第2部 失われた島の冒険録

祭壇の最深部には、大きなクリスタルがそびえ立つ。
その手前には、一つの棺が置かれていた。
クレアはロータスから奪い取った封印のカギを持ち、棺の前にひざまずいた。

クレアの後ろには大勢のロドス軍の正規兵が控えている。
一糸乱れず、わずかなズレも無く整列する兵士たち。
しかし、その誰一人の顔にも表情がない。

棺の蓋に、ロータスから奪い取った封印のカギが置かれた。
刹那、祭壇中にまばゆい閃光が走る。
その強烈な光にも、クレアをはじめ誰一人として目を閉じる素振りも見せない。

光がおさまると、ゆっくりと棺が開いた。


第03話『異邦の者たち』

エアリア王国 ルーンマスターの隠れ里 ────

「これはヴァロア卿。ご無沙汰しております。」
「碧燕殿もお元気そうだ。今日は突然申し訳ないね。」

プルートさんがフェニキアの領主・ティルス公の許可を得て、俺たちはここにやってきていた。
ここがルーンマスターの里……。
様々なエンチャントを生み出し、それを道具に封入する技術・エンチャントメントを作った一族の里! まさかエアリアにこんな場所が隠されていたなんて。

「で、そちらが噂のハンターさんですか。」
「うん。……シュウ君、こちらがこの里の長の碧燕殿だ。」
「初めまして。俺、フレイム協会ハンターのシュウです。」
「お初にお目にかかります。私は碧燕。この里のルーンマスターたちをまとめています。」

……ルーンマスターの長、女性だったんだな。

「『何となく、いかつい爺ちゃんを想像してた』って顔してるね、お兄さん。」
「だーかーら……、お前は勝手に人の心を読むな。」
「おや、そちらは……人、ではありませんね。式神とは珍しい。」

おお、さすがだ。
人の姿をとる狗神の正体をいち早く見破るとは。
やはり、ルーンマスターってすごい!

「だから懐かしい気配がしてたんだねぇ。」

背後からの気怠い声に、俺たちは振り返った。
そこには、枕を抱きしめながらパジャマ姿でこちらへ歩いてくる少年が一人。
……誰だ? 碧燕さんのお子さん、というほど碧燕さんもお歳には見えないが。

「うわー! まるまるじゃん!」
「そのわけのわかんない呼び名はやめてほしいなぁ……って、昔言わなかったけぇ?」
「まー、そう固いこと言わないで。っていうか、久しぶりだ!」

えっ。この男の子は、まさかの狗神の知り合い?
と、いうことはやっぱり。

「式神、ですか?」

そういうことだよね。
俺の質問にヴァロア卿が答えてくれる。

「そうだよ。彼は碧燕殿と契約している【気】を司る式神だ。」
「水丸、といいます。普段はちょっと……というか、かなり……ふにゃふにゃしてだらしないのですが。」
「……そう固いこと言わないでよぉ。へっきー。」
「その訳の分からない呼び方はしないでくれ、といつも言っているはずです。」
「あ~、ほんと固いなぁ~。」

そういうと、水丸はふにゃふにゃと床に寝ころび始める。
本当に自由だな!
式神ってこんなやつばっかりなのか!?

「こう見えて、私の仕事には彼の力がかなり役立つのですが……。  客人に対して失礼で申し訳ありません。」
「いやいや、気にしないでください。俺たちが突然来ちゃっただけだし。」
「……それでは碧燕殿。せっかくなので、シュウ君たちに里の見学を許してもらえるだろうか?」
「それはもちろん。ご案内しましょう。……まずは、これをご覧に。」

碧燕さんについて少し歩くと、里の中心にたどり着く。
そこには大きな石碑が安置されていた。
俺も詳しくはないけど、石碑の風化具合からすれば数百年は経過していそうな感じに見える。
石碑には何か文字が彫られているけど……見たこともない文字だ。

「これには、私たちの"故郷"のことが記されています。」
「故郷? この里のことではないんですか?」
「いえ、私たちルーンマスターの一族は、どうやら"外"からやってきたようです。」

外?
ということはフレイムとか、アクアスとかってことか。
しかし、「"外"と、言ってもエアリアの"外"って意味じゃないよ。」とヴァロア卿に俺の考えはすぐに否定される。

「じゃあ、"外"って一体?」
「この大陸……インナーフィーアではない、別の場所からやってきた。そういうことのようです。」
「インナーフィーアじゃない、別の場所……?」

おいおい、どこだよそれ。
インナーフィーア以外に大陸があるってことか?

