一瞬、光は仮面の男の攻撃かとバーグは思った。
だがしかし、それが間違いであるという事にすぐに気がついた。
「そこまでだ!」
大きな声が、真夜中の大通りに響いた。
バーグはその声に聞き覚えがあった。
気がつけば次々と武装した人間が仮面の男達をさらに包囲しようとしている。
あれはエアリア王国の正規兵だ。
「どうやら、ギリギリのところで助かったみたいですね。」
「ああ、そのようだ。」
先ほどのまぶしい光の正体はすぐにわかった。
エアリア兵を率いる指揮官らしい人物が、それを放っていた。
その光のせいで仮面の男は標的を狙うことが出来ず、攻撃を中断している。
「俺はシドン軍のドラコン・トラシズム。何者かはわからぬが、シドンの治安を乱すものはこの俺が許さぬ。
今すぐに投降せよ! さすれば、寛大な大公閣下のことだ。少しは罪を軽くして下さるだろう。」
「あのトラシズム将軍が既に帰国していたとは、これは少し予想外だったねぇ。フレイムで瀕死の重傷を負ったと聞いていたからさぁ。」
「残念ながら、回復のエキスパートのおかげで命拾いしたのだよ。」
「なるほど……。腐巫女だねぇ。」
仮面の男はトラシズムと会話しながらも、常に隙を伺っている。
その部下達は未だにあの、「武器を捨てよ!」を唱え続けてバーグ達の武装を許さなかった。
エアリア兵は各自武器を襲撃犯達に向け、逃亡の隙は見当たらない。
「あのエンチャント、エアリア兵には通用しないんでしょうか?」
「ああ。あれは、言葉を面と向かって聞いている奴だけにしか効果がない。
俺達は奴らの真正面で言葉を受けちまっているが、エアリア兵はその背後だ。」
「なるほど。」
トラシズムは鎮守人の能力で、光を発したまま部下に合図を送る。
兵士達はじりじりと襲撃犯との距離を縮めていく。
リーダ格の男は、ニヤリと嫌な笑みを浮かべた。
「さーて、今回は失敗だ! 運がよかったねぇ? 是非ともまたお会いしようねぇ、バーグ殿。エアリア軍の皆さん、お勤めご苦労様。
僕達はこの辺で御暇するから。」
「何を言っている? この状況から逃げられると思っているのか?」
「さあ、皆帰るよ!」
男がそう叫ぶやいなや、ならず者達はくるりと正反対を向いた。
そして。
「武器を捨てよ! 我らに自由を!」
事はあっという間だった。
エンチャントの力でエアリア兵が全員武装を解除した隙に襲撃犯は逃亡を謀った。
呪縛から逃れたバーグ達が急いでそれを追ったが、間に合わなかった。
「……逃げられましたね。」
「ああ、やられた。」
「すぐにオーエン卿に連絡の手配を?」
「あー、いや。腐巫女がダマスクスにいるはずだ。明朝接触すればいい。」
「了解しました。」
トラシズムは追撃班を編成して襲撃犯を追う様に指示をだした。
そして、バーグ達の方へと駆け寄ってきた。
「大丈夫か?」
「ありがとうございます、トラシズム殿。エアリア軍のおかげで助かりました。」
「よもや、こんなに早く……しかもこんな形でバーグ殿と再会するとは思いもしませんでした。
犯人に何か心当たりはございませんか?」
「いえ、私には……。」
そうですか、とトラシズムが表情を曇らせる。
敵は相当戦闘に慣れた集団だ。
それも、かなり訓練を積んでいる上にしっかり統率が取れている。
「奴らは恐らく、ハンター協会内部の者だろうな。」
そう言ったのはヴァンダル卿だった。
そういえば、廊下でリーダーの男が逃げた時もそう言っていた事をバーグは思い出していた。
「何故、そう断言できるのです?」
「あいつは腐巫女の名を口にしていた。回復の専門家というだけで、アイツだとわかるのは間違いなく内部の者だ。
協会内部にはな、現体制に不満を持つ者もいる。そういった反体制派にとってみれば、バーグ君はまさしく邪魔な存在だからな。」
「私が、ですか。」
バーグはハンター協会の内部が一枚岩ではない事に驚愕していた。
さらに自分が反体制派の狙いになっている事にも。
しかし、バーグの中には何か腑に落ちない部分があった。
何だろう。
自分が狙われているからだろうか?
