第2部 失われた島の冒険録

「母上が私を呼ばれるのは珍しいと思いましたが。……やはりそのことでしたか。」
「まあ、そう言わずに教えて頂戴な。リチャード。」

アクアス支部長のウィンザー卿は、王国検察庁長官の長男を執務室に呼び出していた。
要件はただ一つ。
ある事件の捜査の進展について聞くためだ。

「イハージ将軍は躍起になって証拠を探していますが……私たちも反乱の証拠は見つけられていません。」
「……つまり、パルティア公は無罪。」
「このままだと、恐らくは。次の裁判で判決が出るでしょう。」

水竜神団の教皇であり、御三家に数えられる名門貴族パルティア公が反乱を企てた。
同じ御三家の一角であり、知略に優れた将軍でもあるイハージ公がそう主張し、反逆罪の疑いで教皇を逮捕。一連の出来事は「建国以来の大事件が起こった」と、アクアスを揺るがす大騒動になっていた。

「ま、そんなところだろうとは思っていたわ。あのパルティア公に限って逆心なんて抱かないでしょう。あのイハージ公にしては、無茶をしたわね。少し功を焦ったかしら?」
「……それはそうと、母上。私からも聞きたいことがあるのですが。」
「あら、何かしら?」

そう答えながら、息子が何を聞こうとしてるのかウィンザー卿には既に察しがついていた。

「今、エアリアでは何が起こっているのです? 母上のところには情報がいっているのでは?」

やっぱり。
昨日、部下のランカスター副総督にも「一体何があったんスか!?」と詰め寄られたばかりだった。
ウィンザー卿は昨日と同じ回答を繰り返した。

「そんなの、私が聞きたいわ。」


第08話『風の峪の異変』

サンドランド王国 ヴァルダナ王宮前 ────

「それでは、俺たちはこれで失礼する。貴殿らに要らぬ心労を与えたこと、申し訳なかった。」
「いや、あの男の命令に従わなかったことに礼を言う、トラシズム将軍。」

エアリア本国からの急使がやって来てから、事態は慌ただしく動いた。
トラシズムたちはガリア大公の投獄や一連の王の行動について報告を受けると、 事の次第を確かめるために軍を引き返して急ぎ本国へ帰還することになったのだ。

「何があったかはわからぬが、大公閣下やエアリアの民が無事だと良いのじゃが……。」
「御心配、感謝する。……では。」

トラシズムの号令で、エアリア軍は来た道を逆に進み始めた。
軍の隊列の中に金獅子の旗は、掲げられていない。

「……良い軍人さんですね。トラシズム将軍。」
「ああ、そうじゃな。……ん? ジョダロ、お前は何を見ておるのじゃ?」
「え? ああ……。」

ジョダロは何かに惹きつけられるように、ポティーロから石を受け取ってまじまじと眺めていた。
バーグが「切り札」と称し、クレモニア王を転移させたワープ石。

「ポティーロさん、これは珍しい石なんですよね?」
「そうですね。僕も同じエンチャントが込められた石を持っていますが、貴重な品です。」
「そう、ですか……。」

一見すると何の変哲もない石。
いくら触ってもジョダロには魔力など感じられない。
だがこの石を見ていると、ジョダロの記憶が呼び覚まされていく。

……

「何だか、不思議な感じがする…………。」
「そうですか? きっと、感じる人には感じる品物なのかもしれませんなぁ。   私なんかさっぱりでして…………お恥ずかしい話ですが…………。」

……

「じゃ、お店の為にもこの石を買わせていただきましょうか。」
「ありがとうございます、お客さん。」
「この石は大切にさせてもらいますよ。」

……

「お客さん……。貴方、今の今まで本当に大切にしてくれてたんですね。」
「隊長? どうしたんです?」
「……いや。何でもない。ちょっと昔のことを思い出しただけだよ。」

モヘンは怪訝な表情で見つめてくるが、ジョダロはそれを気にも留めずに歩き出す。

「さて、度々助けられてばかりじゃが……次はこちらが役に立つ番じゃな、ポティーロ殿。」
「アスダフ。あいつの本体がこのインナーフィーアに来ているはずなんです。」

“砂漠の中で落とした針を探す”

ポティーロはその術に心当たりがあった。
ありとあらゆるものを映し出す能力。
【験】を司る式神・雲外鏡の能力である。
ロータスと夕霧も、それならばとポティーロを送り出してくれた。
二人は今頃、大封印を強化すべく、クレアたちと戦いながら封印の祭壇に向かっているはずだ。

