「……王は、本気でしょうか?」
「本気であろうな。これを機に、国を大きく変革させる気なのじゃろう。」
さきほど届いたばかりの報告書を手に、バーグ卿は驚きを隠せなかった。
報告の中身には、建国以来ずっと守られてきていた慣例を終わらせようとする決意が込められていた。
「確かに、今は大きく国が揺らいでいるとき。何かを大きく変えるには千載一遇の機会でしょう。
ですがリスクもまた大きいはず。周りの者たちの反発も大きいものとなるでしょう。」
「それも、承知してのことなのだろう。」
「……どうお返事されるおつもりです?」
ロサンスの返事次第で、大きく状況が動く。
受け入れるのか、拒むのか。
「我輩が決めることではあるまい。本人が受け入れるならば、それに従うまで。」
「しかし……!」
これを受け入れるということ。
それは、このハンター協会の体制を大きく揺るがすことになりかねないこと。
「バーグ。お前は我輩の名代として現地に赴き、王の意思を確認せよ。
……まあ、ここまでの決断が冗談なわけもないがな。」
「は……承知、しました。」
「お前が国を空けるとなれば、状況が変わるな。……黒鷲!」
「ここに。」
柱の陰から一人の男がすっと現れる。
部屋の主であるバーグ卿ですら、いつから男がそこにいたのかわからなかった。
ロドス王国 封印の祭壇前 ────
「さて……まずは状況の確認をしたい。」
そう口火をきったのはロータスさんだった。
俺たちは祭壇の入り口の前に陣を張ったロドス軍の本営で今後の方針を決める会議に参加している。
机の上に広げられているロドス島の地図を見て、初めてこの島の全景を確認できた。
「諸君の尽力もあり、リーグニッツ王宮は魔物の手から守られた。感謝する。」
「そんなことはいいさ。残った兵士たちが頑張ったんだ。」
「俺のおかげでもあるぞーっ!!」
アイツ……まだいたのか。ペン太。
でも、ポティーロさんによれば、王宮に向かってきた魔物の群れを一網打尽にしたとか……。
「人は見かけによらないっていうしねー。……あ、人じゃなくて……鳥?」
まあ、さっきの竪琴の威力を見せつけられた俺たちとしては……
それもあり得ると認めざるを得なかったんだけど。
「君にも感謝する。……さて、平原の状況はどうなっているか把握できている者はいるか?
アスダフは二匹の首領級の魔物を召喚し、平原に向かわせていたが。」
「白翼の魔物は、瘴気とやらに飲まれたアイツらが倒しちまったよ。」
おっと、ここは俺の出番か。
「俺たちは祭壇に向かう中で黒翼の魔物に応戦する夕霧さんたちと出会いました。
指揮官は討ち取りましたが……」
「僕のオーラのおかげでねっ!」
そういうところだぞ。自重しろよ。
……それを言うなら俺も役に立ったっての。
「魔物の群れはまだ平原に跋扈している状況でした。夕霧さんは魔物の討伐を続けて東進しています。」
「え、夕兄は祭壇に向かわなかったんですか?」
……夕霧さんのことを夕兄って呼んでるのか、ポティーロさん。
「そうなんだよー。あの人、『平原を制圧することが、閣下を守ることにつながる』とかなんとか言ってさ。」
「フン……。あいつらしい。」
「そのおかげで挟撃は免れたというわけですね。」
しれっと会議に参加してるな、プルートさん。
さっきまで爆睡していたのが嘘みたいだ。
「指揮官級の魔物が討たれた以上、ワールシュタット平原は夕霧に任せて大丈夫だろう。」
「そうなると……次は、アスダフの討伐ってことになるね。」
「それも重要ですが……閣下には“大封印”の強化が向かってもらわなければなりません。」
“大封印”。
この祭壇に封じられた邪悪な者を、再びこの世に戻さないための封印だそうだ。
アスダフの目的は、“大封印”を破ることだったらしい。
「この封印は世に絶望が蔓延し、人々の負の感情が高まることで弱まってしまう。
アスダフは奴の従順な下僕として、絶望の種を撒いていたようだ。……君たちには、迷惑をかけた。」
オアシスの聖水消失から始まった、サンドランドの事件。
王の変心から始まった、エアリアの事件。
いずれもアスダフの狙いは、世に混乱状態を作り出して“絶望”の気持ちを増幅させることだったようだ。
「それに両方とも巻き込まれるとは……お兄さんも、引きが強いね。」
「……引きっていうな。」
結果的には、そういうことなんだろうけど。
「アスダフの暗躍を止めてくれたことには感謝している。ありがとう。」
「い、いや、そんな……俺たちが居合わせたのはたまたまですから。」
「だから、引きが強いんだよ~。」
「やかましい。」
ただ、疑問が一つ。
「……あれだけ混乱状態があちこちで続いた分、大封印は弱まっているんでしょうか?」
