第2部 失われた島の冒険録

その少年は、偶然にも霊鳥の卵を発見した。
その少年は、偶然にも狗神と契約することになった。
その少年は、偶然にも砂漠に襲い掛かった災いと戦った。
そして、少年は偶然にもこの風の大地にやってきた。

これはただの偶然の重なり。
しかし、人はそのただの偶然を運命と呼ぶ。

第01話『運命の息吹』

エアリア王国 フェニキア領 ────

サンドランド王国での一件の後、 俺と狗神はフレイムに帰国するためにエアリア王国へと入国。
そしてニネヴェ領を通過して、ハンター協会のあるフェニキア領へとやってきた。

「ここがフェニキアか。噂通り、なんだか神秘的な街だな。」
「なになに? その、“噂”って。」
「この街にはさ、古代のすんげー遺跡があるんだってよ。その遺跡には昔のお宝が今でもいっぱい眠ってるで話で、エンチャントが施された魔器がこれまでもたくさん発掘されてきたんだ。」
「ふーん……。」

狗神はあたりを見渡している。
実際、この街のあちこちに古代の遺構のようなものが見える。
もちろん、それらはエアリア軍が厳重に警備していて簡単に近づけそうにはないんだけど。

「そのせいだろうけど、いっぱい軍人さんがいて賑やかだねー。」
「ああ、そうだな。でも軍人だけじゃない。ハンターもたくさんいるみたいだな。」

腕に俺が巻いているものと同じ腕章をつけている男達がいる。
あの腕章はハンター協会に所属してるって証拠だ。
俺の腕章が赤色であるのに対し、彼らのつけている腕章は緑色だった。

「ねぇ、どうして腕章の色がお兄さんのとは違うの?」
「腕章の色は所属してる支部の違いを表すんだ。俺はフレイム支部だから赤。あの人たちは緑だから、エアリア支部の所属ってことになるな。」
「なるほど、色で国を表してるのか。 んじゃ、あの女の人もエアリア支部の人かな。」
「女の人?」

うん、と言って狗神が指差した方向には二人の女性がいた。
一人はエアリア支部所属を表す緑の腕章をつけていて、 もう一人は腕章をつけていない巫女装束の女性。

「あの人は……。」
「ん、お兄さん知ってるの? 腕章してないって事は、ハンターじゃないんでしょ?」
「あの人はハンターじゃないな。協会の人には違いないけど……。お前と会う前にアクアスで少しお世話になった人だ。」

俺はその女性の方へと歩き出した。
それを狗神が慌てて追いかけてくる。
そんな騒がしい様子に、話をしていた二人の女性がこちらに気がついた。

「おや、アンタは……。」
「お久しぶりです。あの時はお世話になりました。」
「どうもー。」

巫女装束の女性、腐巫女さんは俺と隣にいる狗神に目をやる。
彼女はアクアス王国で左之助に襲われたとき、 アポロンさんと共に、左之助を捕まえる協力してくれたハンター協会の人間だった。
以前会ったときも腕章をしてなかったし、 多分支部に所属してない特殊な任務をこなしてるんだと思う。

「へぇ、コイツが狗神ね。どうやら砂漠では大層ご活躍なさったそうじゃないの。」
「い、いや、そこまででも……。」
「えへへ、照れるなぁ。」
「ちょっとは謙遜しろよ!」

俺のツッコミが狗神の額に直撃し、狗神は涙目になって騒ぎ出す。
しまった、ちょっと力を入れすぎたか……?
そんな滑稽なやりとりを黙って見ていたもう一人の女性が、口を開いた。

「あの、腐巫女さん。この子達は……?」
「コイツはフレイムの新米ハンターでね。こっちが“護”を司る式神・狗神だよ。」
「どうも、シュウって言います。」
「まあ! それでは、あの砂漠の一件の……?」
「そう、そいつらだよ。……ま、実際どの程度お荷物になったのかは知らないけどね。」
「お荷物になんかなってないよ! ね、お兄さん。」
「あ……いや、……その……。」

ここで「うん」と言ってしまっていいのか……?
生意気なことを言って、仕事を回してもらえなくなったら困るし。
だけどあれだけ自分なりに頑張ったのをお荷物扱いされるのも……。
そんな俺の葛藤をよそに狗神は懸命に自分達の活躍をアピールしていた。
おいおい。

「それでさ、僕のオーラで全員を守ってたんだよ!」
「けど、その話じゃ雲外鏡の力がなけりゃ手も足も出なかったみたいじゃないか。」
「う゛……。」
「なんだ、図星かい?」

「く……悔しい! 悔しいよ、お兄さん!」

ああ、あの時「うん」と言わなくてよかった。
心の中で俺はほっとため息をついていた。

「まあまあ。うちの支部長もね、砂漠の一件に関わったっていうハンターさんの事知りたがってたの。よろしかったら貴方達の話を聞かせてあげてくれないかしら?」
「え……いや、ほんとそんな大層なことしてませんし……。」
「いいよ! 話してあげる! 今度こそ僕らの活躍をわかってもらうんだから!」
「お、おい!」
「あら、嬉しいわ。では支部まで案内するわね。」

