外伝第1章 呪縛の継承者

フレイム王国の名将、アドレク・ロサンス将軍。
彼は西方遠征においてエアリア王国、シドン領を制圧するなど数々の武勲を挙げた。
遠征が終わると将軍の座から退いてハンター協会を設立。
協会を世界屈指の巨大組織に育て上げた。
その長き歳月の中で彼は何を思い、何を望んでいるのだろうか。

第03話『雨の前兆』

「ば、馬鹿な……本当にロサンス将軍なのですか?」
「我輩はもう将軍ではない。将軍だったのは、もう二百年ほど前の話だ。」

バーグには到底目の前にある事実を信じる事ができそうになかった。
普通の人間が、二百年もの年月を生き延びれるはずがない。
それにロサンスは、将軍を退いた時点で既に齢60を越えていた。
だとすれば、一体彼は今何歳になるのだろうか。

「バーグ殿。総長様は……不老、なのですよ。」
「不老ですって?」
「そうだ。我輩は“時の調停者”との契約で不老の身となった。将軍を退いた、その歳から不老なのだ。……もう少し若ければ、もっと有難味もあったのだがな。」

ロサンスが冗談交じりにそう言って苦笑する。
“時の調停者”。
バーグはその存在の名を聞いたことがなかった。
それに、契約とは?
眼前の歴史上の人物にはあまりに謎が多すぎる。

「追々分かる事もあるだろう。我輩の事など、今はどうでもよい。さて……手紙は読んでくれたね?」
「はい。拝見させていただきました。」
「ハンター協会は、ようやくサンドランド王国との交渉に成功し支部を置く事となった。その支部長に君を推薦したいと我輩は思っておるのだ。」
「それはありがたいお話ですが……何故、私なのですか? 協会内部にも有力な候補はいるのでは?」

バーグの疑問も当然だった。
ハンター協会の支部長といえば、各国の政府にも発言力を持つような地位だ。
内部の実力者を選ばず、外部から彼を招きいれようとする総長の考えは不自然と言える。

「君は、我輩の事を知っておったようだな。」
「もちろん存じておりました。ロサンス将軍は、私にとっての憧れでした。軍に入ったのも、闘技場に挑んだのも貴方の辿った道を歩むためでしたから。」
「そうか。それは嬉しい事じゃな。我輩が、あの闘技場の記録を打ち立てた年齢を知っておるかな?」
「い、いえ。そこまでは……。」

アドレク・ロサンスはフレイム王国軍に入る前にあの記録を打ち立てたとされている。
となれば、若い頃という事になるが。

「今の君と、同い年の時じゃ。」
「な、何ですって?」
「偶然にしては面白かったのでな。興味が沸いて君の試合を見に行った。そして、君のその剣の素質に出会ったのじゃ。」

501試合目の試合。
バーグは試合が始まっても動こうとはしなかった。
“流れを見極めるために”。
襲い掛かってきた挑戦者の武器を匠な剣技で切り落とし、戦闘不能にしたその才能。
総長はそこにバーグの素質を見出したのだ。

「どうか、協会の力となって欲しい。我輩と共に、新たな時代を切り開いていかないかね?」

彼はロサンスの口からそんな言葉を聞くことになるとは思っていなかった。
だが奇跡は起こった。
“時の調停者”との契約によって、不老となったことでロサンスとバーグは出会うことができた。
そして憧れの人から「力になってほしい」と声をかけられたのだ。

バーグが断る理由など、どこにもなかった。

「私でよければ、喜んで力になりましょう。」
「本当かね?」
「はい。……ただ、もう一日だけ時間をくださいませんか?」
「ああ、それはもちろん構わないが……?」

そう。バーグにはどうしてもやらなければならない事があった。
協会に所属する前に、終わらせなければいけない。
今の彼には「剣を降ろす理由」ができたのだから。


フレイム王国 大闘技場 ────

その日も国立闘技場は大賑わいを見せていた。
彼ら観客の目的はたった一試合。
現在のチャンプ、ライス・バーグの502回目の試合だ。
新たに記録が塗り替えられる瞬間をその目に焼き付けようと、観客はじっと戦場を見つめている。

「本日も記録を更新を狙う、チャンプ、ライス・バーグ! しかし、今回のチャレンジャーは強敵です!」

実況のアナウンスが闘技場に響き渡る。
今回の相手は、一筋縄でいく相手ではない。
バーグも朝の時点で挑戦者の素性は聞いていた。

「挑戦者の名は、ドラコン・トラシズム! エアリア王国軍所属の軍人です!」

彼の502試合目の相手は、実況の説明の通りれっきとした軍人だった。
フレイムとの国境にもなっているエアリア王国シドン領。
シドン領の軍将の一人トラシズムは、修行の為に闘技場に挑戦しにきたのだという。
今までの相手とは格が違うのは確かだ。
しかし、バーグは内心喜んでいた。
彼の最後の戦いの相手が強者であったことに。

