第2部 失われた島の冒険録

「お前が、《呪縛の継承者》か。」
「はい。お初にお目にかかります、陛下。」

天井に壮大な水龍の装飾が施されたアクアス王宮の謁見の間。
バーグ卿はそこでウォーラーステイン王と謁見していた。

「では、その腰の剣が……かの有名な?」
「終焉の神剣でございます。ここが謁見の間でなければ、刀身をご覧に入れましたが……。」

苦笑しながら王は「いや、いい。まだ私にはやるべきことがあるからな」と、冗談めいて答える。
わざわざバーグ卿がアクアス王に謁見している理由はただ一つ。
ロサンスの名代として、王の意思を改めて問うためだ。

「さて、畏れながら本日は陛下にお尋ねしたい儀がございます。」
「……ああ、わかっている。」

侍従と近衛兵たちに手で合図を送る。
仕草一つで、臣下は静かに謁見の間を後にした。
ただ一人、睨みつけるようにバーグ卿を見るイハージ公を除いて。

「あの男はお前が尋ねたい内容について既に承知している。臨席させるぞ。」
「陛下がよろしければ、こちらはもちろん構いません。」

……正直、退出してほしい。
突き刺さるような敵意の視線を感じるバーグ卿は内心でそうつぶやく。

「では、改めてお尋ねします。
 先日、アクアス支部を通じてお知らせいただきました陛下の御意思は、誠に御変わりありませんか?」

この答えで、協会とアクアスの今後が決まる。
バーグ卿、そしてイハージ公は固唾をのんで王の言葉を待つ。

「無論だ。私の気持ちに変わりは無い。……協会は反対か?」
「いえ、我らハンター協会は陛下の御意思を尊重いたします。」

イハージ公のバーグ卿への目線がさらに厳しくなった。
だが、この答えはロサンスの意思でもあった。

「そうか。感謝する。」

王の言葉に、バーグ卿は深く一礼を返した。


第24話『失われた島の謎』

ロドス王国 封印の祭壇 中心部へ続く道 ────

祭壇の奥へ向かう俺たちの移動はとてもスムーズだった。
腐巫女さんがおおぬさで瘴気の力を食い止めてくれているし、敵も現れない。
ペン太が後ろで頑張ってくれているんだと思う。

「ほんと、いいヤツだね……。」
「だな。後でたらふく魚をプレゼントしようぜ。」

奥へ進めば進むほど、闇が濃くなっていくような気がする。
アスダフに近づいている証拠だろうか?
中心部に近づくほどに、通路の壁面には何か文字のようなものが刻まれている。

うーん、全然読めんが。

「学が無いねぇ、お兄さんは。」
「おい。お前は読めんのかよ。」
「まあ、それは置いといて。」

こら。人をコケにしておいてそれはないだろ。
まあでも、考古学者でもない俺たちにこんな見たこともない字の解読など不可能だ。

「これは……、まさか。」

その声に後ろを振り返ると、腐巫女さんがまじまじと壁面の模様を眺めている。
……嘘、読めるの?

「この文字、何か見覚えがあるんですか?」
「……アンタは無いのかい?」
「え? ……えーと、はい。多分。」

あったかな。
無いとは思うけど、そう言われると何だか無性に気になってくる。
だが、そもそもこのような異邦の字など見る機会が……。

……あ。

「あった。」
「あったの!?」
「あっただろう?」

はい。ありました。
よくよく見てみれば、確かに “あの時” 見たものとよく似ている気がする。

……とはいえ、俺もしっかり見ていたわけではないので自信は無いのだが。

しかし、普通の手段では来ることさえできない、このロドスの祭壇に刻まれた文字。
もしこれが “あの時” 見たものと同じだとすれば、一体これは何を意味しているのか?

「まあ、私も読めはしないから何が書いてあるかまではわからないけどね。  ……この島はもう少し調べてみる必要がありそうだ。その為にも。」
「まずは、アスダフを。」
「そう。ヤツを何とかしなきゃ、どうしようもないね。」

この謎を解き明かすためにも、俺たちは進まなければならない。
祭壇の中心はもう目前だ。


ロドス王国 封印の祭壇 封印の小部屋(北) ────

封印を司る4つの小部屋。
ロータスとポティーロは、その最後の小部屋にたどり着いていた。

北の小部屋に安置されているのは “炎晶石” 。
かつての輝きを失って、今にも消え入るような弱々しい光。
他の “水晶石” と同様に、それが今の “炎晶石” の精一杯なようだ。

