外伝第1章 呪縛の継承者

ラデルフィア城。
この軍事大国・フレイムの王が住まう城は、古の時代から存在する数少ない建造物である。
サンドランドの王宮のように美しい、とは言えないかも知れないが、 その荘厳さが踏み入る者に長い歴史を感じさせる。
王座に座るのは、絶対権力を握って国の舵取りを行うフレイム王カナン一世である。

第21話『迸る紅光』

フレイム王国 ラデルフィア城 謁見の間 ────

「……そうか、それは残念だったな。まあ、お前が生きている間にサンドランド王は崩御するのは間違いない。その後にまた交渉してみればいいさ。」
「陛下、いくら何でもそれは失言じゃよ。」

そう言われると、王は大声で笑った。
先代の国王が流行り病で突然崩御し、年若くして即位したカナン一世は、昔から様々なことに興味を示していた。
時には供も連れずに、偽名でハンター協会に登録し、クエストを達成したというようなこともあったという。

また、外交にも積極的な一面を見せている。
ハンターパスポートに対して先代王や他国が難色を示していた為に、ヴェンツィア条約発効の目途がなかなか立っていなかった。
しかし、カナン王は即位した直後に最初に調印に名乗りを上げた。
その後オーエン卿の努力もあって、他の国もフレイムを追う形での調印となったのである。

無茶な事をする時もあるが、国の事は誰よりも一番に想っているため、臣下からの信頼も厚い。

「そうだな、少し言い過ぎたか。」

苦笑いしてそう言うカナンを見て、ロサンスはついつい微笑んだ。
カナン一世のことは、幼少期からずっと見守ってきた。
いや、もちろん他のフレイム王家の者も皆そうだ。
客人としてずっと城に住んでいるロサンスは、これまで多くの国王達を時には助言をしながら見守ってきた。
たくさんの者がロサンスの前で成長し、立派な国王となって、そして最後には死んでいった。

多くの出会いを経験している分だけ、彼は多くの別れを経験しているのである。

目の前の王も、いつか自分の前から消えていくのだろう。

そんな事をロサンスが考えていると、あわただしく伝令の兵士が謁見の間へと入ってきた。

「ロサンス様! ハンター協会の方が、貴方様にお会いしたいと!」
「そうか。すぐに会おう。」

伝令が一礼して下がると、ロサンスが立ち上がる。
カナン王はそれを残念そうに見た。

「何だ、もう行くのか。もう少しお前の話が聞きたかったぞ。」
「用事が終わったらすぐにまた戻りましょう。ですが、もう我輩の昔話は全て語ってしまいましたが……?」

カナンは首を横に振る。

「お前の昔話は何度聞いても楽しいものばかりだ。また、我が先祖とお前の話が聞きたい。」

そう言う王の顔はまるで少年のようだった。
ロサンスは、「わかりました」と笑いながら答えて、謁見の間を後にした。


フレイム王国 ラデルフィア城 ロサンスの客室 ────

話を聞いたロサンスは驚きを隠せなかった。
ヴァンダルが反体制派のリーダーである事は明白だった。
だからこそ、ヴァロア卿に指揮をとらせて諜報部隊を使ってまで拘束しようとしたのだ。

「……そう、か。オーエンが死んだか……。」

ロサンスの考えでは、ヴァンダルなら諜報部隊の包囲を突破する事はできないはずだった。
ヴァンダルの力を甘く見ていた。
不老の身とはいえ、やはり勘が衰えてきているのかもしれない。

「こうなっては、我輩が決着をつけなければダメなようじゃな。」
「総長! 私もお手伝いさせて下さい! オーエン卿から終焉の神剣を継承した私が……彼を止めなくては。」
「……止める、ではすまないかもしれんぞ。」

それはすなわち、ヴァンダルを殺す事になるだろうと。
そういう意味だった。
だが、既にバーグは決心していた。

「それは覚悟しています。」

今度こそ自分の中の迷いを捨ててヴァンダルを止める、と。
彼の命を奪う事になっても……もう、バーグは迷わない。
それが神剣を継承した者としての決着だった。

「オーエン卿は、私にこの剣を継承したとき……死を予感していたのかもしれません。」
「ほう?」

「……継承は終わりです。現在、剣の継承者は私とバーグ殿の二人。これで私が死んでも、バーグ殿が唯一の正当な継承者です。」
「何を仰るのですか、オーエン卿……?」
「……いえ、何でもありません。最近、どうも考えすぎるようです。」

「最悪の事態を考えていた……あのお方なら、やりかねませんね。」

アポロンが頷いた。
そうなのかもしれない。
彼は、ヴァンダルの手で自分が命を落とすかもしれないと考えていた。
もしそうなってしまえば、神剣を持ったヴァンダルを止める事ができる人物がいなくなる。
だからこそ、バーグにあの時、神剣を継承させておいた。

「神剣は、奪われてしまった。私は正当な継承者として剣を取り戻し、彼を止める責務があります。」
「……わかった。ならば、我輩と共に来るがいい。」
「ありがとうございます!」
「アポロン。お前には陛下に伝言を頼みたい。」
「はっ、お任せください。」

場合によっては、ヴァンダルは神剣で無関係の者を巻き込みかねない。
そうなっては取り返しがつかなくなる。
ロサンスはそう考えて、ある依頼をカナン王に頼むことにしたのである。
皮肉にも、ロサンスの予想は当たっていたのだが、彼はそのことをまだ知らない。


フレイム王国 王都ラデルフィア市街 ────

「くっ……!? 卑怯だぞ、ヴァンダル!」
「すまねぇな。俺もこんな事するのは趣味じゃねぇが……。お前に邪魔されるのはもっと厄介なんだよ、ヴァロア卿。」

【滅亡の時】の陣が、市街の一部に広がっていた。
不気味に紅く光る模様に、市民達は動揺していた。

「そんなとこでぼけっとしてていいのか? 俺は本気だぜ? デカイ分だけ発動には時間がかかるが……。」

ヴァンダルは腕時計に目をやり、ニヤリと笑う。
そして立ち尽くすヴァロア卿に向かってこう言った。

「あと、10分もあればエリア全体に発動できるだろうな。」
「10分……!」
「さあ、お前はどっちを取るんだ? あの爺さん一人の命と、無関係な市民達の命……。」

ヴァロア卿は神剣を構えるヴァンダルを睨みつけると、彼に背を向けて走り出した。
その先には紅く光る魔方陣が敷かれている。

「そう。それでいいんだよ、ヴァロア卿。」

ヴァンダルもヴァロアが走っていく反対の方向へと歩いていく。
フレイム王国の中心、ラデルフィア城がある方向へ。

10分後、フレイム王国の都・ラデルフィアの西部を紅の光が包み込んだ。