第2部 失われた島の冒険録

一寸先も見えぬ深い闇に覆われた祭壇の最深部。
そこに、思わず目も眩む閃光が走った。

月光よ、アスダフの姿を捉えてくれっ!
「何だこの光は……!?」

光の中心には、魔銃を構えるシュウの姿。
銃からはいつもの魔弾ではなく、まばゆい光が放たれる。
その一筋の光はシュウの言葉に応えるように、一直線に闇の奥を照らし出した。
そこには、アスダフの姿があった。

『やった!』
「一か八か、上手くいったじゃないか。」

月のアミュレットに宿りし、【ライト】の力。
碧燕によれば、このエンチャントは月の光が物事の “本質” を露にするという。
ダマスクス宮殿の戦いでは、シュウはこの力でエアリア王を邪気から解き放つことに成功した。
それは、眠らされた “王の本来の人格” を月光が露にしたことによるものだった。

……

「……もしかすると、このアミュレットはロドスの戦いでシュウさんの “武器” になるかもしれません。」

……

この力がアスダフとの戦いにおいて有益であると見抜いた碧燕は、
シュウたちがロドスに向かう直前に魔銃にある “細工” を施した。
アミュレットに込められた【ライト】のエンチャントを、シュウの持つ魔銃に移し替えたのだ。


第25話『雲外蒼天』

ロドス王国 封印の祭壇 最深部 ────

「何故、我が禁術が通用せぬ……!?」
「いくら闇に姿を隠しても、 “ここにお前がいる” という本質を変えることはできない。」
「お月様の下でかくれんぼしたって、アンタに勝ち目はないってことだね。」

アスダフとの戦いはこれで三度目。
禁術・闇隠れをアスダフが使ってくるのは予想ができていた。
理屈上は、【ライト】の力でアスダフの姿を露にすることはできるはずだった。

『まー、本当に上手くいくかはぶっつけ本番だったけどさ。』

理屈はあったが、実際試したことはなかったからな。
でも、上手くいった。
これでアスダフを守る闇は晴れたも同然だ。

「クッ……人間ごときが……!」
「……でもさ、お前も、人間だったんだろ?」
「違う、我は……! 我は……。」

ロータスさんから聞かされたアスダフの素性。

「我は……何者なのだ……?」

かつて、アスダフは王国に仕えてこの祭壇を守る神官だったという。

……

「でも、アスダフもARMSみたいに瘴気から解放できるんじゃないですか?」
「それは無理だ。アスダフは “喰われ” てしまっている。我らに救う術はない。」

……

徐々にその心を"喰われ"、空っぽとなったアスダフの身体は祭壇に封じられし存在の手足として奪われた。
ただ、 “封印を解放するため” だけに動く傀儡として。

「もう、自分のことも思い出せないんだな……。」
『いろいろあったけど、可哀そう……かも。』
「だったら、せめてさっさとこんな趣味の悪い “人形遊び” から解放してやりな。」

そうだ、俺たちにできることはそれくらいしかない。
元の人格に戻ることはないかもしれない。
でも、本来の意思に反して傀儡として操られることは止められるはずだ。

この、【ライト】の力が込められた魔銃を使えば。

「さよならだ、アスダフ。本当の貴方と話してみたかったな。」
「何を……邪魔は、させぬ。闇の力を見よ……!」

アスダフの両手に膨大な魔力が集まり、魔力の嵐が放たれる。

『させないよっ!』

しかし、俺たちには届かない。
ダマスクス宮殿で戦った時より、明らかにアスダフの力は落ちている。

「さあ、ケリをつける時だ。」

腐巫女さんに背中を押され、俺は銃を構える。

明らかに疲弊しているアスダフは、エアリアのときのように魔力を集め続けることができない。
やがて、アスダフの放つ邪悪な魔力の嵐が止んだ。
その一瞬を逃さず、狗神がオーラを解除する。

魔力開放! ……【ライト】!

月の光を帯びた魔弾が、アスダフを撃ち抜いた。


ロドス王国 封印の祭壇前 ────

「こ、ここは……。殿下……?」
「あら、お気づきになりましたか。」

長らく意識が飛んでいたからか、男は虚ろな目で辺りを見渡す。
しかし、そんな状態でも開口一番に主君のことを口にする辺り、 この男は根っからの忠義者なのだとプルートには感じられた。

「貴方は……?」
「私はハンター協会のドルチェ・プルートと申します。」
「ハンター協会……? それは一体……。それより、殿下は!? ロータス様は?」

アスダフの邪気にあてられて、随分と長い間正気を失っていた男だ。
状況が全くつかめないのも無理はない。

「もうじき、皆様戻られるでしょう。ほら……空を見上げてみてください。」
「……?」

ロドスの上空はいつも淀んだ空気に覆われていた。
しかし、今は徐々にその空気が晴れていっていた。
まだ空は薄っすらと霧のようなものが残っているが、直にそれも消え去ることだろう。

「瘴気が晴れている……。では、殿下が “大封印” を?」
「恐らく、上手くいったんでしょうね。それに、アスダフも討ち取ったのでしょう。」
「そう、ですか。アスダフも……。」

