第2部 失われた島の冒険録

「無効……!?」
「な、何だってんだい、これは……。」

"地獄の炎"は異形の怪物にはまるで届いていない。
いや、「届いていない」というわけではない。
炎は異形たちに届いてはいるのだが、淀んだ瘴気に弾かれていた。

「おい、お前たち! 私の声が聞こえないのかいっ!?」

腐巫女の声が虚しく平原に散っていく。
いつもならば、届くはずの腐巫女の声が今のARMSには届いていない。

- He took his vorpal sword in hand♪
- It’s♪ it’s a very fine day♪
- And what it is you do♪

……いや、届いていないのか、腐巫女の声はもはや異形たちには無意味なのか。
異形たちは腐巫女の呼びかけに何の反応も見せない。
代わりに、あの不思議な声が相変わらず不気味に響き渡るだけだった。

「再度……!」

白翼の戦士は再び蒼剣を地面に突き刺し、黒い陣を刻む。
呼び出された"地獄の炎"は先ほどよりもさらに闇のような漆黒色に染まっていた。
戦士が剣を引き抜き、大きく振り下ろす。
漆黒の炎はそれを合図に、再びARMSに向かって殺到していく。

その時だった。

《力が欲しいか》

今までとは違う。
はっきりとした声だった。

「誰だい……? これも、お前たちなのかい?」

《もう一度、問う あの男を破る力が欲しいか》

「……? 確かにアイツは敵だけど……倒せるのかい?」

《我らに願え 力が欲しいならば》

白翼の戦士と対等に戦うためには、ARMSたちの力が必要不可欠だ。
腐巫女にとってはARMSは戦闘のパートナーであり、攻撃の要だった。
ARMSに何が起こっているのかは把握しきれないが、本来の目的は敵将の撃破。

「……とにかく、倒せるんだね。アイツが。なら、力を貸しとくれ!」

《よかろう 力が欲しいのなら…………》

バラバラだった三つの声が、一つに重なっていく。

《くれてやる!!》


第18話『共振』

ロドス王国 ワールシュタット平原東部 ────

「それで、あの黒翼の魔物を討ち取ったということですか。」
「……私じゃない。アイツらがね。」

あの異形の怪物は、腐巫女さんのARMSたちだったのか……。
何度か見たことがある彼らの姿とは、全く違っていたからわからなかった。

「この島の淀んだ空気……瘴気、っていうの? これが影響を及ぼしちゃったのかなー。」
「そうかもしれません。島には邪悪な者が封じられています。  今は閣下により封じられていますが……その者の残り香ともいうべき淀み、それが瘴気です。」
「アイツらを元に戻す方法無いのかい?」

戦士が弾き返された"地獄の炎"にのみ込まれて倒れた後、腐巫女さんはARMSに何度も呼び掛けた。
けれど、彼らは聞こえていないかのように祭壇の方へと走り出したそうだ。
それがさっきの状態、ってわけ。
俺たちのことも全く無視だったもんな。

「でもでも、ARMSは何で祭壇に向かって突っ走ってるんだろ?」
「……それは確かに。何でだろうなぁ。」
「瘴気は祭壇から漏れ出ています。恐らくは、そのせいかと。」

我を失って、ただただ祭壇に向かって走り続けている。
瘴気の濃い方へと本能的に向かっている、ということなんだろうか。

「完全に暴走してるって感じだったもんね~。」
「腐巫女さんの声が届かないってのは重症ですね。その瘴気ってのを何とかできないんでしょうか?」
「瘴気は普段は閣下の封印で抑え込まれています。  しかし、現在はアスダフが現れ、平原にも邪悪な魔物たちが跋扈している状況ですから……。」
「……この島の問題を解決しなきゃ、無理ってことかい。」

夕霧さんは目を伏せて、頷く。

「残念ながら、現状で考え付く策はそれだけです。」

……じゃあ、やっぱり一刻も早く祭壇に行くべきってことか。
今、プルートさんが先行して向かってくれているはずだ。

「とにかく、私は急いでアイツらを追うよ。何か方法があるかもしれない。」
「俺たちも祭壇に向かうところだったので、一緒に行きます!」
「では、そちらは頼みます。私は……予定通り、閣下の背を守ります。」
「うーん、忠義だねぇ~。泣かせるねぇ~……いでっ。」