「そういうことなら私に任せて。」

雲外鏡が白いオーラを放ち、本性を現して本来の姿へと変化していく。
『あらゆるものを映し出す力』を持つ秘鏡に、確かにアスダフの姿が映った。

「これは……どこでしょうか?」
「ううむ、儂にはこれだけでは何とも。」

アスダフは美しい紋様が刻まれた部屋にいる。
しかし、これが一体どこの部屋なのか。
砂漠をほとんど出たことがない夜一にも、ロドスの民であるポティーロにもそれはわからなかった。

「エアリアだ。」

低い声が響く。
ローランが雲外鏡に映っている部屋を覗き込んでいた。

「ダマスクス宮殿の王の間だろう。陛下と……あの男と、かつて訪れたことがある。間違いない。」
『だとすれば、相当マズいんじゃなくて……?』
「ポティーロ殿、今のエアリアの混乱の裏にはまたヤツがいるということか……?」
「……そのようですね。」

ポティーロは懐からいつもの石を取り出す。

「ちょっと、トラシズム将軍には悪いですが……先回りします。」


エアリア王国 王領ダマスクス 宮殿前 ────

結局、こうなるんだよな。
俺ってなんでこんなに押しに弱いんだろう。

「うーん、予想以上のパニックぶり! わざわざ見に来た甲斐があったねぇ!」

この野次犬めっ。
と、一緒に来ちゃった俺も人のことは言えないか。

ダマスクス宮殿の前はバビロンの街以上の大パニックだ。
宮殿からはゾロゾロとエアリア本軍の兵士たちが出てきている。
物々しい。戦争でも始まるのかと錯覚しそうだ。

「どうやら帰る前にまた大変なことに巻き込まれたようだね、シュウ君。」
「そうみたいなんですよ……って、ヴァロア卿っ!?」

若々しい青年のようなヴァロア卿が、笑顔でいつの間にか隣に立っていた。
心臓止まるかと思ったぞ!?

「でも、君たちにここで会えたのはラッキーだ。僕を手伝ってくれないかな。」
「て、手伝うって……何をです?」
「やるやるー!!」

この好奇心の塊めっ。
と、言いながら、色々と良くしてくれたヴァロア卿の頼みは断りにくいのが本音だ。
でも、せめて内容を聞いてから引き受けろ!

「エアリア王が変心された理由を知りたくてね。謁見に行こうと思うんだけど、一緒にどうかな?」

いや、そんな。
ちょっとお茶でもどうかな?
……みたいな軽いノリで誘うことか、それ。

「それなら俺たちみたいな新米より、プルートさんとかの方がいいんじゃないですか?」
「まあ、それは否定しないけどね。プルートには別の任務がある。一人だと寂しいしね。」

ちょっとくらいは、否定してくれてもいいと思うけど。
嘘でも「君たちの力が必要なんだ」的な展開を期待したかった。

「お兄さんって結構、女々しいよね~。」
「だから。やめろ。」

まあ、エアリア王に謁見なんて滅多にできることではないのも確かだ。
同行させてもらえるというのなら、行ってみる価値はある、か。

「わかりました。……俺たちでお役に立てるなら行きましょう。」
「どうせ、このまま国境へ行ってもすんなり通れるかわかんないしねー。」

そうなんだよね。
正直、それもあった。

「ありがとう、助かるよ。“奇跡のハンター”と一緒に任務がこなせるなんて光栄だね。  それじゃあ……。」

ヴァロア卿は笑顔でにっこりと剣を鞘から抜いた。
刀身がすごく美しい剣だ。
見ただけで名剣だと、剣に詳しくない俺でもわかる。

「さっそくだけど、力を貸してもらおうかな。」
「お兄さんっ!」

エアリア本軍の兵士たちに囲まれている。
一体、いつの間に。……綺麗な剣に見とれていて気付くのが遅れたんだけど。

「どういうつもりで僕たちを囲んでいるのかは、わからないけれど。  そちらに敵意があるなら、こっちも容赦はしないよ。」

笑顔を崩さず言い放つヴァロア卿。正直、怖い。
俺も魔法銃を取り出して、構える。

「最強の剣技、【グランヴァニッシュ】。受けれるのはその人生で一度限りだ。  ……さて、誰から受けたい?


未知なる氷の大地 ────

「やっと、消え去ったかー。……と思ったら、ご本人の登場とはね。まったく、忙しないなぁ。」

一面、氷の世界。
分厚い氷に覆われた大地に、一人の女戦士が立っていた。

「でも、ま。わたしが手を出す必要は……なさそうだね。応援してるよ、ハンターさん。」