「閣下、これで最後ですね。」
「ああ。……力を、取り戻せ。」

ロータスがかざした右手から、青白い光が放たれる。
光を受けた“炎晶石”は、炎が大きく燃え上がるような赤光で辺りを照らし始める。

その途端に、空気が変わるのを二人は感じ取った。

「瘴気が、晴れていきます……!」
「 “大封印” の強化はこれで為した。瘴気はしばらく治まるだろう。」

“邪悪なる者” の封印が強化され、漏れ出ていた瘴気が止まった。
祭壇を覆っていた瘴気の闇が消えていく。
瘴気が断たれたことで、ポティーロの身体を蝕んでいた【呪殺】の効果も消え失せた。

「体は平気か?」
「ええ、何とか。これで平原の魔物の勢いも弱まるでしょう。」
「そうだな。……あいつは、無事だろうか。」

ロータスは、ワールシュタット平原に残った部下を想う。
ポティーロや大陸からの援軍に助けられた本隊と違って、夕霧は持久戦を強いられている。

「夕兄が易々と魔物などに後れを取ることはありません。大丈夫です。」
「……そうだな。後は、すべての元凶を絶たねばならん。」

“大封印” の強化が終わった以上、残すところはアスダフの討伐のみ。
アスダフを討たねば、また同じことを繰り返してしまう。
次こそ、この因縁に決着をつけなければならない。

「急ぎましょう。」

二人はシュウたちのいる祭壇の中心部に向けて、走り出す。


ロドス王国 封印の祭壇 最深部 ────

闇に包まれた祭壇の最深部。
不気味なほどの静寂に包まれたその空間に、奴はいた。

「アスダフ!」

俺の声が何重にも響き渡る。
まるで、四方八方から何人もの自分が声をあげたかのようで、不思議な気分だ。

「……人間ごときが、本当にここまでたどり着くとは。」

アスダフは、心底驚いたようにそう言った。
舐めてくれやがって。
……ま、確かにここまでちょっと大変だったけど。

「おやおや、随分な言い草だ。ちょっと甘く見すぎじゃないかい?」
「そうだそうだっ。人間なめんなーっ!」

いやいや、お前人間じゃねえし。
お前が言うとややこしいから!

「何なの、お兄さん。差別は良くないよっ!」
「いや、差別と言いますか……。」

区別、と言いますか……。

まあ、そんなことはどうでもいい。
さっき突然あの鬱陶しい瘴気の術が消え失せた。
きっとロータスさんが “大封印” の強化に成功したのだろう。
ならば、俺たちがやることは一つだ。

「今度こそケリをつけるぞ。」
「私の可愛いARMSが世話になったね。きっちり礼をさせてもらおうか。」

「フン……。脆弱な貴様らごときに何ができようか。」

アスダフは魔力を凝縮して大きな塊をつくると、こちらに向けて放つ。
しかし、俺たちには当たらない。

『 “効かない” よーだっ。』

狗神の絶対防御がある限り、無駄だ。
本来の式神としての姿を現して、狗神も本気モードだ。

『闇に生まれしものには闇の定めを、闇を纏いしものには闇の加護を……』

聞き覚えのある詠唱だった。
たしか、これはサンドランドの戦いで……。

「まずい、視界を奪われますっ!」
「……チッ、どうしろってんだい!」

俺はすぐさま銃の引き金を引くが、間に合わない。
魔弾はアスダフの身体を覆い始める闇に弾かれてしまう。

『またこれー!?』

『闇に狙われしものは、闇の中へ』。禁術…………"闇隠れ"。」

狗神の叫びも虚しく、詠唱が完成するとアスダフを包む闇が一気に広がった。
視界から光を奪う漆黒の闇が広がり、誰の姿も見えなくなる。
すると、暖かな何かに包まれた。……狗神だろう。

『今回は雲姉さんがいないからね……。僕のオーラも長くはもたないよっ。』
「バーグ卿の終焉の神剣でもあれば、この闇も消し飛ばせるんだろうけどね。」

いない人を頼っても仕方ない。
俺たちの手札でこの状況を切り抜けるしかないんだ。

……となると、もうアレに賭けるしかない。

『じゃ、お兄さん。出番だね。』
「……ああ。」
「本当に効果あるんだろうねぇ。無かったら私らは終わりだよ。  ……ま、それ以外に今は手が無いんだけどさ。」

闇に視界を奪われようと、この空間のどこかに奴がいる。
その “本質” は変わっていない。
ならば、その “本質” を露にしてみよう。

魔力開放!【ライト】!」