外伝第1章 呪縛の継承者

反体制派を裏で指揮し、現体制に対して反旗を翻した人物。
その黒幕こそ、諜報部隊長官ユーグ・ヴァンダルだった。
彼は“目的”を達成する為に、ついに行動を開始する。


第18話『遅れてきた者』

フレイム王国 王都ラデルフィア市街 ────

腐巫女の報告で、長官であるヴァンダル卿が反体制派の司令であることが判明した。
君達が信じられるかどうかはわからないが、これはもはや間違いない。
オーエン卿と総長には今も危険が迫っているんだ……!

ヴァロアの言葉が、二人の心に重く圧し掛かっていた。
共にブルクントの襲撃を受け、肩を並べて戦った。
そんなヴァンダルが反体制派の司令だなんて、信じられるわけが無い。

「ヴァンダル卿は私を殺そうと思えば、殺せた。……殺したはずだ。」
「……お言葉ですが、バーグ卿。もしかすると、彼は私達をサンドランドで足止めして、フレイムから遠ざけた可能性もあります。」
「まさか、ブルクントが拘束されて自ら命を絶つのも計画通りだというのか!?」
「ブルクントのメッセージを考えれば、そうとれなくもありません。」

馬鹿な。
そう言ってしまいたい気持ちもあったが、バーグはそうすることができなかった。
ずっと、何かが心に引っかかっていた。
シドン領で最初に反体制派の襲撃を受けたあの夜。
トラシズムに犯人の心当たりを尋ねられたとき、ヴァンダルはすぐに協会内部の犯行だと断言した。
それは、ブルクントが「腐巫女」の名を口にしたからだと。
しかし、それはおかしかったのだ。

ヴァンダルはそれよりも前にハッキリと断言していた。

「お二方。アイツを追うぜ。どうやら俺達の身内の犯行らしい。」

そう言ったのは、ブルクントが「腐巫女」の名を口にする前……。
つまり、トラシズム率いるエアリア軍が反体制派を包囲するよりも前の事だった。

ブルクントの声に気づいてそう発言したのではないか?

バーグは自身の考えの矛盾を見つけようと、こうも考えてみる。
だが、無理があった。
ダマスクスで腐巫女に会った際に、彼はこう命令していたからだ。

「昨夜、俺達は何者かに襲撃を受けた。恐らくは例の反体制派の一味だろう。この事をよく調査してくれ。それと、フレイムに戻って総長とオーエン卿にも連絡を。」

もしブルクントが犯人である可能性があると考えたのなら、 何故あの時腐巫女にそれを調査させるようにと命じなかったのか説明がつかない。
……では、この一件は内密に捜査せねばならなかったから、秘密にしていた可能性は?
ブルクントであるという確信が声では持てなかったからという可能性は?

バーグは、すぐにその二つの可能性を諦めるしかなかった。
それは、王宮でブルクントが正体を現したときのことだ。

「腐巫女から、ブルクントの動向が怪しいという報告は受けていた。……だが、まさかマジとはな。」

もし、エアリアでブルクントが犯人だと気づいていて、 それを任務上内密にしておかなければならなかったとしても、最早隠す必要はない。
だが、彼はその時エアリアでの一件のことは一切触れなかった。
「腐巫女からの報告で」という理由でブルクントを怪しんでいたのだと、そう言った。

あの最初の襲撃の際、確かに反体制派の犯行の可能性はあった。
しかし、あの時点で身内の犯行だとヴァンダルが答えることができた理由が見つからなかった。
そう。
たった一つを除いては……。

「……アポロン、急ごう。」
「はっ。」


フレイム王国 ハンター協会支部長執務室 ────

二人の戦いは、熾烈だった。
ハンター協会の“総督”同士の戦いだ。
当然といえば、当然ではある。

「奥義、【聖域】……!」
「クッ、やはりきやがったな……! エンチャント無効化とは、不利になっちまったなぁ。」

オーエンの持つ、終焉の神剣は複数の強大な力を宿している。
そのひとつが【聖域】。
エンチャントや魔力による効果を、全て封じ込める結界を作り出す能力である。
執務室全体をこの結果が覆う事で、ヴァンダルのエンチャントは封じ込まれている。
また、この他の強大なエンチャントと引き換えに使用者にはあるリスクが降りかかる。

「……っ。」
「やっぱり、その呪縛はアンタにとってはでかいリスクだな。」

【永劫の呪縛】。
終焉の神剣を継承した者に与えられる、逃れる事のできない呪縛。
使用者から体力を奪い去る恐ろしい呪い。

「悪いが、体力勝負なら負ける気はしないぜ?」

ヴァンダルが痛烈な一撃を放つ。
先ほどまでそれを軽々と防いでいたオーエンだが、この一撃には少しぐらついた。
やはり、呪縛によって体力を失っているのが大きい。
エンチャントを無効化しているこの空間の中では、通用するのは物理的攻撃のみ。

