第2部 失われた島の冒険録

永遠に変わらないものなどこの世にない。
闇が晴れ渡り、この世界に新たな時代の波が押し寄せる。

迫りくる “新時代” に人々は、希望を抱き、不安を抱えながら向き合っていく。


エピローグ <新時代の波>

ロドス王国 リーグニッツ王宮 ────

“大封印” の強化を終えて、封印の祭壇を後にしたロータスは王宮へと帰還し、襲撃に耐えたリーグニッツ王宮の警備兵を労った。
そして、この戦いの功労者を謁見の間に招く。

ワールシュタット平原の魔物は、夕霧の部隊の奮闘と、インナーフィーアから増援としてやってきた黒鷲率いるハンター協会の部隊により殲滅された。
アスダフの影響下にあったクレア将軍以下のロドス兵も、プルートたちの救護により正気を取り戻し、ロータスの下に帰順した。

気が付いたときにはいなくなっていたあの女戦士や、 元の世界に帰ったペン太を除き、皆が謁見の間に集っている。

「諸君らのおかげで、窮地を乗り越えることができた。
 特に、異邦の友人たちよ。……心から感謝している。」

ハンター協会の皆を前に、ロータスは深々と頭を下げる。
しかし、腐巫女がそれを手で制した。

「ま、私は任務でやったことだからね。感謝は不要さ。」
「そうですね。エアリアに戻ったらヴァロア卿に事の詳細を報告しなければ。
 ……ロドスに行けなかったことを、まだ根に持っていそうです。」
「持っているでござろうな。拙者がこちらに向かう際も、恨みつらみがもう凄いのなんの……。」

「……なんか、ヴァロア卿ってやっぱ何か子どもっぽいとこあるんだな。」
「うーん。剣士としては凄かったけどね。ま、 “天は二物を与えず” ってやつだね。」
「お前にしては、難しい言葉知ってるじゃん。」

狗神が膨れ顔になるのをそこそこに無視し、シュウはポティーロに向き直る。

「ポティーロさんのおかげで、俺たちも改めていろんなことが知れた旅になりました。」
「何をそんな、こちらは助けてもらってばかりなのに。  ……でも、少しでもシュウさん達のお役に立てたなら良かったです。」

二人の会話に夕霧が微笑みながら頷く。

「今後は閣下とご相談しつつ、我らとインナーフィーアとの関わり方については検討していきます。」

ロドス島はこれまで “他の大地” に関わらないと決めてきた。
しかし、それがアスダフの暗躍を許したことを鑑み、今後は考えを改めていくという。
これまで動いていなかった二つの大地の時計、その針が進もうとしていた。

「その時は、僕が先陣を切ってインナーフィーアとの懸け橋になるつもりです。
 ……もっとロドスの良いものをみなさんにも知っていただきたいですしね。」

仮初の姿とは言え、商人らしいポティーロの言葉に一同が笑う。
インナーフィーアとの関係は、これから一から創り上げていくことになるが、 協会の助力もあれば、きっと上手くいくことだろうと皆が確信していた。

「しかし、報告すべきことがあまりに多く、総長も驚かれることでござろうな。」
「そうですね……。まさか私たちの大陸が空に浮かんでいるものだったとは……。
 たしかに大陸の外縁部は濃い霧が発生しやすいため、あまり把握は進んでいませんでしたが。」
「挙句の果てに、その真下にこのロドス島がござった。驚きでござるな。」
「報告すべきはそれだけじゃないよ。あの祭壇に刻まれた文字……。
 この島は、ルーンマスターの一族と深い関係がある可能性が高い。色々と興味深いね。」

