外伝第1章 呪縛の継承者

イヴン・ブルクント諜報部隊副司令と、彼に従っていた諜報部隊員全員がサンドランドで拘束された。
これはハンター協会にとっても大打撃となることは間違いない。
各国政府が信頼しきっているハンター協会の者が、 あろうことか国王のいる謁見の間を襲撃したのだから。
しかし、この事件は協会の信頼の失墜だけにとどまらない。

第15話『“計画”』


事態は最悪のシナリオを迎えていた。
反体制派の襲撃で、サンドランドの政治有力者や軍関係者の多くが負傷した。
協会の誘致にもともと否定的だった者達が多いのだ。
例えローランや夜一の発言権が強くても、最早覆されるのは時間の問題だろう。
アポロンは何とか現状を打開しようと必死にサンドランド側に会見の申し入れをしていた。
しかし、現実はバーグの予想以上に厳しいものだった。

「謁見拒否、ですか……?」
「そうだ。国王陛下は、協会の者達との謁見は拒否すると仰っている。 ……残念だが、このような事件があっては支部設立許可を撤回せざるを得ない、とな。」
「そ、そんな!」

ローランは玉座の間の前に仁王立ちするようにして、国王の意向を伝えた。
クレモニア三世が出した回答は、“謁見拒否”。
今後について話し合おうと考えていたバーグ達協会側とは、完全に意見が異なっていた。
サンドランド支部設立は、事実上白紙撤回となる。
バーグ達が言葉を失っている一方で、側に控えていた夜一がローランにしがみついた。

「じゃが、大将! それでは民達の生活はどうなるのです!?」
「……ならば、お前はあのような者達の襲撃で民達が危険に晒される事はないと言うのか?」
「そ、それは……。」

夜一はそれ以上言葉を返す事はできなかった。
“民のため”に。
そう思ってこれまで協会誘致に賛成してきた夜一だが、 今回のような事件が、次は民達に起こっても何ら不思議はない……となると、決意は揺らぐ。
夜一が黙り込んだのを見て、ローランは振り返り、玉座の間の扉を開く。
そして、バーグ達に背を向けながら言った。

「ハンター協会、バーグ総督。今回の一件は協会側に後日正式に抗議させていただく。 ……あの主犯格の男はそちらに引き渡す故、好きになさると良い。 ともかく一刻も早くこの国から出て行かれよ。」
「ローラン将軍!」

バーグが必死に将軍の背に呼びかける。
しかし、彼は応えてはくれなかった。
扉が閉まる音が、廊下に空しく響き渡る。
しばらく扉を見つめた後、ヴァンダル卿が重い口を開いた。

「……こりゃ、ヤバイ事になってきたってわけか。 俺はとにかく一旦フレイムに戻ってオーエン卿と総長に報告してくることにする。」

それもそうだ。
この状況をひとまず早急にロサンスやオーエンに伝えなければならない。
そして、指示を仰ぐ。
それが自分達にできる最善の行動なのだ。
そう思うと、バーグはヴァンダル卿に対して頷いた。

「お願いします、ヴァンダル卿。」
「ああ。心配すんな、っつーのは無理な話だが、あんまり気を落としすぎるな。それと、俺がいない間に……。」

ヴァンダルは少しそこで一呼吸置いた。

「あの馬鹿のこと、頼む。」


サンドランド王国 ヴァルダナ王宮 地下牢 ────

ヴァンダルが報告の為にフレイムに戻った後、 バーグはアポロンと共に王宮の地下にある牢獄を訪れていた。
反体制派のリーダーにして、主犯イヴン・ブルクントに話を聞く為だ。
身柄の引渡しは、協会本部からの指示待ちだが、尋問はバーグの権限で可能なのだ。
バーグにはただ、知りたい事があった。
それは、“何故反体制派を結成したのか?”。
“襲撃の理由は何か?”。
そこを明らかにしたかったのである。
暗い地下牢にいれられても、その男の目は以前と変わらずしっかりしていた。

「やあ。来るとは思ってたよぉ。バーグ卿。」
「イヴン・ブルクント。諜報部隊副司令ですね。」
「隣のアポロンがよく知ってるんじゃないのぉ?」

完全に拘束され、もう逃亡の手段はないというのに、ブルクントはそんなことは一切気にしていなかった。
これから重い刑罰を受ける事になる男は、うろたえず、何事も無かったかのようだ。

「聞きたい事があります。何故、謁見の間を襲撃したのです?」
「…………。」
「ブルクント! 答えろ!」

黙り込むブルクントに堪えかねて、アポロンが怒鳴った。
しかし、バーグはそれを宥めて言う。

「答えては、もらえませんか?」
「……いいよぉ、別に。僕はもうゲームオーバーだからねぇ。」

ブルクントがくすくすと笑う。
それはまるで、全てが上手くいったことをほくそ笑んでいるようにも見えた。

「反体制派はねぇ、ある“計画”を成功させる為に生まれたんだ。」
「“計画”?」
「そう。…………“協会乗っ取り計画”、だよぉ。」
「な、なんですって?!」

アポロンが驚愕のあまり、言葉を失っているのも無理はない。
ハンター協会乗っ取り計画。
それが反体制派結成と、暗躍の理由だった。


「実力がありながら、総長の地位に上り詰める事ができない。そう、アドレク・ロサンスがいる限りはねぇ。でも、ご存知の通り彼は不老の身。ならば彼を総長の座から引き摺り下ろす方法は一つしかないよねぇ。」
「それが、“乗っ取り計画”……というわけですか。」
「その通りさぁ。同じように協会の体制に不満を持っていた同胞を誘って、反体制派は結成された。でも、総長本人はかつて勇将とまで謳われた軍人だからねぇ。いくら年齢を重ねても一筋縄じゃいかないっていうのはわかっていたんだよぉ。それに、総長の側には常にオーエン卿がいる。だから僕達は慎重に事を進めていたんだぁ。」

