第2部 失われた島の冒険録

「操られている人々を救うためには、アスダフ本人を叩くしかないと思います。」
「それが早そうだ。いずれにしてもエアリア王の近くにそいつがいるのなら、早く王を救出しないとね。」

王領ダマスクスの郊外にある廃屋。
その一室で、俺たちは顔を突き合わせて話し合っていた。

「ま、雲姉さんが映し出したんなら、間違いないでしょ。」
「そうだな。あの力は、本物だ。」
「なるほど。余程、その雲姉さんとやらは信用できる人のようだね。」

ヴァロア卿は雲姉さんのことを占い師か何かと勘違いしているらしい。
まあ、人って言うか……。
うーん。説明するのは今は面倒だ。置いておこう。

「問題は、宮殿の内部に侵入する方法です。」
「宮殿前は兵士で埋め尽くされてるしねー……。強行突破しかないかな??」
「ああ、そのことなら心配はいらない。もうすぐ帰ってくるからね。」
「もう帰ってきてるわよ。」

腐巫女さんだ。
手には地図、だろうか。

さて、何で俺たちはこんなところで、こんな話し合いをしているかと言うと。
話は数日前に遡る。


第09話『教皇の告白』

エアリア王国 王領ダマスクス 宮殿前 ────

「エアリアの兵士さんが何で俺たちを攻撃しようとするんだ……!?」

兵士たちは無言を貫き、うつろな目。
とても正気とは思えない。
でも、ただこっちも黙って捕まるわけにもいかず、抵抗するほかない。

ヴァロア卿も最初は兵士たちを斬る気満々だったが、

「さすがに兵士を斬っちゃったらやばいんじゃないの?」

という、案外冷静な狗神の言葉に剣を鞘に納めた。
そして今は剣を鞘に入れた状態で不満そうに兵士をどつき回している。
ああ、名剣が泣いている……。

「やはり、エアリア王の変心には魔の者が関わっているとしか思えないな。」
「魔の者、ですか。」
「……あのさ、お兄さん。実は気になってたんだけど。」
「ん?」

狗神が鼻をくんくんさせる。
こういうところは人の姿をしていても、「犬だなぁ」と思わせてくれる。

「宮殿から匂うんだよね。」
「何がだ?」
「あいつの匂い。……あの砂漠で倒した。」

アスダフ。そう呼ばれていた男のことだろうか。
しかし、あいつは確かに倒したはずでは……?

「そういえば、君たちが倒したというその男。"影"と言っていたね。シュウ君。」
「……そうか。じゃあ、もしかしたら宮殿にいるのは……。」

"影"ではなく本物?
だとしたら、本当にマズい。
狗神は魔力の塊を放ち、エアリア兵を吹き飛ばしながら首を傾げる。

「でもさー、あいつだとしたら、何でわざわざこんな風に人を洗脳するのかな?」
「どういうことかな? 狗神君。」
「いや、魔物くらいいっぱい従えてるだろうから。  エアリアを襲いたいなら、こんな面倒なことせずに魔物を使えばいいのにね。」

ふーむ、それは確かに。

その方が正直、俺たちにとっても脅威だっただろう。
操られている様子の兵士たちは統率は取れているが、正直そんなに手強いと感じない。
それなら街中に魔物を大量に放された方が、危険だ。

「それもそうだな。そのアスダフ君は、何か"破壊"とは別の目的があるのかな?  ……にしても、キリがない。これじゃあ宮殿には近づけないな。」

迫りくるエアリア兵の鳩尾を鞘でどつきながら、ヴァロア卿も首をかしげる。

"破壊"とは別の目的。
わざわざ、人を操って何がしたい?
エアリア王も操っているのだとしたら、"支配"することが目的か?
……いや、ならサンドランドでの"支配"とはかけ離れた行動は何だったんだ。

ん? 待てよ。
確か、夜一さんが言ってたっけ。

……

「何の為にこの砂漠にそのような事をした!?」
「…………災厄をもたらせば、“絶望”が得られる。」

……

災厄をもたらせば、"絶望"を得られる。
そうか、アスダフの目的は"支配"ではなくて……。

「"絶望"の念を集めること、それが奴の目的です!」

俺が言いたいことはまさに、それだ!
……そして先に言われてしまった。

「あ、ぽちさんじゃん!」

威厳を放つでっかい龍に乗って現れたのは、ポティーロさんだった。
うわぁ……、物語の主人公感が凄い。

「狗神くんまでそんな呼び名を……。とにかく! シュウさんたちも乗ってください!  バハムートの背に乗って一度ここから離脱します!」
「へえ、異界の龍王か。シュウ君の友達は、なかなか個性が強い人が多いみたいだね。類は友を呼ぶのかな?」
「それは、どうも……。」