エアリアのルーンマスターの隠れ里。
そして、ロドスの封印の祭壇。
遠く離れた二つの場所に刻まれている文字は、どう見ても同じものだった。

これが何を意味するのかはまだ、誰もわからない。
しかし、この謎を解明できるときにはこの世界の真実にまた一歩近づくことになる。
腐巫女はそう確信していた。

「急ぎ、協会に戻って報告しないとね。」
「……あのー、そういえば。」

シュウがあることに気が付いておずおずと尋ねる。

「……どうやってインナーフィーアに帰るんです?」


フレイム王国 ハンター協会 会議室 ────

フレイム支部長、ライス・バーグ。
アクアス支部長、エリザベス・ウィンザー。
エアリア支部長、アンリ・ヴァロア。

その名を知らぬ者はいない、3人のハンター協会支部長たち。

「久しぶりじゃねぇか、アンリ。元気にしてたか。」
「これはシュメール卿、御無沙汰しています。」

そして、そこに “フレイト” を統括するウルク・シュメールが加わり、 円卓には協会の最高幹部である “総督” たちが勢ぞろいしていた。

「皆、よう集まってくれた。」

協会の “総督” が一同に会する機会は滅多にない。
直近で全員が集まったのは6年も前。
ロサンスがフレイム支部長の後任人事を諮ったのが最後だった。

「ひどいですよ、総長。僕だけ何も知らないまま我慢なんて。」
「いや、お前だけじゃねえ。俺も詳しくは知らされてねぇぞ。」

そう、ロサンスとバーグ、そしてウィンザーはここで話される議題を知っていた。

「すまぬ。事が事だけに、時期を待たねば公にはできぬことだったのだ。」
「一体何の話だってんです? そんな内緒話。」

この議題は、現在の協会において最古参の総督であるシュメール卿にすら秘密にされていた。
それだけ協会にとっても大きな “衝撃” となる話だったからだ。

「他ならぬ、ウィンザーのことじゃ。」
「ウィンザー卿の話ですか?」

「総長、ここは私からお話します。」

ロサンスは無言でうなずき、ウィンザーに後を譲る。
ウィンザーは一呼吸置くと、静かな声で言った。

「私……エリザベス・ウィンザーはこの度、アクアス支部長及びハンター協会 “総督” を退任いたします。」

淡々と。
事実だけを述べた。

「えっ……!?」
「そりゃあ一体、どういうことだってんだい、エリザベス……?」


アクアス王国 王国検察庁 ────

「ちょ、長官はこれをご存じで……?」
「馬鹿を言うな。私もさっき知ったところだ。」

リチャード・ウィンザーは部下にそう愚痴をこぼす。
その手には、今朝の『アクアス・タイムス』が握られていた。
一面には母・エリザベスの写真が大々的に掲載されている。

「しかし、これは我が国建国以来の大事件ですよっ! 新しい時代の到来だ……。
 “御三家” 以外の方が元老院議長に就任されるなど、前代未聞です!」
「……そうだな。」
「いやぁ、長官も鼻高々でしょう。来年からウィンザー家は名実ともに、大貴族の仲間入りです!」

部下はそう囃し立てるが、当のリチャードはため息をつくばかりだった。

……母上は、何故いつもこのような修羅の道を歩かれるのか。

突然検察庁長官を辞し、ウィンザー家当主の座を退いたかと思えば、 アクアスの貴族として初めてハンター協会の一員となった。
あの時も世間を十分に驚かせたが、今回はそれを上回る衝撃だ。

イハージ家・パルティア家・ヴェントリス家。
アクアス王国を建国以来支えてきた “御三家” と呼ばれる大貴族の家門。
アクアスの政治中枢に関わる職は、代々この大貴族たちが独占してきた。

「パルティア猊下……あ、いえ、もう猊下ではあられませんが……。
 パルティア公が退任された後は、てっきりパルティア家の方が後任になるものと……。」
「……そうだな。」
「おや、長官はあまり嬉しくなさそうですね。」
「……そうかな。」

母の歩く道はいつも、険しい。
息子はただただ、母がどこへ向かっていくのかが心配でならなかった。


アクアス王国 王宮神殿 ────

水竜神団の総本山、アクアス王国の王宮神殿。
この日、神殿には信徒が大挙して押し寄せていた。

「これだけ、人がたくさん集まるなんて……パルティア猊下の退位の日以来ですね。」
「そりゃあそうさ。今日は新しい教皇猊下が誕生するんだから。
 みんな新しい時代の始まりに立ち会いたいと思うのは当然だよ。」

信徒たちはそんな会話を交わしながら、主役の登場を待つ。

正午十二時。
屋上にある美しく大きな鐘が、その時間の到来を歌う。
神殿の二階にあるバルコニーの扉が静かに開いた。
そこからは教皇の正装を身に纏うヴァイシャ・エンヴィロンが現れる。

