「あちゃー。こりゃ、完全に覚醒しちゃってるな。」
ロドス王国、封印の祭壇。
その建物の屋上から戦場を見下ろしながら、彼女はつぶやく。
「さっき、格好つけちゃった手前なー。ちょっと手を出しにくいよねぇ。」
視線の先には、青白い光のドームとそれを見下ろす白い龍の姿。
そしてドームに近づく異形の魔物たち。
「……ま、"神"の力には、"神"の力でってことにしとくか。
うん。それだ。フェアプレイ精神ってやつね。……よっこいしょっと。」
彼女は建物の屋上から軽く跳躍し、何事も無かったかのように着地する。
着地の衝撃でまとわりつく砂ぼこりを軽く手で払うと、軽い足取りで戦場へと駆ける。
ロドス王国 封印の祭壇前 ────
「何だ、あの魔物は……!?」
「こちらへ向かってきています。敵、でしょうか!?」
不思議な声に惹かれ、東の方角を見ると異形の怪物がロドス軍の隊列に向かってきていた。
明らかに普通の魔物とは違う。
「……島の瘴気を取り込んでいるのか……?」
「ロータス殿、いかがしましょう……!?」
「クレアの様子を見る限り、相手の味方でもないらしい。とにかく、守りを固めて奴らの動きを見極める!」
そう言うやいなや、ロータスは右手から放つ光を強めた。
将兵の号令により盾の構えが動き、東側のドームの厚みが変化する。
よく訓練されている、とプルートも内心で感嘆せざるを得なかった。
守りを固めたロドス軍だったが、魔物たちは見向きもしようとしない。
異形の怪物たちは、そのままロドス軍を無視して封印の祭壇へと直進していく。
祭壇の前に陣どるクレアは、白龍に合図を送った。
「何者かは知らんが、祭壇には近寄らせぬ。」
魔力の塊が異形の者たちに向けて放たれる。
《我らの邪魔をするな》
突如、はっきりとした声が辺りに響いた。
三匹の怪物はその場に立ち止まり、魔塊をそのまま体に受け止めた。
が、魔塊は直撃する寸前で見えない壁に押し留められるかのように三匹には当たらない。
《貴様の力……貴様自身に、くれてやる》
その声とともに、異形の怪物から淀んだ瘴気が放たれた。
三匹が放った瘴気は魔塊を押し返し、威力とスピードを増して白龍に跳ね返る。
「馬鹿な!?」
跳ね返された魔力の塊は正確に白龍を撃ち抜いた。
直撃を受けた白龍は絶叫をあげながら墜落していく。
「……た、倒しちゃいましたね。」
「奴らは一体、何なのだ……?」
「今の気……。我が"神"の力……? 貴様らは……?」
事態を把握できず、ロータスとプルートも呆然とするほかない。
それは敵であるクレアも同じだった。
「プルートさん! 無事ですか!?」」
「お前たち、止まりなっ!!」
そこへ飛び込んできたのは、シュウと狗神、そして腐巫女だった。
フレイム王国 ハンター協会 ────
「なるほど、つまりそのロドス島は進んだエンチャントメント技術が眠っている可能性が高い、と。」
「はい。あの転移技術を見る限り、恐らくは。」
ライス・バーグ卿は総長アドレク・ロサンスに事の経緯を報告していた。
クレモニア王の護衛任務についての報告はそこそこに、エアリア王国での混乱についての状況説明が中心だった。
ロサンスがとくに興味を示したのは、ロドス島の情報だった。
「"失われた技術"について、何かわかる可能性はありましょう。」
「……この混乱の中で、夢に繋がる糸口が見つかるとはな。」
「ロドス島に関する情報は多くはありません。
ですが、サンドランドやエアリアを陥れた邪悪な存在に関係しているのは確かなようです。」
「して、島の調査は?」
「現在、エアリアのプルート副総督と腐巫女、そして……シュウ君たちが現地に赴いています。」
シュウの名前にロサンスの口元が綻ぶ。
「ほう。あの少年も。」
ロサンスの耳にも、シュウの噂は度々入っていた。
サンドランドの混乱収拾に一役買い、今回のエアリアの騒乱でも活躍した。
そして、人間不信に陥っていた"護"を司る式神と絆の魔法を結んだ少年であると。
「縁が深いな。」
「はい。……何とも、不思議な少年です。」
現時点では、狗神と契約していることを除けば、能力的には協会の優秀な面々に決して及ばない。
しかし、何かがある時に、"そこにいる"。
不思議な縁で繋がっている、そうバーグ卿には思えた。
「いや、不思議な縁を彼が繋げているのか……?」
式神たる、狗神。
サンドランドの希望、四楓院夜一。
協会とも何かと縁が深い盗賊、左之助。