男は複雑な表情を見せる。それも無理はない。
アスダフは男にとってかつての同志なのだ。

「貴方達が殿下に力添えしてくださったのですな。
 ……どうやら、部下たちも助けていただいた様子。申し遅れましたが、私はクレア。
 ロドス王国軍の将を務めております。貴方達は “ハンター協会” 、でしたか。」
「ええ。私たちハンター協会はインナーフィーアの組織です。縁あって、お手伝いしています。」
「そうでしたか。では、あちらから来られたのですな。」

「…… “あちら” ?」

訝しむプルートに、クレアは大きく頷き空を示す。
ロドス上空を覆っていた薄暗い霧はついに晴れ渡り、今まで “見えていなかった” 景色が露になっていた。
霧の晴れた空を見上げるプルートの目に映ったのは、紛れもなく。

「これは……ヴァロア卿が、悔しがるでしょうね。」


ロドス王国 封印の祭壇 最深部 ────

「皆さん、ご無事ですかっ!?」

大きな声に、俺たちは祭壇の入り口を振り返る。
“大封印” の強化を終えたロータスさんとポティーロさんが部屋に雪崩れ込んできたところだった。

「こっちは何とか、ケリはつきました。」
「できるだけの【回復】のエンチャントは試したよ。
 命はあるみたいだ。……もとには、戻らないかもしれないけどね。」

アスダフは【ライト】の力を込めた魔弾を受けると、 そのまま眠るように床に大の字になって倒れ込んだ。
傷口は腐巫女さんが塞いだから命に別状は無いみたいだけど……、あれから意識は戻らない。

ロータスさんは静かに倒れるアスダフに歩み寄り、

「アスダフ。……守ってやれず、すまない。」

と、一言だけ声をかけた。
その言葉にも、彼は反応しない。

「瘴気が治まったということは、 “大封印” は……?」
「ああ、強化した。これで瘴気が漏れ出ることも無いだろう。
 ……アスダフが倒れた今、島中を覆っていた邪気もやがては晴れよう。」

良かった。
じゃあ、ペン太や外で戦う夕霧さん達もこれで……。

「本当にありがとうございます。皆さんの協力が無ければ、ここまで来れませんでした。」
「その通りだ。ロドスの民を代表し、礼を言う。……ありがとう。」

ロータスさんとポティーロさんは俺たちに深々と頭を下げる。
二人から感謝の言葉を直球で投げ込まれ、ちょっと照れてしまいそうになる。

『でしょー! もっとお礼を言ってくれてもいいんだよっ。』
「こら、調子に乗るなっ!」
『まー、でも、ここまで来たのはぽちさんが頑張ったからだよね。
 アスダフを追い詰められたのは、ぽちさんの頑張りじゃん?』

こいつ、たまに良いこと言うよな。
狗神の言う通りだ。

「そうですよ。サンドランドで “影” を倒せたのも、エアリアからアスダフを追い払えたのも、  俺たちがロドスに来られたのも……。全部、ポティーロさんが諦めなかったからですよ。」
「ま、そういうことだね。私らは力を貸しただけさ。アンタの部下を褒めてやりなよ。」

ロータスさんはフッと笑って頷いた。
……いつも真剣な表情を崩さなかったから、笑ってるとこ初めて見た……。

「そうだな。俺の指示を聞かずにインナーフィーアへ行った時は、どうしてくれようかと思ったが。
 ……ポティーロ、お前のその頑固なまでのロドスへの忠誠のおかげだ。感謝している。」
「か、閣下……。ありがたきお言葉、身に余る光栄です。」

ポティーロさんの目にはうっすらと涙が浮かんでいる。
凄いよなぁ。単身でインナーフィーアに乗り込んで、アスダフを追いかけて……。
夕霧さんといい、ロドスの人って本当に忠義者が多いな。

「さて、そろそろ外に出ようじゃないか。あのペンギンにも魚、食わしてやらなきゃね。」
『あ、そうだよー! ペン太にもお礼を言わなきゃだよ。』
「だな。プルートさんたちにも無事に終わったことを知らせなきゃ。」

アスダフを倒したことや、 “大封印” の強化に成功したこと。
作戦がすべて成功したことをみんなに伝えないとな。
……と、思っていたんだけど。

「ああ、それなら……恐らく知らせるまでもないだろう。」
「え?」
「きっと外でも瘴気と邪気が晴れているはずです。上手くいったことは伝わっていると思いますよ。」
『なーんだ。これでもかって言うくらいのドヤ顔で言いたかったのに~。』

不満顔は天下一品な狗神くんだ。
……ま、正直俺も、ちょっとドヤ顔で「上手くいった」と言いたかったんだけど。

「今頃は、空の鬱蒼とした霧も晴れて君たちの故郷がよく見えていることだろう。」
「ですね。今頃はインナーフィーアがよく見えているでしょう。」
「…………ん? どういうことだい?」

意味が分からないのは腐巫女さんだけじゃない。俺もだ。
……空が晴れて、インナーフィーアが見える?
狗神も「?」が500個くらい浮かんでいそうな表情だ。

「君たちはインナーフィーア…… “上” から来たんだろう?」

『「「……"上"?」」』

思わず、3人で声が揃った。