第2部 失われた島の冒険録

「本当に、行ってしまわれるのですか?」
「……私には、この砂漠に残る資格はない。」

そう言うと、ローランは夜一に背を向けて歩き出す。

自然とともに人が生きる国。
そんな砂漠の王国に惚れ込んで、命を懸けてこの国を守ると、かつて彼は誓った。

……陛下、お許しください。
陛下とともに作り上げてきた『国』を守ることは、私には果たせませんでした。

「夜一様、コーサラから市民たちがたくさん来ています!」
「みんなクレモニア王がいなくなったって聞いて、大喜びですよ! 早くこちらへ!」
「……あ、ああ。」

……ですが、ご覧ください。
この砂漠に、新しい『国』が生まれようとしています。
きっと彼らは、私たちが目指したような……過酷な自然に負けぬ笑顔の溢れる国を作り上げてくれるでしょう。

「……その時を楽しみにしている、夜一。」

英雄は、静かに砂漠を去っていく。


第10話『月光』

エアリア王国 ダマスクス宮殿 王の間 ────

「陛下。ハンター協会総督、アンリ・ヴァロアです。」

ヴァロア卿の行く手を遮ろうと、近衛兵が襲い掛かる。
相も変わらず、うつろな目。
アスダフの術にやられているんだろう。

ヴァロア卿は兵士の攻撃をさっとかわし、鞘で正確に急所をどつく。……恐ろしい。

「……」

玉座には、豪華な衣服をまとい緑色の宝玉が輝く王冠を身に着ける男が座る。
エアリア王・ダマスクス七世だ。
しかし、王様の目も。

「あー、操られてるねぇ……。」
「やはり、王の変心には裏があったわね。」
「このやり方……アスダフの仕業に違いありません。」

って、ことのようだ。

「さて、陛下に仇なす不届き者はどこかな?」
「……愚かな。ここまでやってくるとは。」

玉座の後ろから黒衣の男が現れる。
間違いない。
砂漠の国で対峙した、アスダフだ。
だが、奴からほとばしる邪悪な気配は、あの時とは比べものにならない。

"影"ではなく、本物だ。

「皆さん、気を付けてください! 奴の力を侮ってはいけません!」

ポティーロさんが警告する。
こちらはすでに全員が戦闘態勢をとっている。
油断などする気はもちろんない。

「フン。お前たちのような者たちと直接戦うまでもない。」

アスダフは嫌な笑みを浮かべながら、すっと右手をエアリア王に向ける。
すると、エアリア王は表情を変えないまま剣を持って立ち上がった。
まるで糸で操られている人形みたいだ。

「……卑怯だねぇ。自分で戦わないつもり?」
「王様を盾にするつもりー!? ずるいぞー!」

攻撃の手段はいくらでもある。
だが、王様を人質に取られている状態の俺たちには下手なことはできない。
もしも攻撃が王様に当たってしまったら……。
それこそ大変なことになる。

「どうしましょう……、ヴァロア卿。」
「さて困ったね。僕は真っ向勝負は得意だけど、こういう状況ではね。」

王様ごと斬る!
……と、言わないだけこの人はまともだった。良かった。
しかし、手の打ちようがないこちらは、万事休すだ。

エアリア王は無言のままでこちらへ向かって歩いてくる。
こちらへ……。

……って、俺っ!?

「お兄さん! 来るよ!」
「おいおいおいっ!」

一閃。

あら、なかなか王様も良い剣筋……。
なんて言っている場合じゃないぞ、これ!

「何で俺なんだーっ!?」
「……うーん、一番弱いと思われたのか。」

腐巫女さん、酷い。
容赦なくエアリア王は俺に向けて剣を振るってくる。
俺は魔法銃しか持っていないから、近接戦になると……!

「お兄さんっ、反撃だよ!」

撃つしかないけど……撃てないじゃないか!
どうすりゃいいんだよっ!?