幻の砂漠の民、ウリヤ族。
ひっそりと世間から姿を消す、ルーンマスターの一族。
そして、自分やヴァロア卿、腐巫女を始めとする、ハンター協会の人々。
バーグ卿も、彼と繋がる幅広い立場の人々の姿を思い浮かべる。
「……ふふっ、面白い。我輩もどこかでまた直接出会うこともあろう。……さて、エアリアはどうなっている?」
「ヴァロア卿がダマスクス王に状況の報告を行い、国王も事態を把握したようです。
ガリア大公を筆頭に、賢君の尽力で政治は落ち着きを取り戻しているようです。」
「そうか。経済状態は?」
「コスモバンクの融資条件が緩和され、何とか資金を得ているエアリア企業が多いようです。」
先日、コスモバンクは大々的な融資条件の緩和の方針を打ち出した。
エアリアから広がる経済の世界的な悪化が見込まれる中、
状況を少しでも和らげようとするチャロス頭取の決断だった。
「……まあ、あの男がいれば心配なかろう。」
「はい。優秀な方ですね。」
「念のため、協会としても物流の状況改善に手を尽くすようシュメールに伝えよ。」
「承知しました。手配いたします。……ロドスはいかがいたしましょう? 増援を送ってもよろしいですか?」
エアリアの混乱は政治面でも経済面でも、直に治まるだろう。
問題は、元凶となったアスダフの逃れたロドス島。
プルートも腐巫女も、協会きっての実力者であることは間違いないが、
相手もサンドランドとエアリアの二国を混乱に陥れている。
ハンター協会側としても、増援の派兵は急務だ。
「よかろう。」
「さて、誰を送りましょうか。……ヴァロア卿は、行きたがっていましたが……。」
「愚か者。今のエアリアの状況で国を空けさせるわけにはいかぬ。」
「……は。そう仰るかと思っておりました。アポロンに行かせましょう。」
ヴァロア卿の恨みがましそうな眼差しが脳裏に浮かび、バーグは苦笑を隠せなかった。
ロドス王国 封印の祭壇前 ────
「……動きが、止まった……!?」
「腐巫女さんにシュウさん!?」
三匹の怪物は、腐巫女さんの呼びかけに反応したかのようにその動きを止めた。
……かに、見えたのだが。
《我らの……邪魔を……するな……》
再び、声が辺りに響き渡ったかと思うと、三匹の怪物は神殿に向かって突進を始める。
「……やっぱり、ダメかい。私の声じゃあ……!」
腐巫女さんは桃扇を懐から取り出し、風を生み出す。
だけど……。
「チッ……アイツらがいなけりゃ、何もできないってか……。」
その風を突風へと変える白兎は今はいない。
あの怪物たちは、あのARMSでは、もはやないのだろう。
神殿の前にいるロドス兵や、アスダフに操られた兵士たちを薙ぎ倒しながら三匹は突き進む。
俺たちの視線の先で黒衣の男性がプルートさんに話しかける。
「あれは貴殿の仲間か?」
「はい。協会の仲間たちです。……言い換えれば、ポティーロさんの同志たちですよ。」
「なるほど。ならば信用するとしよう。……聞こえるか、少年!」
俺、のことだよな?
「は、はい!」
「神殿前に布陣する兵たちも、操られているとはいえ我が同志たち! 無駄な死を増やしたくはない!
だが、こちらは俺の結界術で兵たちを守ることで精一杯の状況だ。君たちに止められるか!?」
選択の余地はない、だろう。
「こうなったら、力づくでいくしかないか!」
「さっきの繰り返しになりそうだけど、やるしかないね……!」
俺は魔銃を構え、狗神は魔力を圧縮して塊へと変えていく。
三匹には攻撃は通用しない。
わかってる、けど。やるしかないんだ。
「私は……」
「腐巫女さんは、呼びかけ続けてください! さっき一瞬、立ち止まったのは、きっとまだ自我があるからです!」
「……わかった。柄でもない。私が諦めちゃ、どうしようもないね。」
よし、やるんだ。
精一杯の想いをのせた腐巫女さんの声とともに。
「お前たち、止まりなっ!!」
「魔力開放!」
「さあ、僕の全力っ、いくよー!!」
俺の魔弾と、狗神の魔塊が三匹の異形に向かって飛んでいく。
当たった!
……そう見えた、その瞬間に見えない壁に弾かれるようにして攻撃は届かない。
「くそっ! やっぱダメか……!?」
「なんなんだよー! 絶対防御は僕の十八番だってのっ。」
「お前たち……。」
誰しもが、悲観的な想いに捕らわれそうになったその時だった。
「げーんーこーつー……」
空から、人が落ちてきたのは。
「ボンバーっ!!」