「トラシズム殿。……お手合わせ、願います。」
「こちらこそよろしく頼む。貴殿は大層強いと聞いているので楽しみにしていたのだ。」
「噂通りだとよいのですがね。」

二人は少し会話を交わした後、試合開始のゴングを聞いて試合に入った。
剣を抜いたバーグに対して、トラシズムは武器を出さない。

「これでは、まるで昨日のバーグ殿と同じですね。」

客席で試合を観戦していたロサンスとアポロンは、何もしようとしないドラコンの様子を見ていた。

「いや、違う。昨日のバーグ君とは決定的な違いがある。」
「と、言いますと?」
「あのトラシズムという男は武器を携帯していない。」
「……え?」

あわててアポロンが視線を戦場に戻した。
よく見るとロサンスの言うとおり、トラシズムは武器を持っていなかった。
昨日のバーグとは決定的に違う。
まさしくそういう事だ。

「どうするつもりなんでしょう。」
「無論、武器がないのであれば別の方法で攻撃してくるつもりなのだろう。」

“別の方法”。
武器を除いて、相手を攻撃する方法などあるだろうか?
もちろんトラシズムが格闘家であるというのなら話は別だ。
しかし彼はエアリア王国シドン領の軍将。
まさか素手で戦うことはないだろう。
そこまで考えて、アポロンに一つの考えが浮かんだ。

「ま、まさか!」
「恐らくお前の考えている通りだ。元はと言えば我らの所持するものもエアリアから流れてきたもの。シドン領軍の将ともあろう男が持っていないわけはあるまい。」
「ですが、“エンチャント”を使われればバーグ殿とて……!」

バーグはエンチャントメントの施された武具を持っていない。
つまり、彼は剣術でしかトラシズムを追い詰める術はない。
一方でトラシズムは何らかのエンチャントを使ってくるだろう。
遠距離攻撃ができる物であるならば、尚更バーグにとっては不利だ。

「さて、時間も勿体無い。……そろそろ行きますね。」
「ご自由に。俺はまだ動くつもりはない。」

返答に苦笑いすると、彼は剣を鞘から抜き疾風のごとくトラシズムに迫る。
そこでようやく挑戦者は動き始めた。
バーグの剣を華麗に回避する。
トラシズムの纏う衣がふわりと舞った。

「さすがはエアリアの軍人ですね。簡単に避けてしまいましたか。」
「この程度では俺は斬れんぞ? ……とはいえ、貴殿の力もこの程度ではなかろうがな。」
「買い被りではないですか?」

そう言いながら、バーグは一瞬の内に大きく跳躍した。
空から大地へとかかる重力も相まって強力な一撃がトラシズムに迫る。
だが、それにも素早く反応して一撃をかわす。
バーグの剣が戦場に風穴を空けた。

「お見事です。」
「遅いぞ。これでは俺には当たらない。……昨日の試合のような速さで斬りかかって来ればどうだ?」
「おや、昨日のをごらんになっていたのですか?」
「ああ。相手を研究しておこうと思ってな。」

確かに、昨日の試合の一瞬で鉄球を切り崩した技は誰が見ても見事なものだった。
かのアドレク・ロサンスにすら感嘆させるほどなのだから。
それに比べれば今のバーグの剣術は、重さはあるものの機敏さに欠けていた。

「はやく本気を出してくれないか。俺も戦う甲斐がない。」
「ふふ、さすがですね。……しかし、それはできない。」
「何故だ?」

観客は試合をそっちのけで会話を交わす二人に野次を飛ばしていた。
満員の闘技場の野次など気にせず、バーグは続ける。

「貴方は武器すら出していない。本気でない相手に本気を出す必要がどこにありますか?」
「……クク、これは最もな事だ。俺としたことが、失礼なことをしてしまいましたな。」

トラシズムがニヤリと嫌味な笑みを浮かべる。
彼は自身が纏っている衣を示した。

「実は俺の武器は既にここにある。」
「“衣”ですか。」
「ああ。これにはあるエンチャントが施されている。……俺も、攻撃させてもらおう。」
「エンチャント……!」

大気中のマナが、トラシズムの意思に従って衣に宿っていく。
エンチャントを発動させる気だ。

「貴殿が本当の強者だとわかった。ここまで俺を楽しませてくれるとは……!! 俺も本気で行かせてもらおう。バーグ殿。 全身全霊を籠めて……一対一の戦いを共に楽しもうではないか!」

強力な力がトラシズムの体から溢れる。
法衣に大量のマナが蓄積され、後は解放の言霊を待つ状態だ。

「総長様。エンチャントが発動します! あの、衣が魔道具だったのか!」
「うむ。そういえば、あれには見覚えがあるな。確かあの法衣の名は“空神の聖衣”。」

エアリア王国に伝わる多くのものの中でも優れたの力を持つエンチャント。
その一つが、トラシズムの“空神の聖衣”には施されている。

「参る!……魔力解放、【メテオ・シャワー】!」