茶化すな。
心でツッコミを入れながら、俺は無言で狗神をどついていた。

「……そこは、声に出してよ……。」


ロドス王国 リーグニッツ王宮前 ────

「では、ポティーロ殿! お気をつけて!」
「後はお願いしますね。」

王宮前の尖兵たちを壊滅させたポティーロは、 ロータスたちと合流すべく祭壇に向かうため、護衛兵たちに別れを告げる。

『まさか、あれほどの尖兵たちをこんな短時間で……大した力だ。』

ポティーロを背に乗せたバハムートは、そう感嘆の声を漏らす。
自他ともに認める最強の龍たるバハムートが他者を認めるのは珍しい。

「そうだね。僕も正直びっくりしたよ。」

平原に無数に転がる尖兵の骸は、黒く焼け焦げていた。

『しかし、どこでこんな強力なものを。これでは龍王様のメンツも丸つぶれだね。』
『……何でそこで俺なのだ。お前も人のことは言えまい。』

それはバハムートの炎や、水晶竜の凍てつくブレスによるものではない。

「凄いだろー!? 俺は群れ一番の戦士だー!!」

ポティーロもバハムートも水晶竜も、みな驚きを隠せない。
これはペン太の攻撃によるものだった。

「この剣、友達が貸してくれたんだー!! 俺は友達が多いからなー!」

ペン太の持つ剣は、常に眩い光を放っていた。
そこらのエンチャントでは太刀打ちできない、強力な雷の力。
その力を使ってペン太は平原の尖兵たちを一網打尽にしてしまったのだ。

ちなみに、彼はこの力を使って故郷で魚をたくさん獲っているという。

「友達、か。君もなかなか頼もしい友達がたくさんいるみたいだね。」

バハムートや水晶竜に、時間を操る悪魔・グリール。
ポティーロも頼れる友達は多い方だと自認していたのだが、どうやら認識を改めた方が良いらしい。

「おー! 俺とお前も友達だー! 頼ってくれていいぞー!!」
「それは、どうも……心強いですね。」

封印の祭壇の方からは禍々しい瘴気が濃くなっている。
ペン太を加えたポティーロたちは、空へと翔けだした。

「急ごう。嫌な感じがする。」


ロドス王国 封印の祭壇前 ────

「……【無言の圧力】。」

クレアはそう呟くと、宙に向かってさっと右手を挙げる。
それが合図となったのか、白龍は魔塊を放つのをやめた。
ロータスの纏う漆黒の闇法衣には、解放言霊を必要とせず能力を発動できるエンチャントが込められている。

それが、【無言の圧力】。
一族に伝わる封印術と法衣に込められたエンチャントが継承者を守る見えない壁を作り出し、 あらゆる攻撃を弾き返す強力な守りの奥義だ。

「俺にその程度の攻撃は通用せん。」
「……お前には、な。」

素早く挙げられたクレアの左手に反応し、白龍は小さな魔塊を無数に発生させる。
そして、それをロドス兵たちに向かって放ち始めた。

「貫け! 真理の光芒!」

プルートが塊を撃墜しようと光刃を放つが、先ほどと違って数があまりに多い。

「うわああああ!!」

光刃では数多の攻撃を防ぎきれず、魔塊は軍の隊列に次々に直撃していく。

「ロータス殿! 私では防ぎきれません!」
「小賢しい真似を……。皆、恐れるな! 盾を構え、守りを固めろ!」
「あの魔塊は盾では防ぎきれないのではっ!?」

物理的な攻撃ならともかく、白龍が放つのはマナを高圧力で固めた魔力の塊。
兵士たちが構える小さな盾など、粉砕されてしまってもおかしくはない。

「案ずるな。策がある。兵たちは心得ている。」

ロータスの言う通り、号令がかかった後のロドス軍は混乱が急速に鎮まっていく。
どう対処すればいいかを兵士たちがはっきりと理解し、統率の取れた動きが戻っていた。
兵士たちは手に持つ盾を白龍のいる宙に向かって構える。

我が身体に宿りし力、蒼光となりてこの世を照らす。

ロータスの右手から青白い光が放たれる。
光はロドス軍の隊列が構える盾に辺り、反射していく。

結ばれし光は、強固な絆に……!

詠唱が進むと、光が強まっていく。
反射した青い光はロドス軍をすっぽりと覆う屋根のように辺りを照らしていた。

【結絆】!」

ロータスの詠唱が完成すると、蒼い光の屋根は半透明のドームを形成した。
放たれた魔塊はドームに弾き返され、白龍に跳ね返る。

「すごい……! これもその法衣のエンチャントですか?」
「いや、これは違う。我が一族に伝わる封印術を応用したものだ。」
「封印術……そのような技術があるのですね。しかし、これで形勢は逆転かしら?」
「だが、これは守りに特化した結界だ。兵たちも盾を構え続けなければならない。」

守りの結界は兵士たちの盾で反射させた光によって結ばれているため、攻撃に転じることは難しい。
通常ならばロータスが守り、夕霧やポティーロが攻撃を担う。
しかし、今二人はこの場から離れている。
ならばこの場で相手に反撃するためのカードは、一枚しかない。

「白龍退治、貴殿に頼めるか?」
「承知しました。お任せください。」

と、プルートが前に出ようとしたその時。

- He took his vorpal sword in hand♪
- It’s♪ it’s a very fine day♪
- And what it is you do♪

不思議な声が、結界に近づいてきた。