この不自然の正体に彼が気づくにはまだ早かった。
「いきなり外部から引き抜かれてきた者が、協会組織でNo.2とも言える役職に就こうとしているんだ。
連中にとってみれば、面白くないだろうさ。」
「私も同僚から、反体制派なら噂には聞いたことがあります。
ですが……本物を見るのは初めてでしたがね。噂ではかなりの大物が彼らをまとめているとか。」
フレイム支部の受付業務を全て取り仕切るアポロンの元には、
ハンターだけでなく同僚からも多くの情報がもたらされる。
しかし、その彼すらも詳しい情報を知らないとなれば、
相手は情報が漏れないようにかなり気を使っているということだろう。
「諜報部隊にも探らせているんだが……現在のところ収穫はゼロ、だな。」
「ハンター協会にもそのような内部抗争があったとは、知らなかったな。
ともかく、今後も気をつけたほうが良い。狙いはバーグ殿なようですしね。」
「……わかりました。」
トラシズムは頷くと、振り返って再び兵士達に指示を出す。
数部隊を残してここから撤兵するようだ。
「それでは、俺はこれで。道中お気をつけて。
……あぁ、あの回復の専門家の方にお会いしたらお礼を伝えてくださるかな?」
「わかりました。必ず伝えます。」
「ありがとう。それでは。」
エアリア軍の撤退と共に、バーグ達も再び宿へと戻る。
あの男と戦った廊下は今も矢が突き刺さったままだった。
すぐに残ったエアリア兵が調べに来ることだろう。
三人は無言で別れ、それぞれの部屋で眠りにつくことにした。
翌朝、三人は宿の入り口に集まっていた。
起こしてくれと頼んでいたヴァンダル卿も自分で起き出して来ていた。
「さすがに、あんな事があった後じゃあ俺でも熟睡はできん。」
と、自慢げに語っていたが、それは自慢することではない。
三人は予定よりも早く出発し、腐巫女の滞在している王領ダマスクスを目指した。
エアリア王国 王領ダマスクス ────
エアリア王国は五つの領からなる。
そのうち、王都にあたるのがこのダマスクスだ。
ダマスクス宮殿には、エアリア国王がいる。
実質的にこの王領こそがエアリアの中心地である。
「これは皆様、おそろいのようね。」
諜報部隊員にはとても見えない怪しげな服装。
彼女こそがバーグとトラシズムを救った腐巫女に間違いなかった。
「おや、死にかけだったお兄さんもいるじゃない。」
「腐巫女、口を慎め。遊びに来たわけじゃないんだぜ?」
「はいはい。長官。何でしょうか?」
腐巫女たち、諜報部隊隊員には階位は存在しない。
諜報部隊は特殊な命令系統の上に成り立っているのだ。
階位が高い者は他の組織にもある程度影響力を持つが、諜報部隊に命令を下すことはできない。
諜報部隊を動かすことが出来るのは、長官であるユーグ・ヴァンダル卿ただ一人。
長官には“総督”の階位が与えられる為、他の人物から命令を受けることはない。
彼女が二人を救護したのも、オーエン卿からの要請を受けたヴァンダル卿からの命令である。
もし、ヴァンダル卿が要請を拒否すれば諜報部隊は動くことはない。
この長官に唯一命令が下せるのは、“総督”を越える階位を持つ人物。
アドレク・ロサンス“総長”その人だけだ。
「昨夜、俺達は何者かに襲撃を受けた。恐らくは例の反体制派の一味だろう。
この事をよく調査してくれ。それと、フレイムに戻って総長とオーエン卿にも連絡を。」
「反体制派ですか。私も色々とは調べていますけどね。
嘘か本当かわからないような噂ばかりですわ。……全く、何が真実やら……。」
妙な沈黙を保った後、腐巫女はやれやれとため息をついた。
「命令内容を確認。1、襲撃犯の調査。2、総長とオーエン卿への非常連絡。以上で?」
「結構。頼んだぞ。」
「了解。」
そう言うと腐巫女は言霊を唱えて、不思議なウサギを呼び出した。
ウサギに乗っていくらしい。
それを見てバーグは待ったをかけた。
「何よ?」
「あ、あの……先日は助けていただきありがとうございました。トラシズム殿からもお礼をと。」
「……私は、命令に従っただけよ。」
そう言うと、腐巫女はさっさとウサギに乗って消えていった。
ああ、きっと照れくさかったんじゃないですか?
バーグの脳裏に、オーエン卿のあの言葉が蘇った。
「さて、これでいいだろう。」
「そうですね。それでは、ここからニネヴェ領を抜けてサンドランドへ向かいましょう。
……バーグ卿? どうされました?」
「……あ、いや、別に。不思議な人だな、と思っただけだ。」
「まあ、あの人はいつもよくわかりませんが。」
そういう人らしい。
だが、彼女の回復の腕は確かなようだ。
命を落としかけたバーグが、こうして元気でいるのだから。
一行がこの事件が大きな事件の序の口だった事に気づくのは、また後の話だ。