「詳しくは私たちもわかりません。しかし、石碑にはこう書かれています。」

碧燕さんは石碑の文字を指でたどりながら、書かれている記録を読み上げる。

"我らは神の力で神殺しを為した"
"しかし、神の力は我らには統制できなかった"
"すべてが無に還る"
"神の力を利用しようとした、愚かな我らへの報い"

「ここからは、風化が進んで読み解けない場所もあるのですが……。」

"絶望する我らに希望は残されていた"
"勇敢な王と………が、その身を犠牲にして………"
"王は………に喰われ、………が親殺しを為した"
"その後、巨大なエネルギーが………我らは………の狭間を越えて、この大陸にたどり着く"

「狭間、か。興味深いね。一体、君たちはこの世界のどこからやってきたのか。」

これは、神話なのだろうか。
それとも、歴史なのだろうか。
それは碧燕さんたち、ルーンマスターの子孫たちもわからないという。


ロドス島 ワールシュタット平原 ────

リーグニッツの王宮を出発したロドス軍は、封印の祭壇を目指して西進していた。
その最中、西の方角から強烈な光が発せられる。

「閣下、あれは……!」
「クッ……間に合わなかったか。封印が破られたのだろう。」

軍の先頭を行くロータスは、馬から降りる。
傍に控える夕霧は杖を祭壇に向け、敵の気配を探った。

「……アスダフの気配がしません。どうやら、島から転移したようです。」
「何? どこへ向かった。」
「申し訳ありません。私の力で探ることができない場所へ、逃れたようです。」

夕霧の力でも気配が察知できない場所。
ロドス島の中ではあり得ない。

「……ということは、大陸へ向かったということか。」
「恐らく。」
「グズグズしていられません、閣下! 早くアスダフを止めなくては!
 大陸に向かったというのなら、僕が奴を追います!」

ポティーロはそう言うとすぐに、懐から石を取り出した。
が、ロータスはそれを押しとどめる。

「待て。行先がわからぬ。奴を追わねばならないのはわかるが、無闇に探しても時間の浪費だ。  それに我らが他の大地に干渉するのはならぬ。」
「ですが! そんなことを言っては取り返しのつかないことになります! あの砂漠だって……!」

荒廃した砂漠の大地。
その中で苦しんでいた国民たち。
そんな光景が脳裏に鮮明によみがえってくる。

「聞け、ポティーロ。お前は影を見つけるのにどれほど時間をかけた?  あの時と同じことを繰り返すつもりか。」
「それよりも、もう1つの封印が気がかりです。  アスダフが手を打つ前に、封印を何とか強化しましょう。」
「そうだな。他の大地も心配だが、大事なのは大封印だ。  それが破られないようにすることが、他の大地を守ることでもある。」
「……」

先ごろ、ロータスたちはアスダフの影が大陸へ渡ったことを察知した。
その時もロータスはポティーロが乗り込むのを同じ理由で止めた。
「探すのに時間が掛かりすぎる」、「他の大地に干渉してはいけない」と。
だが、アスダフの計画を阻止したかったポティーロは、主命に逆らって単身インナーフィーアに乗り込んだ。
砂漠の大地に潜むアスダフの影を見つけたのは、それから何か月も経った後だった。

「奴が自由になった以上、大封印は弱まる。急ぎ強化せなばならぬ。無駄な時間はないのだ。 限られた時間の中で、優先順位を考えろ。」

理屈ではポティーロもわかっている。
大封印が破れれば、ロドス島はおろか、世界全体が混沌に陥るだろう。
しかし、だからと言ってアスダフを放っておけば、また砂漠の大地の二の舞になるかもしれない。 そして"絶望"が撒かれれば、いくら強化しても大封印は弱まる。

せめてアスダフの行先さえわかれば、時間をかけずに奴を止められるかもしれない。
だがこの島を出てしまっている以上、それを察知する術がない。
アスダフを追わず、やはり大封印の強化に徹するべきか……。
夕霧のその言葉を聞くまでは、ポティーロもそう考えていた。

「大陸でアスダフを探すなど、砂漠で落とした針を探すようなものです。」
「砂漠で落とした針を探す……?」

言葉が記憶を呼び覚ます。
あるではないか、砂漠で落とした針を探し出す術が……!