剣技、【グランヴァニッシュ】。受けれるのはその人生で一度限りだ。」


フレイム王国 ハンター協会支部長執務室 ────

「ご苦労様でしたね、ヴァンダル卿。」
「ああ。それに関してはとにかく報告事項が多いんだが……。」

オーエンはイスに座って書類にサインしながら、ヴァンダルの方を見やった。
その体には無数に刻まれた傷があり、血が未だに滴っている。
今までオーエンは、ヴァンダルがここまで負傷している姿を見たことは無かった。
一体どんな戦いがあったというのか?
しかし、ともかく本人が触れない以上、彼は仕事の報告を受ける事を優先することにした。

「反体制派に貴方達が襲撃されたという報告は受けていました。まさか、今回の任務にも……いや、貴方のその姿を見ればわかります。」
「……アンタにはすまないが、支部設立は撤回になっちまった。国王との謁見中にイヴン・ブルクントを筆頭とする反体制派の襲撃を受けた。アイツらはサンドランド軍のアドルフ・ローランと四楓院夜一が逮捕して、今拘束中だ。」

黙って報告を聞いていたオーエンは、立ち上がって窓際へと歩いていく。
まるで予定された台本どおりに、役者が芝居を演じるように、自然な流れ。
彼は夕暮れを迎えるフレイム市街に視線を移しながら、言った。

「なんと、まさかブルクントが反体制派に……?」
「……それは間違いない。反体制派の司令の行方も、俺の部下が追っている。」

俺の部下が追っている。
オーエンはその言葉を聞き、眉を顰めた。
一瞬後には普段通りの表情に戻っていたため、ヴァンダルはそれに気がつかなかった。

「そうですか。……で、バーグ殿とアポロンは……?」
「ブルクントを尋問してる。後ほど、フレイムへと帰国するとは思うけどな。」
「腐巫女に、会いませんでしたか?」

今度は、ヴァンダルが眉を顰める。
何故そんな質問をするのか。
そう言いたげな顔だった。

「ああ、会ったぜ。エアリア王国でな。アンタに伝言を伝えたが……受け取らなかったか?」
「いえ、そうではありません。」

キッパリと、強い口調。
二人の間に沈黙が流れる。
オーエンは振り返って視線をヴァンダルに戻した。

「サンドランドからの帰途に、エアリアで貴方は腐巫女に会わなかったのですか?」
「……。」
「何故、黙っているのです。ヴァンダル卿。」
「……会ったぜ。腐巫女だけじゃない。ほかの部下達とも、だ。」

執務室に痛いほどの緊張感が生まれる。
オーエンも、ヴァンダルも表情は硬かった。

「彼女達は、“ある命令”を受けていました。」

オーエンがゆっくりと、だがしっかりとした声で話す。

「……おかしな話だな。何故長官である俺に報告されないんだ?」
「簡単なことです。諜報部隊の任務は、全て長官に報告される。それは部隊の指揮権が貴方にしかないから。……ですが、“例外”も存在します。」
「なるほどな。……全部、謎が解けたぜ。」

ヴァンダルが、右手を剣の柄にやる。
しかし、オーエンはそれにも動じずに続けた。

「貴方には内密に、部隊に命令を下したのは、“総長”アドレク・ロサンス。与えられたその作戦とは、“反体制派の司令の拘束”。総長様はヴァロア卿に臨時に彼女達の指揮権を与え、貴方を拘束するように動いていたはずです。」
「…………。」
「貴方の怪我は、諜報部隊の隊員達につけられたものではないのですか?」

空気が、変わった。
ヴァンダルは瞬時に剣を抜き、オーエンに斬りかかった。
だが、その刃は寸でのところで食い止められる。
終焉の神剣が、ヴァンダルの剣を押しとどめていた。

「……あいつら、いつの間にか強くなりやがって。」

ヴァンダルは、笑っていた。
今まさに命のやりとりをしている最中であるというのに。
それは、ヴァンダルのいつもの表情だった。

「私は、貴方のことをよく知っていたつもりです。今のように、部下達と共に笑っていた貴方を何度も見てきました。部下達と信頼関係の厚い、“総督”らしからぬ“総督”……。そう思っていました。……なのに、何故……?」
「俺を評価してくれるのはありがてぇよ。……だけど、深い意味はないさ。」

鈍い金属音が響き渡り、一度二人は距離をとる。

「ただ、俺は興味があったんだ。“頂点”で世界を見てみるってことに。」

ヴァンダルがオーエンの背後にあるドアに視線をやった。
そこは、ロサンスの部屋だった。
だが人のいる気配は彼には感じられなかった。

「教えてくれよ。アンタは知ってるんだろ? あの爺さんは今どこにいる?」
「総長は今ここにはおられません。……しかし、居場所を教えるつもりもありません。」
「そっか。……じゃあ仕方ねぇな。」

ヴァンダルは、剣を構えなおす。

「戦おうぜ、オーエン卿。反体制派の司令、ユーグ・ヴァンダルを捕まえたいんだろう?」