俺たちはバハムートの背に飛び乗った。


アクアス王国 王国裁判所 大法廷 ────

裁判官の席には、アクアスのウォーラーステイン王が御自ら座っている。
百名以上の傍聴人が入る、王国で一番の大法廷。

しかし、この日は一般の傍聴人はいない。
傍聴席に座るのは、アクアスの政治を取り仕切る貴族たち。
御三家の一人で告発者であるクシャトリヤ・イハージ公の姿もある。

「被告人、バラモン・パルティア。前へ出よ。」
「はい。」

被告席には、水竜神団の頂点であるパルティア教皇。
傍聴席から心配そうにエンヴィロン大司教が見つめている。
大司教も教皇とともに逮捕されたが、証拠不十分で無罪判決を受け釈放されていた。

「ウィンザー検事。求刑を述べよ。」
「はっ、陛下。」

検察官席には、リチャード・ウィンザー検察庁長官自らが立っていた。
母でありハンター協会アクアス支部長のエリザベス・ウィンザー総督も傍聴席にいる。
息子であり、ウィンザー家の現当主。そして自身の後任である検察庁長官を見つめていた。

「我々は全力で調査をいたしましたが、反逆罪を立証できるに値する証拠は見つかりませんでした。」
「バカなことを言うな! 確かに、こやつはガノトトスを隠しているのだ!」
「しかし、イハージ公。その証拠は見つかりません。貴方は見つけられたのですか?」
「……」
「相手が御三家の一角でも、水竜神団の教皇でも、我らアクアス検察庁は容赦いたしません。  ですが、現時点で反逆罪の証拠が見つからぬのは確かです。  従って検察側は被告人、バラモン・パルティアに"無罪"判決が妥当かと考えます。」

傍聴席がどよめいた。

「……わかった、ご苦労。これ以上の審議は無用であろう。」

エンヴィロン大司教は安堵の表情を、イハージ将軍は憤怒の表情を浮かべる。
ウィンザー総督は、表情を変えない。

「お待ちください。」

木槌を手に取った王を遮ったのは、他ならぬパルティア教皇その人だった。

「私には告白すべき事実があります。」
「何? まさか逆心を認めるのか?」
「いえ、そうではありません、陛下。ですが、黙ったまま判決を受けるわけには参りません。」
「検察官はどう思う。」
「はっ。結審する前です。被告人の言葉は、最後まで聞くべきかと。」
「……そうだな。よし、パルティア。述べよ。何を告白するというのだ。」

まさか、とエンヴィロンは立ち上がる。
教皇が述べようとしている事実は。

「教皇猊下! お待ちを!」

そんなことを言えば、教皇の身の破滅になる。
大司教は決死の想いで声を張り上げたが、周囲の警護官に取り押さえられてしまった。
その様子を横目で見たパルティアは、「すまない」と小声でつぶやいて王の方に向き直る。

「イハージ公の仰る通り、私たちは式神・ガノトトスを発見いたしました。  そしてそれを今日まで……陛下に隠しておりました。」

大法廷は騒然となった。


エアリア王国 王領ダマスクス郊外にある廃屋 ────

ポティーロさんの召喚獣・バハムートに助けられ、俺たちはこの廃屋に身を隠したってわけだ。
これまでのお互いの経緯を説明しあい、ヴァロア卿の指示を受けた腐巫女さんの帰りを数日間待っていた。
しかし、砂漠でまたそんなことが起こっていたなんて……。
でも夜一さんたちが無事で何よりだ。

「さて、これが宮殿への隠し通路を記した地図よ。  郊外にあるこの山の中腹に、地下通路への入り口が隠されているようね。」
「すごーい! 昔の王族の緊急時の避難経路ってところなのかなぁ。」
「まあ、そんなとこだろ。」

地図によれば、地下通路を進んでいくと宮殿の地下牢に出るようだ。
そこから上階へ登っていけば、王の間にたどり着くことができそうだな。

「宮殿内は正気を失っているエアリア兵でいっぱいでしょうね。」

ポティーロさんは複雑な表情を浮かべている。
そうか、故郷の島でも……同じ目にあった人たちがいるんだっけ。

「だろうね。斬っちゃ……ダメだよね。」
「ダメに決まってんでしょ。」
「やだなぁ、確認しただけさ。一応。」

本当にこの人、"協会の剣"って呼ばれてる人なんだよな……?
ただの人を斬りたいヤバい人じゃないよな……?
……と、俺が不安になっていると、狗神は広げられた地図を手に取ってこれ以上ない笑顔を浮かべる。

「よーしっ、潜入大作戦だねっ!」

なーんでこの子は、こんなに楽しそうなんだろうね。