これまで、サンドランド王国はハンター協会支部の設立を拒否していた。
それはアクアスとエアリア間の交易を仲介することで、
サンドランドは大きな経済発展を遂げてきたという歴史的な背景があるからだ。
協会のクエスト仲介業が、国の経済発展を妨げるのではないか。
そういう意見が根強かったのだ。
しかし、オーエン卿は何度も国王と謁見し、ついには支部設立の許可を認めさせたのである。
エアリア王国 シドン領 ────
湿気の高い密林街道を抜けて三人はエアリア王国へと入国した。
フレイム王国にも最も近い、ここシドン領はかつての戦争でも激戦地となった場所だ。
バーグと戦ったトラシズムの故郷であり、護るべき国でもある。
「ここで、総長様は鎮守人達と戦ったワケですね。」
アポロンとヴァンダル卿は、シドン領に入るなりそう言った。
今ではその戦いの跡は一切残っていない。
それもそのはず、あの戦いはもう二百年も前の話なのだ。
当人が今も生きながらえているほうがおかしい。
「出発時間も遅かったし、そろそろ夜だ。この辺で今日は休まないか?」
「ああ……、そうですね。もうそんな時間ですか。」
ヴァンダル卿の言ったとおり、既に陽は傾いていた。
明るい空にはうっすらと月も浮かび上がってきている。
「では、私が宿を探してまいります。お二方はここでお待ちください。」
「その必要はないぜ、アポロン。」
呼び止めたヴァンダル卿の手には三枚の書類があった。
それは宿泊の予約の為の書類だろう、とバーグは思った。
「さすがヴァンダル卿、既に手配済みでしたか。」
「何、少し諜報部隊を使って手配しただけさ。」
「そ、そんな事の為に部隊を動かすんですか?」
バーグの問いに、ヴァンダル卿は眉をひそめた。
その表情は「当たり前だ」と言っている。
「これは遊びじゃないんだぜ、バーグ君。今回のサンドランド行きは、旅行でもなんでもない、正当な任務だ。
任務をスムーズに行う為には様々な手配が必要だろ? 寝る場所だって必要さ。だから、別に俺が私用の為に部隊を動かしたわけじゃないさ。」
「そういう、ものですか。」
「そ。そういうものだ。」
なんだか、腑に落ちない。
そんな気持ちのバーグだったが、とりあえず無理やり納得しておくことにした。
おかげで寝るところは既に用意されている。
変なところで心配する必要はない、そういう解釈でいいのだろう。
諜報部隊が用意した宿はシドン領の中心部だった。
ガリア大公の居城や軍本部、多くの店が並ぶ通りにその宿はあった。
宿の名前はバーグも聞いたことがあった。
恐らくは、全国各地に展開するチェーン店なんだろう。
「では、明朝も早く出立となりますので、ごゆっくりお休みください。明日は私がお二人を起こしに参りますので。」
「自分で勝手に起きてますから、大丈夫ですよ。」
「あー、よろしく頼むわ。俺、寝起き悪いからな。」
二人の返事は対照的だった。
大あくびをしながら部屋へと消えていったヴァンダル卿が、本当に諜報部隊長官なのだろうか。
と、バーグは内心思ってしまった。
「何故ヴァンダル卿が諜報部隊の長官なのか、と思われましたか?」
「え、ええ? そ、そういうわけではないですが。」
「いいんです。誰でも思う疑問ですから。」
アポロンはやっぱりな、といった顔をしている。
どうやら彼の態度と役職のミスマッチには誰もが疑問を抱くらしい。
「ヴァンダル卿の実力は本物です。彼もバーグ卿と同じように、元はフレイム王国の軍人だったんです。
ですが、当時の諜報部隊長官にスカウトされて協会に所属なさったんですよ。」
「ヴァンダル卿も元軍人ですか。私の先輩にあたるわけですね。」
「そうなりますね。いつもはあんな感じですが。……さて、では私も寝る事にしましょう。それでは、また明日。」
アポロンは一礼して、部屋へと入っていった。
それを見届けた後バーグも自分の部屋へと入り、すぐに床についた。
明日いよいよサンドランド王国へ入国する。
ハンター協会の人間として、初めての仕事にとりかかるのだ。
少し気負っている自覚はあったが、眠るのにはちょうど良い緊張感だった。
バーグの目が覚めたのは深夜 2 時過ぎだった。
緊張のせいで目が覚めたわけではない。
人の気配がした。
しかも、複数。決して好意的な気配ではなかった。
「……敵、でしょうか。」
狙いはわからない。
自分なのか、それとも別の宿泊客かもしれない。
だが、寝ていてはそれもわからない。
バーグは愛剣を手にしてドアの前に立った。
「(3……2……)」
心の中でカウントする。
剣をぐっと構え、そして、
「(1……!)」
大きくドアを開けて、廊下へと飛び出した。
一見、誰もいない。
しかし、バーグは確かに気配を感じ取っていた。
