外伝第1章 呪縛の継承者

オーエン卿が死んだ。
その事実を受け止められないまま、バーグはアポロンに連れられて走っていた。
アドレク・ロサンス。
彼に、会うために。


第20話『心』

フレイム王国 王都ラデルフィア市街 ────

「ロサンス将軍は、どちらに……?」
「おそらくはラデルフィア城にいらっしゃるのではないかと。」
「フレイム王城?」

前を行くアポロンは、バーグの問いかけにうなずいた。

「フレイム王家の王族は、皆総長様の正体を知っておられます。その上で、総長様を代々客人として王城に一室を用意しているのですよ。現国王のカナン陛下からも厚い信頼を寄せられています。」
「なるほど。……生きる伝説、ですからね。」

アドレク・ロサンスは二百年前に、エアリアとの戦争を勝利に導いた勇将。
やはり国にとって大きな功績を残した人物に違いない。
そうなれば現国王が“生きる伝説”と連絡を秘密裏にとっていてもおかしくはないだろう。

「……アポロン。」
「何でしょう?」

バーグはそれから少し口ごもった。
この言葉は、出さないほうがいい気がする。
言ってしまえば認めてしまうことに……。
心の中でそう迷いながら、しばらく無言でアポロンの後を追う。

「……オーエン卿のことですか?」

驚きのあまり、バーグは一瞬思考が止まった。
アポロンはやはり自分の心の乱れを見抜いていた。

「ああ。そうだ。」
「……。」

ヴァンダルは、終焉の神剣を奪った。
そして間違いなく部屋を出る瞬間に【滅亡の時】は発動した。
あの不気味なほど紅い光。
認めたくはないが、バーグは【滅亡の時】が発動したのは確信していた。

「オーエン卿は最期まで立派な方でした。ヴァンダル卿に追い詰められても、冷静に最善の策を実行した。」
「だが、私がいなければオーエン卿は死ななかった!」
「……。」

バーグの心には、後悔の念が渦巻いていた。
何故、自分は支部長室へ行ってしまったのだろう。
自分が行かなければオーエン卿が殺されることもなかったのに、と。

「仰るとおりです、バーグ卿。我々がいなければ、ヴァンダル卿が消滅していたでしょう。」
「!」

彼の言うとおりだった。
もし、あの時支部長室へ行かなかったとすれば、 オーエン卿でなくヴァンダル卿が死んでいただろう。

「貴方は優しすぎるんですよ、バーグ卿。」

アポロンは歩みを止め、バーグを振り返った。

「部屋に突入した時、我々はヴァンダル卿に武装を解除されました。しかし、貴方程の方が敵を目の前にして一瞬たりとも隙を見せるはずがありません。」
「……何が言いたいんだ?」
「確かにヴァンダル卿は相当の使い手です。ですがそれ以上に……。」

それ以上に。
その後の言葉は聞かなくてもわかっていた。

「貴方が、彼を敵だと思い切れなかったことに原因があります。」
「……。」

アポロンの言葉は当たっていた。
国境でヴァロア卿から真実を伝えられた時、バーグはそれを信じることができなかった。
フレイム支部へと向かう道中、彼が黒幕であることは確信した。
しかし、それでもヴァンダルなら話せばわかってもらえるかもしれない。
そんな希望を、心のどこかで抱いていた。

「貴方はきっと、あのままヴァンダル卿が死んでいても同じように嘆いていたでしょう。“何故止められなかったのか”と、ご自分を呪っていた。違いますか?」
「……。」
「“終焉の神剣の継承者”。“サンドランドの支部長”……。貴方は多くのものを一度に背負いすぎた。きっと、辛いでしょう。……ですが、貴方にはまだやってもらわねばならない事がある。」

終焉の神剣の継承者。
だからこそ、やらねばならないことがある。

「ああ、そうだな。今度こそ私は迷わない。」

ヴァンダル卿を止める。
それができるのは継承者であるバーグだけだ。

「もちろん私もお手伝いしますよ、バーグ卿。オーエン卿からの最後の命令ですからね。」

にこりと笑いかける。
迷いを振り切り、二人は再びフレイム王の住まう城・ラデルフィア城へと急ぐ。


フレイム王国 ハンター協会 ────

「あ、ヴァンダル卿! オーエン卿や総長様は大丈夫なのですか!? 先ほどバーグ卿とアポロン殿が急いでどこかへ向かわれましたが。」

受付の男は心配そうに詰め寄る。
それに対してヴァンダルは笑みを見せて、こう言った。

「ああ。問題ない。二人は特命を受けて任務に向かったよ。」
「そうでしたか! それはよかった。……では、私は業務に戻ります。」
「ご苦労さん。」

男はヴァンダルに一礼すると、受付カウンターに戻っていった。
その様子をしばらく見て、ヴァンダルは出口へと向かう。
フレイム市街は、先ほどと何ら変わりない様子。
この中へと消えていった二人を探すように、ヴァンダルはあたりを見回した。

「やあ、ヴァンダル卿。」

爽やかな声。
もちろんヴァンダルには聞き覚えがあった。

「よう、ヴァロア卿。久しぶりだな。」
「そうだね。」

ヴァロアはいつもと同じように、微笑みを浮かべていた。

「色々と聞きたいことがあるんだよね。」

一歩、歩み寄る。
そして打って変わった低い声で告げた。

「その、剣の事とかね。」

ヴァロアは変わらず人のよさそうな微笑みを浮かべている。
ヴァンダルはそれに少しうなずいた。

「良かった。じゃあ、場所を変えようか?」

二人はハンター協会を離れて、肩を並べて歩いていく。
お互いの心の中を探り合うように、微妙な距離を保ったまま。