「砂の大地はおろか……炎の大地も氷の大地も影が潰えたか。」
男は、魔力を使って放った自分の影の状況を探っていた。
しかし、どの影からも反応が返ってこない。
すべて何者かに倒されたようだ。
「あの女か……。まあ、いい。もう少しで封印は破れる。
その為には今一度、絶望の種を撒くとしよう。」
エアリア王国 ハンター協会 ────
「お戻りですか、ヴァロア卿。」
「ああ、ただいま。プルート、留守をありがとう。」
「いえ。……ですが、さっそく報告すべき案件が。」
フレイムへ帰国するというシュウたちを見送ったヴァロア卿は、協会へと戻ってきていた。
報告に来たというプルートの表情は暗い。
「……顔を見る限り、良い報告ではなさそうだね。砂漠の案件かな。」
「お察しの通りです。」
やはり。
ガリア大公を通じて、ヴァロア卿に寄せられた依頼のことだ。
クレモニア三世がサンドランドに戻るための護衛任務。
国を捨てた王が帰還するのを助ける任務を、喜んでやろうという人間はいない。
ヴァロア卿は、エアリア支部長としてその憎まれ役を引き受けるつもりでいたのだが、
「私が行きます」と遮ったのはフレイムのバーグ卿だった。
サンドランドのことは、私が責任を負う。
バーグ卿はそういって自ら任務を引き受けた。
「で、報告は?」
「はい。どうやらクレモニア三世の一軍は、コーサラを抜けて王都ヴァルダナへ
到着したようです。」
「……ついに王の帰還、ってわけか。」
困難に打ち勝った砂漠の民の喜びに水が差された。
王都は今、どうなっているのか。
そしてその現場に居合わせているバーグ卿は、何を思うのか……。
サンドランド王国 ヴァルダナ王宮前 ────
かつては壮麗だったサンドランドの王宮も、魔物の蹂躙により朽ち果てていた。
王宮の前には四楓院夜一らをはじめとする国民たちが武器を手に取り、王の前に立ち塞がる。
「お前も余に逆らうとは……。厳罰だぞ、夜一。」
「黙れっ! 儂はもはや貴様を王とは認めぬ!」
「不敬罪だ。ローラン、奴を捕らえよ。」
「……」
「大将っ! その男を守ることが、貴方の言っていた国を守ることなのかっ!?」
砂漠の英雄、アドルフ・ローラン。
砂漠の裏の顔、四楓院夜一。
かつて、ともに国を支えた盟友に夜一は懸命に訴えるが、ローランは答えない。
「……変わってしまったのか、大将。しかし儂もまた、譲れぬ!」
夜一は魔獣のツメを構えて、王に向ける。
「夜一、貴様! 余に刃を向けるかっ。」
「この国に仇なす者を、王として君臨させるわけにはいかぬ!」
《瞬神》。それが夜一の異名だ。
覚悟を決めた夜一の動きは速かった。
あっという間にクレモニア三世との距離を詰め、その首にツメを殺到させる。
しかしそれは、禍々しい紅の光を淡く帯びる剣に阻まれた。
「バーグ殿……! 御主、なぜこの男の味方をするのじゃ!?」
「申し訳ありません、夜一さん。護衛の依頼がある以上、私は貴方を邪魔するしかない。」
「依頼……そうか、あの男はエアリアを頼ったのか……。」
王宮前に陣取る国民たちの表情に、焦りの色が浮かぶ。
夜一の攻撃を防いだ男の正体に気づいたのだ。
「ライス・バーグ卿……! フレイム支部の、支部長だ……!」
「呪われた神剣を持つ最強の総督って話じゃねぇか!」
「自警団を名乗ったって……俺たち素人に太刀打ちできる相手じゃない。
それに相手にはあのローラン将軍までついてる……いくら夜一様でも……。」
「勝てない」と、皆がそう思い始めた。
夜一がツメを振るうと、バーグはそれを丁寧に神剣で受け止める。
一合、二合と攻防が続く。
バーグは自ら攻撃に転じる様子はない。
ただひたすらに、夜一の攻撃を防ぐだけだった。
そんな中で夜一は、対峙するバーグの表情が気になった。
「……どうして、そんなに辛そうな顔をする。協会の者ならば、任務に従うのは当然のこと。
儂とて戦うのは本意ではないが、御主を恨みはせぬ。」
「こうなったのは……私の責任だからです。」
「何? それはどういう意味じゃ。」
「サンドランドに協会が力を貸せれば、こんな事態にならずに済んだ……。
あの時、私が至らなかったために反体制派を止められず、支部を設立できなかった……。
あの時、私が上手くやれていれば、こうして砂漠の民が苦しむことも、
あの人たちが死ぬこともなかった……。」
「……? そういえば、御主とは以前どこかで会ったことが……?」
夜一は記憶を辿る。
バーグ卿とは、シュウへの依頼のことで初めて会ったとばかり思っていた。
しかし、この目の前の男。
よく見ればそれ以前に確かに会ったことがある。
砂漠から聖水が消え去るよりもっと前に。
ローランとともに、国を支えていたあの頃。
協会のサンドランド支部設立計画が立ち消えになったあの事件。
その中心にいた協会からの三人の使者の中に、この男はいた。
「あの時の使者……! そうか、儂は直接名前を聞いておらなかった故、気づかなかった……!
