外伝第1章 呪縛の継承者

サンドランドの都、ヴァルダナ。
王都の軍がコーサラの警備にあたる程、コーサラと近い位置にある。
そしてその中心部にあるヴァルダナ王宮では、 ハンター協会との調印に応じた国王、クレモニア三世がバーグ達を待っている。

第12話『ヴァルダナ宮殿』

サンドランド王国 ヴァルダナ王宮前 ────

バーグは目の前の宮殿を見て、言葉を失っていた。
インナーフィーアで一番歴史の浅い王国の宮殿は、バーグの言葉を奪うだけの魅力を持っていた。
ただ、美しかった。
それだけなのだが、バーグはその美しさを言葉で表現することができなかった。
どんな褒め言葉を並べても、うわべだけになってしまうような気がしたのだ。

「さすがのバーグ君も、この王宮には釘付けって感じだな?」
「噂では聞いていたとはいえ、ここまでとは……。」
「バーグ卿が驚かれるのも仕方がない事ですよ。誰もが皆、最初訪れた時はただ呆然とこの王宮を眺めています。……ほら、周りにも。」

アポロンにそう言われて周りを見渡したバーグは、 自分と同じように数人の人が王宮をぽかん、と眺めているの見つけた。
多くの人を惹きつけるこの宮殿は、初代国王クレモニア一世が自ら設計に関わった。
クレモニア一世がエアリア貴族の出身だったこともあってか、 王宮にはエアリアの城や屋敷に刻まれる紋様や独自の装飾が見事に共生していた。
これがこの宮殿の魅力の一つなのかもしれない、とバーグは思った。
ふと、彼の視界の隅にきらきらとした光が飛び込んできた。
光の方向へバーグが向き直ってみると、そこには大きなオアシスがあった。
太陽の光をオアシスの水が反射していたのだ。

「綺麗ですね。」
「あー、あれか? 嘘か本当か、聖水のオアシスだなんて言われてるんだよ。 サンドランドの国民はみーんなあのオアシスを神聖視しているんだってさ。」
「魔物を砂漠から遠ざけている、という伝承があるくらいですから。」

ヴァンダル卿とアポロンはニヤリ、と嫌な笑みを浮かべてそう言った。
“そんなわけがないだろう。”
彼らが心の中でそう思っているのが、バーグにはよくわかった。
しかし、バーグは違った。
このオアシスの水が本当に聖水なのかもしれない、と信じてしまいたくなった。

「……こんなに美しいんですから、きっと聖水ですよ。」

サンドランドの民がこのオアシスを神聖視する気持ちが、彼には理解できるような気がした。
そんな時、宮殿の正門から三人の軍人がこちらへとやってきていた。
真ん中の男は胸に多くの勲章をつけていることから、かなり高位の軍人である事が分かる。

「ハンター協会の方々とお見受けしますが?」

中央の軍人が声をかけてくる。
アポロンがバーグとヴァンダルの前に進み出て、男に一礼をした。

「サンドランドのローラン将軍、ですね。」
「いかにも。私はサンドランド軍最高司令官、アドルフ・ローランです。」


アドルフ・ローラン。
かつて傭兵としてサンドランド王家に雇われ、エアリアとの紛争において、 サンドランド側に幾度となく勝利をもたらした傭兵隊長として名を馳せた戦士だ。
もちろんバーグもフレイム軍人時代に彼の名を知った。
彼はその後、正式に王家に要請されてサンドランド軍の頂点に立ち強固な軍に鍛え上げた。

「こちらは、サンドランド支部長に就任するライス・バーグ総督。そしてこちらの方は諜報部隊長官、ユーグ・ヴァンダル総督です。」
「ほう。……これは随分お若い方が支部長になられるのですな。」

ローランは眉をひそめてバーグを見やった。
しかし、

「あはは。将軍殿、実力と才能に年齢など関係ないですよ。」

というヴァンダル卿の一声でローランはバーグから視線をアポロンに戻した。
今のが何を意味しているのか、バーグには理解できていた。
ローランは疑っていたのだ。
自国の支部長になる人物が、実力の無い弱者なのではないかと。
協会側がサンドランドを見下しているのではないかと。
だがヴァンダル卿はそれを否定したのである。
あの短い言葉の中には、彼がバーグの実力を高く評価していることが伺えた。

不謹慎だとは思いつつも、バーグは嬉しさがこみ上げてくるのを感じざるを得なかった。
ヴァンダル卿は、自分の実力を認めてくれているのだから。

「まあ、協会が支部長の位に据えるくらいだ。きっと、若くして才能溢れる御方なのでしょう。」
「その通りです。彼は、“天才”ですよ。」

そこまで言われると、バーグとしてもどう反応していいか複雑な気分だった。
歴戦の勇士であるローラン将軍に“天才”と主張できるほどの実力が、本当にあるのだろうか。
サンドランドの支部長という大役を任せられるほどの実力が。

そこで貴方が素晴らしい剣の才能を持っている事を知りました。
そして、今回の一件で、貴方が力に溺れない強い心を持っているという事も確信しました。
サンドランドの支部長任命に反対する理由などない。

彼の脳裏に、オーエン卿の言葉が蘇る。
そうだ。恐れる事は無い。
自分の力が“天才”なのかどうか。どれほど高いか。そんな事は問題じゃない。
確かな事は多くの人が、自分の力を評価してくれていることだ。
自分はその期待に応えられるように、全力を尽くすだけ。
そう思うと、バーグは落ち着きを取り戻す事ができた。

「さて、それでは国王陛下がお待ちです。ご案内しましょう。」

勇気を持って、バーグは一歩前へと踏み出す。
何事か、という顔でローランは若者を見た。
それはヴァンダル卿やアポロンも同じだった。

「よろしく、お願い致します。」

頭を下げて、そう一言。
あまり大きな声ではなかったが、ハッキリとした口調で。
その声は目の前の歴戦の勇士にしっかりと届いた。

「……どうやら、貴方ほどの若さにしては、礼儀作法は心得られているようですな。 うちの若いものにも、見習わせてやらないといけません。」

ローランは、表情を変えずにそう言って踵をかえし、正門へと歩き始める。
もし、この場を見ているだけの人間からすれば、彼はまだバーグを認めていないと思うかもしれない。
しかし、バーグやヴァンダル卿、アポロンは確かに理解した。
表情は変わらずとも、将軍のバーグに対する心情が少し変わった事を。

三人は顔を見合わせると、すぐにローランの後について宮殿へと入っていった。
彼らが去った後も、宮殿の前は多くの人間でにぎわっていた。

ただ、バーグと同じように宮殿に見とれていた数人の姿だけが、忽然とその場から消えていた。