アルフォンス・オーエン卿は、終焉の神剣の継承者だ。
今はバーグがその正式な後継者だが、彼の持つあの神剣の力は強大だという。
反体制派もそれを恐れてすぐに反旗を翻す事はできなかった。

「だからねぇ、僕達は作戦を変える事にしたんだぁ。」
「総長だけでなく、オーエン卿もターゲットにした?」
「ううん、彼だけじゃないよぉ。たとえ彼を倒す事ができても、すぐ別の総督が総長を護る。だから“全ての総督”を標的にしたんだぁ。」
「なるほど……それでエアリアのヴァロア卿も、ヴァンダル卿も、数回襲撃を受けたと。これで全て納得がいきました。」

反体制派は、アドレク・ロサンスを亡き者にし、総長の座を奪って乗っ取りを計画した。
そして総長を護る総督達を全員ターゲットとし、彼らの暗殺を企てたのだ。
ブルクントがニヤリと嫌な笑みを浮かべながらバーグに言った。

「さて、バーグ卿。君が狙われたわけもわかったよねぇ?」
「私は、この任務を終えれば“総督”になるはずでした。」
「そうさ。君のように手強い人間が増えられると困るんだよねぇ。それに君はオーエン卿からあの“終焉の神剣”を継承した。それも大きい原因だけどねぇ。」
「なるほど、お前達にとってみれば“終焉の神剣”は厄介な存在でしょう。」

納得しているアポロンとは対照的に、バーグはどこか腑に落ちない部分があった。
しかし、それが何なのかハッキリ気づくことはできなかった。

「でも、お前達の作戦は見事に失敗です。残念ながら、反体制派はゲームオーバーですよ。」

アポロンの一言に、ブルクントはしばらくきょとんとした後、大声をあげて笑い出した。

「何を言ってるの? まだ、終わっちゃいないよぉ。これからじゃない、“乗っ取り計画”は。……そうさ、これからが計画の本番なんだからね。」
「ど、どういうことなんだ?」
「言ったでしょ? 僕はもうゲームオーバー。舞台から消えなくてはいけないんだよぉ。だって……僕の役目はもう果たしたからねぇ。」

まさか。
バーグは必死で頭の中の嫌な想像を消し去ろうとしていた。
そんなはずはないと思いたかった。
だが、ブルクントは容赦なく続ける。

「僕は諜報部隊の“副司令”。反体制派でも“副司令”。リーダーと同胞達が今頃、警戒を解いたターゲットを暗殺している頃じゃないのぉ?」
「一体誰なのです! その、リーダーとは!」

詰め寄るアポロンに、ブルクントは首を横に振った。
言うつもりはない、と。
そして。

「僕は、ゲームオーバーなんだ。舞台から、消えないといけないんだよぉ。」

嫌な音がした。
牢獄の中で、男は血を流しながら倒れる。
慌ててアポロンが倒れるブルクントの体を確認する。

「……ダメです、バーグ卿。」

その言葉の中からは、アポロンの色んな感情が伝わってきた。
悔しさ。後悔。怒り。戸惑い。不安。
バーグは、ブルクントの最後の言葉を思い出す。

リーダーと同胞達が今頃、警戒を解いたターゲットを暗殺している頃じゃないのぉ?

つまり、ブルクントは反体制派のリーダーではなかった。
本当の黒幕は、今も総長……もしくは自分以外の総督の誰かを狙っている。
一番、暗殺しやすい総督を。
オーエンやヴァロアといった支部長クラスの人間ではない。
彼らはハンター協会の中にいる。これ以上の警備はない。
最も危険な状況にある総督。それは……。

「ヴァンダル卿が危ない!」
「そ、そうですね! とにかくヴァンダル卿の後を追いましょう!」


エアリア王国 ニネヴェ領郊外 ────

男は、囲まれていた。
包囲している者達のうち、指揮官らしき人物が口を開いた。

「覚悟してください、長官。」

ヴァンダル卿が手を腰の剣にやる。
すると包囲している部隊に緊張が走った。

「……まさか、お前達だったとはな。」
「おや、お気づきではありませんでしたか。」

指揮官も武器を構えて、続ける。

「ですが諜報部隊の任務は、極秘でなければなりませんので。」
「よく言うぜ。部隊の任務は長官たる俺に報告されるものだぜ?」
「そうでしたね。」

ヴァンダルが、鞘から剣を抜いた。

「ですが、これは例外です。」
「……通してもらうぜ。俺はフレイムにいかねぇと。」

指揮官が右手を挙げる。
包囲していた兵士達は一斉に武器をヴァンダルに向けた。

「そうはいきません、長官。」

ヴァンダルが包囲網をよく観察する。
数は二十人程度だ。
しかし、その包囲に隙はない。
力づくでの突破を除いて彼に活路はない。

「……なら、悪いが無理やりでも通してもらうぜ? 腐巫女。」
「望むところです。……ここで貴方もおしまいです。」

腐巫女の指示で、兵士達が一斉に攻撃を開始する。
ヴァンダルも一気に走り出した。

“乱”は始まった。