亡くなったフレイムのオーエン卿の後任に、"新人の副総督"が昇格したと……。」
バーグが終焉の神剣を構え直す。
偉大な先達から永劫の呪縛とともに引き継ぎ、敵になってしまった先達の命を奪った剣を。
「……申し訳ありません。だから、私にはこの砂漠の皆さんからの恨みを背負う責任があるのです。」
エアリア王国 バビロン領 ────
バビロン領は、エアリア王国で一番の商都だ。
宰相であるソフォクレス公の統治のもと、多くの商人がごった返して賑わいを見せている。
世界中に進出する大銀行・コスモバンクの支店も、このバビロンにあった。
というわけで。
俺は今、金を下ろしている。
「ねー。お兄さんまだー?」
「ちょっと待てって。今、お金下ろしてるんだから。」
エンチャントメントを施された機材のおかげで、全国どこでも預金を下ろせるコスモバンク。
画期的な道具の登場で、ほかの銀行は次々と客をとられて、傘下に入った。
もはや、世界経済の中心を占める存在と言っていい。
この銀行の頭取は、世界の王やハンター協会のお偉いさんとも肩を並べる、世界のカリスマ指導者だという。
「どうせ、大した貯金もないくせに。」
うるさいな、コイツ。当たってるけど。
俺はなけなしの貯金を引き出し、財布にしまい込んだ。
銀行から一歩外に出ると、黒づくめのスーツを着込んだSPに囲まれてバビロンの街を歩く男がいた。
「なになに? 何の騒ぎ?」
「んー、どっかのお偉いさんだろ。」
偉くなると、歩くだけで大騒ぎだな。
ま、俺には一生縁がなさそうだ。
「うんうん、そうだろうねー。よくわかってんじゃん。」
「だからお前は、人の心を読むな。」
SPを引き連れている男が叫んだ。
道の向こう側ではあったが、反対側の俺たちにもはっきりと聞こえる怒声で。
「まーだ見つからないの!? 早くアタシのお宝を盗んだアイツを探し出して頂戴!」
……ん。
気のせいかな。
どこか別の場所で別の人が、同じタイミングで叫んでいるんだろう。
全く、ややこしい。
「はっ、チャロス様。今、全力を挙げて捜索しておりますので。」
「遅いっつってんのよ!! 籠手が盗まれてから何か月経ったと思ってるの!?」
……気のせいでは、ないな。
「お兄さん、あの人……おっさんだよね。何で女の人っぽいしゃべり方してんの?」
「狗神くん、見た目で人を判断しちゃいけない。」
「ふーん、ってことはあの人、女の人なの?」
「狗神くん、時代は変わったんだ。世の中にはいろんなタイプの人がいるんだぞ。」
と、半ば自分にも言い聞かせる。
「あぁ……アタシのお宝っ……。今頃アタシに会えなくて泣いてるわ、きっと……。」
おっさん(?)は、大袈裟に涙を流す仕草をし始める。
右手の布で目元を押さえて、実に安っぽい演技だ。
……おいおいおい。
その布、いや、紙。お札じゃねぇか!???
何て札束だっ。
俺はあんな大金、人生で一度も持ったことがないぞ。
「チャロス様、どうか元気を出してください。カジノにでも行ってぱーっとやりましょう!」
「……アンタ、人の傷口に塩を塗ってんじゃないわよ!」
うわーお。
強烈な札束ビンタ。
……人生で一回くらいは俺もされてみたい。
「ねえねえ、あの札束さー、お兄さんの貯金の何倍あるの??」
うるさいな、コイツ。
「そのカジノで……変なババアにボロ負けするわ、籠手を盗まれるわ、
散々な目にあったんだろうが!?」
「もも、申し訳ありません……!」
「……もういいわ。さっさととにかくアイツを捕まえなさい!」
「はっ!チャロス頭取!」
ん? 今、何て……。