「エンヴィロン教皇猊下、万歳!」
「私たちをお導きください!」
「エンヴィロン時代が始まるぞー!」

詰めかけた群衆からそんな声が次々に飛び交う。
新教皇は手を挙げてそれに丁寧に応える。

「……ま、大司教が後を継いだのは妥当カナ??」

神殿前広場の雑踏の中に混じるこの男。
“天下の大泥棒” と自称する左之助も、値踏みするような視線を新しい教皇に送っていた。

「さーて、ウリヤ族の遺跡もハズレ、、、
 そろそろレアモノを見つけないと、ここのところ大★赤★字、、、。」

この頃、左之助は盗賊としての “成果” をあげることができていない。
サンドランド王国内のウリヤ族の遺跡では目ぼしい宝を見つけられず、 ポティーロが現れなければ危うく脱出できずに命を落とすところだった。

……このままでは、 “天下の大泥棒” の名折れだ。

「あと行ってないのは、、、フレイム北方の廃坑か。
 アソコはなぁー。最近、魔物の群れが住み着いてるっていうケド、、、ま、行ってみるか★」

その時、群衆から歓声があがる。
前教皇のパルティア公から冠がエンヴィロンに受け継がれたのだ。
左之助は盛り上がる群衆に背を向け、フレイムに向けて歩き始める。

「待ってろよ、お宝ちゃん。
 『悪縁契り深し』、、、この “天下の大泥棒” からは逃げられないからサ★」

左之助には珍しくちゃんと言葉と意味を正しく理解している故事成語だ。

「……今、誰かに悪口、、、言われなかった???」


エアリア王国 ハンター協会 ────

「いやぁー、疲れた疲れた。」
「ほんとにな。……でも、ヴァロア卿が留守で良かったぜ。」
「『僕が行けなかったロドスについてしっかり話してもらうよ?』……と、
 きっとそう言われていたでしょうね。不在で何よりですわ。」

シュウたちはエアリアに帰ってきていた。
ポティーロの持つ『ロドス行きチケット』からその構造を理解した碧燕が、 『エアリア行きチケット』の作成に成功していたのだ。
ロドスの復興作業の協力に残る黒鷲らと別れを告げ、シュウたちは先にエアリアへと戻った。

「で、アンタたちはこれからどうするんだい?」

「そうですね。とりあえず今度こそ、フレイムに帰国します。」
「これでようやくインナーフィーアを一回りだね。」

フレイムを出国したときにはこんな長旅になるとはシュウも想像できなかった。

アクアスで狗神と出会い、サンドランドで “影” と戦い、エアリアでアスダフと戦った。
挙句の果てには大陸の外にあるロドスでの戦いに身を投じることになり……。

「ほんと、お兄さんの人生って波乱万丈だね~」
「……だな。」

だが、そのおかげで多くの人に出会えた。
そして、学ぶことも多くあった。
ハンターとしても大きく成長できた。この旅で得たものも多い。

プルートと腐巫女に別れを告げ、二人は北方へ向けて歩き始める。

インナーフィーアを巡るシュウの旅はまもなく終わる。
シュウはこの冒険で得たものを思い出しながら歩みを進めていく。

何よりも一番は。

「相棒も、できたしな。」

「なになに?? 誰のこと~? そのあたり詳しくもう一度!!」
「……うるせーな、行くぞ。」

そんな二人の姿を遠くから見守る女が一人。

「ご苦労様、ハンターさん。大活躍だったね。
 ……君たちならあの闇を晴らすことができるだろうと思ってたよ。」

一つの冒険が終われば、また新たな冒険が始まる。
その度に、あの二人の絆は深まっていくのだろう。

「…… “貴方” を救うための “絆” は結ばれつつある。もう少し、待っててね。」

失われた島を巡るこの冒険録はひとまずおしまいだ。

しかし、シュウと狗神の冒険はこれからもまだまだ続くことになる。
彼らは帰国早々、一騒動に巻き込まれることになるが……。

それは、またの機会に記録するとしよう。


第二部 完