「誰かいるのでしょう? 出てきたらどうです?」
誰もいない廊下の奥へと話しかける。
すると、低い声が返ってきた。
「さすが、噂のバーグ殿だねぇ。」
現れたのは長身の男だった。
ヴァンダル卿と比べて体格はそんなにいいわけではない。
男は仮面をつけていた。
「ばれては困る顔をしているのですか?」
「さあねぇ。それはどうだろうかねぇ。」
そこでようやく、男が隠し持っていた武器をバーグは確認した。
「(弓、使いですか。)」
「さあ、バーグ殿にはここらでお休みしていただこうかぁ。」
そののんびりとした喋り方からは考えられないスピードで、仮面の男は矢を放った。
バーグは咄嗟に体を屈めてそれをかわす。
獲物を捕らえられずに壁に刺さった矢を見て、バーグは驚愕した。
「な……! 7 本……?」
壁には 7 本の矢が刺さっていた。
あのスピードで。たったあれだけの時間で。
この男、ただの弓使いではなさそうだった。
「これは、相手にするには骨が折れるかもしれませんね。」
剣を構えなおして、バーグは接近しようとする。
だが男はそれを許さなかった。
驚異的なスピードで射られる矢の嵐に、バーグは近寄ることができなかった。
その嵐の奥で何か気配がうごめいた。
しかし、男はそれに気がついていない。
「どうかなぁ。いくら剣術が得意でも、近寄れなければ意味がないよねぇ。」
「……。」
先ほどの気配は、確かに。
ならば彼が何とかしてくれるだろう。
バーグはそう思い、無言を貫いた。
「言葉も出ないかなぁ? さて、そろそろ詰みだよぉ。」
と、そのときだった。
男の放った弓が突如として向きを変えた。
正反対にぐるりと反転した矢は、仮面の男に向かっていく。
「!」
男はすぐさま、新しい矢を射て自分に向かってくる矢にぶつけ、打ち落とした。
「バーグ殿がエンチャントを所持しているという情報は聞いていないんだけどなぁ?」
「今のは、私ではありませんよ。」
「何ぃ?」
ガチャリと扉が開く。
そこから現れたのはアポロンだった。
「人の部屋の前で矢を乱射するとは、物騒ですね。」
「なるほどぉ、【念力】のエンチャントかぁ。」
さらにバーグの後ろでもドアが開いた。
もちろん、そこはヴァンダル卿の部屋だった。
「あぁ? まだ起こしに来るには早いんじゃねぇか? アポロン。 ……て、どうやらそういう事じゃなさそうだが。」
仮面の男はヴァンダル卿を見るや、弓矢を下ろした。
「これは不利になっちゃったねぇ。 邪魔が入っちゃったね、バーグ殿。僕はここで御暇するよ。」
男が廊下の奥へと消えていく。
その先には非常口に繋がる階段があるはずだった。
「ご無事ですか、バーグ卿。」
「ああ、うん。助かったよ。ありがとう。」
「お二方。アイツを追うぜ。どうやら俺達の身内の犯行らしい。」
ヴァンダル卿は先陣をきって走り出した。
それにバーグとアポロンが続く。
階段を下りて、非常口を抜けるとそこは大通りだった。
さすがにこの時間、出歩く者はいないようだ。
「のこのこ追ってくるなんて、馬鹿だねぇ。」
静けさを破ったのは、あの低い声だった。
仮面の男が弓矢を構えて姿を見せる。
「ほほう、囲まれたか。」
バーグたちは仮面をつけた男達に包囲されていた。
その全員が武装している。恐らく、数は十人前後だろう。
ヴァンダル卿が大柄な剣を抜いた。
「さあて、お前達の目的は力ずくでも吐かせるしかねぇよな。」
「そうですね。バーグ卿、ヴァンダル卿。攻撃はお任せいたします。」
「わかった。サポートは頼むよ、アポロン。」
三人は互いの背を護るように三角に陣形を組んだ。
「フフフ、無駄だよぉ。武器なんか構えちゃっても。」
あのリーダーらしき男が右手をさっとあげた。
それを見て取った集団は皆、一冊の本を取り出す。
様子を伺っていたヴァンダル卿は顔を青くする。
「あれは……! 二人とも、耳をふさげ!!」
「な、なんで……。」
アポロンは最後まで続けるごとができなかった。
包囲していたならず者達は、次々に叫び始めた。
「武器を捨てよ!」
「武器を捨てよ!」
「戦は終わりだ! 武器を捨てよ! 自由を求めよ!」
この声に、バーグは剣を手放してしまった。
決して命令されたから捨てたわけではない。
体が勝手に動いたのである。
「こ、これは何ですか?」
「遅かったか……。これは、エンチャントだ。
あの本に書かれてある文章が、一種のエンチャントになっている。」
つまり、エンチャントの力で一同は武器を捨てざるを得なかったわけである。
しかしあのリーダー格の男は別だった。
矢が、バーグ達に向けられる。
「さあ、おしまいにしようよ。さよなら、皆さん。」
まぶしい光が、あたり一面を照らした。