「その可能性は高いだろう。だからこそ、俺はこの祭壇に来たのだ。」
「“大封印”を再び強化できるのは閣下だけですから。」
ロータスさんの一族に受け継がれているという封印術。
さっき、プルートさんからその力については説明された。
エンチャントとは違った異能の力……それを操ることができるって。
「じゃあ、祭壇に乗り込むメンツを決めないとね。」
「えー、そんなの全員でいけばいいじゃん! 相手は手強いんだからさっ。」
それはごもっともだ。
……でも、そういうわけにはいかないだろう。
「ここで倒れてるヤツらを放っておくのかい?」
腐巫女さんは狗神に周りを見るよう促した。
陣の中では、まだ意識を取り戻さないロドス兵たちが救護所に忙しなく運ばれていく。
「それに……大勢で乗り込んで、兵たちがアスダフの邪気に再び囚われる危険性もありますわ。
そう考えると、少数精鋭で乗り込む方がいいかもしれません。」
プルートさんの言葉に、みんなが頷いた。
もしも攻め込んでいるときに味方が寝返ってしまったら……。
相手が魔物なら全力で戦えるけど、そうもいかないだろう。
そうなったら万事休すだ。
「祭壇には四方に封印を司る小部屋があり、俺が四か所を巡って封印の強化を行うことになる。
……その間、アスダフも黙ってはいないだろう。奴はきっと、中央最深部にある封印の間にいるはずだ。」
「誰かがアスダフを足止めする必要があるってことですね。……なら、俺が行きます。」
「じゃ、僕もだね。」
アスダフとの戦いでは、エアリア王の邪気を払いのけたアミュレットの力が役に立つだろう。
「もしかすると、このアミュレットはロドスの戦いでシュウさんの"武器"になるかもしれません。」
「え? このお守りがですか?」
……それに今度は“武器”にも、なるはずだ。
「アタシも行くよ。ARMSが世話になった礼をしてやんなきゃね。」
「僕は封印を強化される閣下をお守りします。」
「では、私は……ここに残りますわ。」
「え、プルートさん、残るんですか?」
驚く俺に、プルートさんは優しく微笑む。
「万が一、アスダフが魔物を呼び出しても誰かが応戦できる状態にしておかなくては。
それに残された兵たちに指示を出す役も必要でしょう。
夕霧さんが戻ってこられた場合も事情の説明が必要になりますわ。」
いろいろな場合を想定して、予め手を打つ。
さすがはヴァロア卿の腹心だ。
「わかった。では、救護作業に指揮も貴殿に任せても良いか?」
「承知いたしました。バックアップならお任せを。」
「頼む。……では、一時間後に作戦を開始する。」
エアリア王国 ハンター協会 ────
「何故、僕ではダメなのかな?」
「いえ……あの……ダメとかではなくですね。」
「じゃあ、僕でいいよね?」
面倒くさい。
それが、アポロンの正直な気持ちだった。
「いつもこの人をどうやって抑え込んでいるんだ……」と、プルートに尊敬の念すら抱く。
「ヴァロア卿には混乱状態にあるエアリアの状況把握に努めていただくように、と……。」
「やっぱり僕ではダメなんだね?」
「ですから……ダメ、とかではないんですが……。」
そうです! ダメなんです!
あなたは"総督"なのですから、その責務を果たしなさいっ!
……そう叫べればどれだけスッキリできるのだろうか。
心中ではそう思いつつ、アポロンは丁寧な対応を続けるしかなかった。
「プルート副総督も不在の状況です。エアリア支部を統括するのは、ヴァロア卿のお役目ですから。
バーグ卿も援軍に自ら向かわれるおつもりでしたが……状況を総合的に勘案され、私を代わりに。」
「あー、君もそうやって正論を言うんだね。正論は時に人を傷つけるとは……思わないかな?」
心底、面倒だ……!
誰か私を助けてくれっ!!
その時、アポロンにとっては奇跡が起きた。
心中の110番が通じたかのように、支部長室のドアがノックされる。
「お取込み中、失礼仕る。」
「あなたは……!」
「おや、黒鷲くんじゃないか。久々だね。」
そこに現れたのはハンター協会の“闇”、諜報部隊の隊員。
ユーグ・ヴァンダル卿亡き後の諜報部隊を腐巫女と並んで支える男だった。
「なぜ、こんなところに黒鷲殿が……?」
「たまたま手隙だったのが拙者しかおらず。使いに出されたというわけじゃ。」
「それはそれは。多忙の黒鷲くんがわざわざすまないね。……で、どうしたんだい?」
「うむ。総長様より、新たな指令を伝えに参った次第。」
「新たな指令」という言葉に、二人は首をかしげる。
今まさに、アポロンからヴァロア卿に対してエアリア統括に励むよう指示が出されたところだったからだ。
「ん……? アポロン君が伝えに来たものとは別かい?」
「……と、言うより。アポロン殿に改めて指令が。」
「え? 私にですか?」