「撃っちゃダメ、ですよね!?」
「うん、ダメだね。僕も斬るの我慢してるんだ。」
「……」

無言のまま襲ってくる王様。
とりあえず避け続けるしかない……!
避けるのにはちょうどいい鎧を、俺は着ているんだから。

「魔力開放!」

【回避】の力。
……を、発動させるつもりだったんだけど。

「ぐあああああ!!」

突然、まばゆい光が広がった。
俺に襲い掛かってくる王様は光に包まれて、床に倒れる。

「わー、眩しいっ。」
「シュウさん!? 一体何を……!」
「貴様……! 我の力を破ったのか……!?」

何が起こったのかは、俺が一番わかってない。
はっきりしているのは、解放言霊に反応したのは【回避】の鎧じゃなくて……。

碧燕さんからもらった、あのお守りだってこと。


アクアス王国 王国裁判所 大法廷 ────

「ようやく正直に認めたか、パルティア! 陛下、被告人を反逆罪で死刑に処すべきです!」

水竜ガノトトスは存在する。
そして、それを王に隠し続けた。
パルティアの告白に混乱する大法廷に、イハージ公の嬉々とした声が響き渡る。

「……私を裏切っていたのか、パルティア。」
「陛下。申し訳ございません。」

ウォーラーステイン王は木槌を下ろす。
"無罪"、と宣告するために振り上げていた木槌を。

「お前は反逆罪に問われる。……しかし、最後に聞きたい。」
「……はい。」
「なぜ、それを隠していたのだ。逆心は無いというのも嘘か?」
「いえ、そうではありません。陛下や国に対しての逆心など、欠片も抱いたことはありませぬ。」

「嘘をつけ!」と、傍聴席からイハージの怒号が飛ぶ。

「イハージ公、場をわきまえられよ! 今はまだ、審判の最中です。」

一喝したのはエンヴィロン大司教だった。
イハージはエンヴィロンを睨みつけながらも、押し黙る。

「……では、なぜだ。ガノトトスの力を己のために利用したかったのではない、というのなら。」
「陛下。人払いを、していただけませんか。」
「何?」
「ガノトトスの……真実を改めてお伝えします。ですが、それは国の根幹につながること。  公にするべきことかどうかは、陛下に委ねたいと存じます。」
「陛下っ! 罪人の戯言を聞いてはなりませぬ。」

イハージの言葉に、ウォーラーステイン王はしばし考え込んだ。
騒然とする大法廷の中で、口を開いたのはウィンザー検察官だった。

「陛下。人払いをいたしましょう。……パルティア公の話を最後まで聞くべきかと。」
「ウィンザー! 貴様!」
「……ですが、検察官として私と。そして、告発者たるイハージ公は残す。それでいかがですか?」

その言葉にイハージは再び黙り込む。
傍聴席にいた母・ウィンザー総督は、ふっと笑みを浮かべた。

「私は、それで構いません。イハージ殿にも聞いてもらいましょう。」
「……良かろう。検察官の意見を採用する。イハージを残して、皆外へ出るのだ。国王命令である!」


エアリア王国 ダマスクス宮殿 王の間 ────

……

「どうか道中、この月のアミュレットの加護がありますように。」

……

ご加護ありまくりですよ、碧燕さん。

このお守りに施されたエンチャントが何かはよくわからないけど、 王様に纏わりついていたアスダフの邪気が払われたのは確かだ。

「奇妙なエンチャントを。……もう、その男に用はない。」

アスダフはエアリア王に向かって邪悪な魔力の塊を放った。
が、すんでのところで王様の体を淡い光を帯びたオーラが覆う。

「あっぶなー……。間に合ってよかったけど。」
「ナイスだ! 狗神!」

こういう時は、俺の相棒が頼りになる。
ヴァロア卿はあの美しい剣が鞘から抜いた。
あの剣はグランマスターソードというそうだ。

「さて、アスダフ君。これで陛下はもう盾にはできないよ。……覚悟してもらおうか。」
「覚悟? ククク……。愚かなお前たちはみな、我が人形になるのだ。」

奴が両手をこちらに向けると、膨大な魔力が集まっていく。
これはマズそうだ。

「先に、斬る!」

ヴァロア卿の言葉を合図に、俺たちは一斉にアスダフに攻撃をしようと殺到する。
しかし。

「闇の力を見よ……!」

放たれた邪悪な魔力の嵐は、凄まじかった。
狗神のオーラが俺たちを包み、九死に一生を得たが、 オーラの外にあった王の間の調度品は粉々に砕かれてしまった。

「これじゃあ、アイツに近づけない……!」

狗神のオーラも長くはもたない。
……そして、アスダフの魔力は尽きる気配がない。
このままでは。

そう思った時だった。
アスダフの放つものとは別の、魔力の嵐が宮殿中に広がったんだ。