第2部 失われた島の冒険録

「貫け! 真理の光芒!」

詠唱と同時に白い魔石から、眩い光の刃が現れて尖兵たちを薙ぎ倒していく。
プルートは王宮を出発し、シュウと狗神のコンビと神殿へ向かっていた。
道中で黒翼の魔物を発見した三人は、再び二手に分かれることを選択する。

尖兵を統率する魔物をシュウたちに託し、プルートは平原の尖兵たちを倒しながら西へ向かっていた。
目的はロドス軍の指揮官であるロータスの救援だ。
ポティーロの話によれば、彼がロドス島の人々の精神的な支柱なのは間違いない。
ロータスをここで失っては、わざわざこの島へ転移してきた意味が無くなってしまう。

前を遮る悪魔の尖兵たちは、数こそ多いがプルートには大した脅威ではなかった。
マナを通じてこの世界を構成するエレメントを行使していく。
様々なエンチャントを操る協会の面々の中でも、彼女の戦い方は異質だ。

業火、吹雪、稲光、光刃、地震。

あらゆる自然の力が、プルートの行く手を遮るものを葬っていく。
尖兵が薙ぎ払われると、遠方に遺跡のような場所が見えてきた。

「あれがポティーロさんの言っていた祭壇でしょうか?」

それらしき場所の前で、同じ格好で身を固めた兵士たちが向かい合っている。
恐らく、アスダフの操る兵士たちとロータスの率いる兵士たちだろう。

「良かった。間に合ったようですね。」

プルートは悪魔の尖兵の骸を踏みつけながら、優雅に平原を進んでいく。
《ストーン・コレクター》、ドルチェ・プルート。
《協会の剣》と名高いアンリ・ヴァロア卿が認め、頭が上がらない副官だ。


第17話『合流』

ロドス王国 ワールシュタット平原東部 ────

「なるほど、大体の事情は把握しました。ポティーロは無事なのですね。」

夕霧さんは相変わらず表情を変えないけど、声色から安堵の感情が伝わってくる。
ポティーロさんのことを大事な仲間だって想っているんだろうな。

「うんうん。今頃、お友達と王宮の前で暴れ倒しているんじゃないかなー。」
「バハムートとか、結構心強い仲間がいるみたいですからね。……で、ここからどうしますか?」
「そうですね。方針を決めなくては。」

夕霧さんは西の方角に目をやる。
恐らく、ポティーロさんが話していた神殿があるんだろうな。
ということは、ロドス島のリーダーであるロータスさんがいるってことか。

「俺たちは、ロータスさんを救援するよう頼まれて神殿に向かってたんです。  プルートさんっていう物凄く強い女性が先に祭壇へ向かってくれていますが……後を追おうと思ってます。」
「ま、アイツがいるのも神殿だし。その為にこの島に来たからねー。」
「閣下の救援を? それは助かります。お二人に祭壇に向かってもらえるなら、私は平原に残りましょう。」
「え? 一緒に来ないんですか?」

驚いた。
てっきり、主君を助けに一緒に来るもんかと……。

「無論、閣下をお守りするのは我が役目です。しかし、平原にはまだ敵の軍勢が跋扈しています。」

ううむ、確かに。
指揮官である黒翼の剣士はやっつけられたけど、悪魔の尖兵たちはまだまだ残っている。
統率は失われたとはいえ、放っておくわけにもいかない。

「敵軍勢を壊滅し、平原を制圧する。……それが、結果的に閣下の背を守ることにもつながる。  閣下は易々と敵に後れを取る方ではありません。挟撃の状況を打開することが優先と判断しました。  それに、シュウ殿や狗神殿も味方してくれるならば、私がいなくても大丈夫でしょう。」
「それは……なるほど。」
「うんうん!! もう僕たちがいれば問題ないからねっ。」

なんか、俺たちの凄く評価が高い気がするけど……。
さっき黒翼の剣士を倒したのは、夕霧さんなんだけどなぁ。
俺たちはそのサポートをしただけで。

「閣下を、お任せしてもよろしいでしょうか?」

そう言われると……。

「……はい、わかりました。必ず、お助けします。」

……としか、言えないよな。

「任せといてー!」

いいよな、コイツは……楽観的で。
その前向き思考は学ぶところがあると、たまに思うけど。
夕霧さんに軽々と言い放つ狗神だったが、突然何かに気づいたようにくんくんと鼻を動かす。