話はとんとん拍子に進んでしまい、口を挟む暇はなかった。
狗神は腐巫女さんを睨んだままで引き下がる気配もないし、 エアリア支部のこの女性も完全にその気でいる。

「仕方ないか……。」

やむを得ない。さっさと適当に話を済まして帰ろう。
あんまり偉い人と会うの、得意じゃないんだけどなぁ。

「……あら、そういえば私はまだ名乗っていませんでしたね。私はプルート。エアリア支部の副総督をしておりますわ。」
「ふ、副総督!?」
「何それ、えらいの?」
「偉いに決まってるだろ……! 副総督って言ったら、支部長の次に偉い人だぞ。」
「じゃあ、あの人はどのくらい偉いのさ!」

狗神が敵意を剥き出しにして腐巫女さんの方を指差す。
どのくらい偉いのか……?
うーん、確かにどのくらいなんだろうか。
彼女の階位が分からないから推定できない。

「ど、どうなんだろ。」
「何でも良いけど、私は任務の報告があるからフレイムに帰るわ。」
「あら、そう? 腐巫女さんも是非いらして下さればよかったのに……。」
「生憎、アンタ達と違って暇じゃないのよね。 こっちは。ま、新米なんだからしっかり媚び売っときなさいよ。」

そう言うと、腐巫女さんは俺達に背をむけて歩き始めた。
その背中を狗神がじっと見つめている。

「どうした?」
「……勝ち逃げされた……。」

「おい。」
「腐巫女さんは少し口が悪いけど、いい人なんですよ。……さ、私達も参りましょうか。」


ロドス島 ワールシュタット平原 ────

ポティーロは一枚の石版を取り出して、目を閉じた。
ロドスの中枢、リーグニッツ王宮の手前に広がるこの平原は、 すでにアスダフに支配されたロドス兵によって制圧されている。
そして正規のロドス軍は王宮の門まで後退させられており、 リーグニッツ王宮は完全に敵軍に包囲されている状態にあった。

このままでは、門が破られるのも時間の問題。

そう考えたポティーロは、敵軍の部隊を正面から強行突破して何とか王宮へ向かおうとしていた。
だが、彼一人の力ではアスダフの大部隊をとうてい突破することなどできない。
そこであの石版の力の出番である。

「気高き龍の王よ。 古の魔法により交わされた魔の盟約によりて我が前に異でよ……!」

地面に置いた石版が光を放ち始める。
やがて光によって作られた門は、ポティーロの言葉によって徐々に開いていく。

「【バハムート】」

名前が呼ばれるのを待っていたかのように、 開いた光の門から巨大な龍の王が姿をあらわした。
龍の王・バハムート。
ありとあらゆるものを破壊する力を持ちながら、 とても誇り高く、契約を交わすことができる者は非常に少ないと言われている召喚獣である。

『久しいな。……どうやら、ゆっくり言葉を交わしている時間もなさそうだが?』
「うん、まあね。 僕は何としても王宮に戻らなければならない。そこで君にはあの部隊を引きつけてもらいたいんだ。」
『面倒だな。 倒してしまえばよいではないか。』
「いやいや、ダメだよ。あの兵士達はロドスの者……アスダフに操られているだけだから、 できるだけ手加減して、一人も死なさないで欲しいんだ。」

ポティーロの無茶な注文に、バハムートは笑みを浮かべる。

『まったく無茶な注文をつけてくれるな。……だが、まあいい。』

バハムートは背中の大きな翼を広げて、勢いよく上空へと飛び立った。
ポティーロも懐からチャルメラを取り出す。

『友よ、それでお前の助けになるのなら引き受けよう。』

バハムートは平原に展開する敵軍の上空まで移動すると、 部隊の周囲に口から炎の弾を数発打ち込んだ。
アスダフに心を奪われた兵士達は動揺する事はなく、 新たに出現した敵の存在を周囲に知らせて攻撃態勢をとる。
バハムートはそのまま部隊を引きつけながら平原を南下して行く。

それを見届けるとポティーロは行動を開始する。
ポティーロの予想通り、バハムートの陽動によって部隊は分離し、 リーグニッツ王宮を包囲する敵軍は大幅にその数を減らした。

「魔力解放……【パイパー・エッジ】」

チャルメラから放たれた音色の刃が、王宮の前に陣取っている敵軍に纏わりつき切り刻む。
操られた兵士達は突然の背後からの奇襲を防ぐ術も無く、 【パイパー・エッジ】の刃によって次々と倒れていった。
王宮の門を死守していたロドス兵達は、そんな敵軍の様子の変化に増援の存在を知る。

「これは……! ポティーロ様の笛の音ではないか!?」
「戻ってきてくださったのか!」

ポティーロの帰還に士気が上がったロドス軍も、 態勢を崩しかけている敵部隊に対して一気に攻勢に転じる。

「手加減はしてるから。」

倒れていく兵士達に呟くように声をかけながら、ポティーロはただ前だけを見つめて進んでいく。
遠くから爆音が聞こえてくる。
おそらく、バハムートが敵を引きつけている音だろう。
だがそれもいつまで持つかはわからない。

「僕、急いでるんだ。 道は空けてもらうよ。」