「まだまだ、貴方には負けませんよ。」

オーエンがすばやく上下からの二段攻撃で反撃すると、ヴァンダルは防戦一方の態勢を強いられた。
体力では劣っても、剣技においては互角か、それ以上だった。

「さすがは爺さんの腹心だな。剣の腕もぜんぜん衰えてはいない。」
「これは、どうもありがとう。」

ヴァンダルが力を籠めて神剣を振り払った。
体力では劣るオーエンには、何よりも大きな強みがある。
彼は【聖域】の中で唯一使用できるエンチャントを持っているのだ。

「……あまり、長い戦いにすれば私に勝機はないですね。」

同じ終焉の神剣のエンチャント。
これだけは【聖域】の結界の内側でも発動させる事ができる。
それはまさに、オーエンにとっては切り札であった。
終焉の神剣を構えなおし、魔力開放の呪文を囁く。

「そうはさせないぜ……!」

ヴァンダルが大きく跳躍して、上空からの一撃をオーエンに叩き込む。
しかし、オーエンはそれを再び神剣で弾いた。
そして弾きながら、こう続ける。

「我は、天命によりて永劫の呪縛と引き換えに、終焉を司る門を開く者。」

ヴァンダルの足元に、禍々しい魔方陣が広がっていた。
それは不気味なほどに鮮やかな紅の色だった。

「まるで、俺の血……ってわけか?」
「貴方の野望もここまでです、ヴァンダル。 せめて、痛みを感じることなく……この世界から消え失せよ。」
「野望って言うほど大層なもんじゃねぇさ。だが……。」

オーエンが、最後の呪文を唱える直前のことだった。
ヴァンダルが呟いたのは。

「ここで俺が消えちまうのは、まだ早いんじゃねぇか?」

大きな音と共にドアが開き、執務室の中へと二人の人間が飛び込んでくる。
ライス・バーグと、ヴェルタース・アポロンだ。
二人はそれぞれ武器を構え、ヴァンダルにそれを向ける。

「ヴァンダル卿……信じたくはありませんでした。だが、こうして直接見てしまえば、貴方を放って置く訳にはいかない!」
「全てはヴァロア卿からお聞きしました。お覚悟を。」

しかし、これはヴァンダルにとっては、またとないチャンスであった。

「バーグ殿にアポロン!?」
「さて、予定通り“遅刻”だな。」

オーエンはエンチャントを解除せざるを得なかった。
今、【滅亡の時】を発動させれば確実に二人を巻き込んでしまう。
それだけは避けねばならなかった。
神剣のエンチャントが無効化されたと知ったヴァンダルの行動は、速かった。

「……!」

ヴァンダルは反転し、バーグとアポロンの方へと駆ける。
それに対してバーグ達も構えたが、遅かった。

「俺だって伊達に諜報部隊長官をやってるわけじゃないんだぜ?」
「……! しまった!」

行動が一瞬遅れた隙をついて、ヴァンダルは二人の武器を弾き飛ばす。
あっという間だった。
元フレイム王国禁軍の実力は、今もまったく衰えていない。
剣の腕ではバーグと互角か、それ以上。
そんな相手に一瞬の隙を与えるのは、敗北と同じことを意味する。

「ヴァンダル! 二人を放しなさい!」
「悪いが、その命令は聞けないね。」

剣の柄で二人の鳩尾に一撃を加える。
アポロンはもちろん、バーグも立っていられなくなり、そのまま床に崩れ落ちる。
ヴァンダルは、倒れこんだ二人に剣の切っ先を向けた。

「間に合わないかと思ったぜ。……あと少し到着が遅れてたら、あやうく消されてしまうところだった。」
「……あ、貴方は……私達がここへ来る事を……。」

苦しげに言うバーグに、ヴァンダルはニヤリと笑いかけた。

「ああ。予定の内だった。もし、オーエンとの一騎打ちになれば、俺に勝ち目はないからな。」
「……ヴァンダル、貴方って人は……!!」

オーエンが神剣を構えなおし、斬りかかろうとする。
だが。

「いいのか? 二人が死んでも。」
「!」

冷酷な言葉だった。
サンドランドで自分を評価してくれた、あのヴァンダルの声だとバーグは信じたくはなかった。
オーエンは剣を降ろし、問う。

「どうすれば、二人を解放してくれるのです?」

元諜報部隊長官は、いつもの表情でこう答えた。

「その剣を……呪われた神剣を、こちらへよこせ。」