「!? ……お兄さんっ、何かが、来る!」
「何か……? おい、一体どうしたって……」

最後まで言い終わる前に、轟音が鳴り響いた。
地鳴りかとも思った。
だが、悲鳴にも思える。

何の音なのかはすぐにわかった。
三体の異形の魔物がこちらに向かっていた。

「何だ、あいつら……? 普通じゃない……!」

奴らは、普通の魔物ではない。
それは俺にもわかるほどなんだから、よっぽどの禍々しい気を放っていた。

「島の瘴気を……。奴の狂気に魅入られたのか……?」

夕霧さんはそうつぶやくと、世界樹の杖を構える。
島の瘴気? 奴の狂気?
さっぱり、何のことはわからなかったけど、味方ではないってことだよな。

「お兄さん、どうする!?」
「どうするって言っても……戦うしか、ないよなっ!」

俺は懐から魔法銃を取り出し、エンチャントを解放する。
魔弾は先頭を走る異形の魔獣に当たった……ように、見えたんだけど。

- He took his vorpal sword in hand♪

何だ、今のは?
どこからか、声が聞こえた気がする。

「ちょっとー! しっかりしてよっ。当たってないんじゃない!?」
「……あ、ああ。ごめん……。」
「よーし、今度は僕だ!」

狗神が放った魔力の塊が、兎のような異形の魔物に向かっていく。
今度こそ、確実に。

- It’s♪ it’s a very fine day♪

不思議なことに、魔物の周囲で爆音とともに砂ぼこりが舞った。
……弾かれた、のか?

「……うっそ。」
「一筋縄ではいかないようですね。【スペルブレイカー】!」

夕霧さんが解放言霊を唱えると、杖からマナの鎖が伸びていく。
馬に乗る異形の兵士に鎖が絡まった。

「うまくいったか!?」

- And what it is you do♪

鎖がはじけ飛んだ。
一体、何なんだ。こいつらは……!?

俺たちのあらゆる攻撃が通用しない異形の魔物たち。
焦りを感じながら、次の手を必死で考える俺たちをよそに……。

「……襲って、こないね。」

三匹の魔物はそのまま俺たちを素通りしていく。
俺たちのことなど全く意に介した様子がない。

「何なんだ、アイツら!? 明らかに普通の魔物じゃないよな……?」
「……敵意があるかはわかりませんが、奴らが向かうの閣下のいる祭壇の方角です。放ってはおけません。」
「止めなきゃ、だよね。」

封印の祭壇へ向かおうとしたまさにその時だった。
俺たちの耳に聞き慣れた声が飛び込んできた。

「待ちなっ! アイツらは私が何とかする!」


ロドス島 封印の祭壇前 ────

ロドス島の最西端・封印の祭壇の入り口。
そこでは正規兵とアスダフの操る兵士たちのにらみ合いが続いていた。

「報告します、ロータス様! 平原東部より、ポティーロ様の使いの方がこられました!」
「ポティーロの……? 戻ってきたのか? よし、通せ。」
「はっ!」

そんな中で、ロータス率いるロドス王国軍と合流したのはプルートだった。
尖兵がひしめくワールシュタット平原を突破し、ようやくロドスの事実上のリーダーと対面を果たす。

「お初にお目にかかります。私はハンター協会・エアリア支部のドルチェ・プルート。  ポティーロさんのご指示により、ロータス殿を救援に参りました。」
「ハンター協会とは、大陸の組織か? ポティーロの仲間であれば、信用してもよかろう。……あいつは?」
「ポティーロさんは、リーグニッツ王宮に残られ、魔物たちから王宮を防衛していますわ。」
「……なるほど、詳しいことは後で伺うとしよう。そろそろ、動くようだ。」

ロータスが目をやると、封印の祭壇から青白いマナが大量に放出された。
マナは異界の門を作り出し、そこから白龍が現れる。

「あれは……敵の使役する龍ですか。」
「いかにも。俺の部下としては有能だが、敵に回ると厄介な力を持っている。」

白龍は大きく咆哮した後、口から強烈な吹雪を吐き出した。
祭壇の前を凍てつく冷気が吹き荒れていく。

「では、さっそく私がお手伝いいたしましょう。」
「ほう。わかった、頼めるか。」
「お任せを。」

プルートは右手を前に突き出し、白龍が吐き出す吹雪に狙いを定める。

「拡がれ!」

詠唱と同時に、赤い魔石が世界を構成する炎の要素を引き出す。
薬指に光る魔石から吹雪に対抗する熱波が辺りに拡がっていき、凍てつく冷気を払いのけた。

「自然界のエレメントを引き出すとは、面白いな。エンチャントとは異なる力か。」

しかし、白龍は動じない。
強い魔力を両腕で凝集させると、巨大な魔力塊をいくつも隊列に向かって投げつけた。

「手法を変えてきましたか。……貫け! 真理の光芒!」

平原で尖兵を薙ぎ払った光刃が魔力塊に殺到する。
多くの塊は宙で爆発していったが、打ち漏らしたものがロータスたちの近くへと迫った。
すると、ロータスは自ら魔力塊の方へと歩いていく。

「ロータス殿!?」
「心配はない。」

ロータスは魔力塊が落下するその場所にただゆっくりと歩いていく。
そして直撃したかに見えた瞬間に、轟音を響かせて塊は消えた。
後に残ったのは、まるで何事もなかったかのようにその場に立つロータスの姿だけだ。

「い、一体何が……?」
「クレア。お前も学習しないな。俺にその程度の攻撃は無力だ。」

事態を呑み込めないプルートをよそに、ロータスは白龍を操る男に声をかける。

「……」
「俺の力を忘れるな。忘れているというのなら……思い出させてやろう。