第2部 失われた島の冒険録

「いやー、助かった★ まさかウリヤ族の言葉を読めるヤツを呼び出せるとは。」
「こう見えても僕、友達は多いほうなんですよ。」

異界の召喚獣・ネコぐるみの力で壁画の言葉を読み解いて遺跡を脱出した二人は、 王都ヴァルダナと東方の町・クシャーナに挟まれたグプタ地方の砂漠の中にいた。

「左之助さんはこれからどうされるんです?」
「まー、一回アクアスに帰るかねぇ。ぽち君は?」

訂正するのも面倒なので、ポティーロはそのまま答える。

「ヴァルダナへ戻ります。夜一さんに会わないと。」


第06話『"国"』

サンドランド王国 ヴァルダナ王宮前 ────

「神剣がどうこうではない……。剣技のレベルが高すぎる……!」

バーグはエンチャントを発動しないまま、剣技だけで夜一を圧倒している。
【滅亡の時】はもちろん、【天地創造】や【聖域】すらも使っていない。
夜一はエンチャントも駆使しながら全力で戦っているが……軽くいなされているだけだ。

これが、ハンター協会の最強の男。

「うはは! 夜一、《瞬神》と恐れられたそなたがまるで玩具だな。」
「……くっ。」
「夜一、無茶しないで!」
「雲外鏡よ、御主は控えておれ! やるべきことをやるのじゃ!」
「……」

「国民たちを守ってくれ」、そう言われていた雲外鏡は黙って身を引く。

そもそも、影の役割を担う夜一が得意とするのは正面からぶつかる戦いより、潜入や裏の仕事。
油断する相手を密かに、すばやく葬ることは得意だったが……。
夜一はバーグとの実力差を痛感せざるを得なかった。

「残念ですが、私はまだ何も力を使っていません。貴方では私には勝てない。  私の武器はこの呪われし神剣だけではない。  もっと切り札になるものも用意していたのですが……。」

そう言いながらバーグは腰につけていた石を手に取った。

「ほう。あの小さな石には、終焉の神剣を越える強力なエンチャントが  秘められているというのか……? 面白い!  そなた、その石を使って夜一にとどめをさすのだ!」

輿に乗ったままのクレモニア三世がバーグにそう囃し立てる。
しかし、バーグは首を横に振った。

「言ったはずです。私は護衛。  向かってくる敵から貴方を守りはしますが、貴方の敵を倒すことはしない。」
「ええい、屁理屈をっ。もう良い! ローラン。奴を討て。」
「……」
「大将……!」

命じられた英雄は、覇王の大剣を手に取って前に進み出た。
ローランの表情は硬い。

「国を守るというのは、こういうことなのですかっ!?」

夜一は懸命に気持ちをぶつける。
だが、届かない。
ローランとの間に目に見えない心の壁がそびえ立つかのようだった。
ともに戦った盟友は、表情を変えないまま夜一に近づいていく。

「貴方の守りたかったサンドランドとは、あの男のことなのですかっ!?」
「夜一、言葉は不要だ。そこをどけ。」

神剣を構えていたバーグが、ローランと入れ替わって引き下がっていく。
じっとこちらを見据えて覇王の大剣を向けてくる元盟友に、夜一も覚悟を決める。

「……できぬ。儂は貴方を殺してでも、あの男を通さぬ。」
「お前では私には勝てない。」
「そうかもしれぬ。じゃが、儂には守らなければならないものがある。」

夜一の後ろには、国民たちが武器を手に取って控えている。
彼らを守らなければ。
その想いだけで、夜一はローランの前に立っていた。

自分は、この国の軍人として国を守らなくてはならない。
この道を明け渡せば、あの国王は再び国民を……国を蔑ろにするだろう。

「国民こそ、国。砂漠の民あってこその、この砂漠の国! だから、儂は戦う!」

そんな夜一の決死の想いを聞いていた国民たちの中で、一人の男がある言葉を思い出していた。

……

「『国民こそが国』ということです。」
「ど、どういうことですかな?」
「例え国王がいなくてもいいんです。国民の一人一人こそが国なんですよ。  貴方達一人一人がサンドランド、という国なんです。  夜一さんは何よりも国を護りたいと思っている。  だから、貴方達の命を危険に晒したくないんです。貴方達こそが国そのものだから!」

……

「ジョダロ隊長、あの時と一緒です。夜一様はまだ気づいていないんだ。」
「……俺も、同じことを思ったよ。モヘン。」
「夜一様だって国そのものなんだ。俺たちだって国を守りたい。そうだろ!? みんな!」

モヘンが武器を掲げ、国民たちに呼びかける。
王宮前に並び立つ国民たちは、女性も子供も年寄りも関係なく、国を守りたい一心でここに来た。
その想いは夜一にだって負けていない。
『国民こそが国』、だというなら。

モヘンとジョダロは我先にと、夜一の前に進み出た。
何事かとローランが眉を顰める。

「そこをどくのだ。命を落とすぞ。」
「ローラン将軍。俺たちは貴方を尊敬しています。貴方はこの砂漠の英雄だって。……でも。」
「ジョダロ! モヘン! 危ないから、そこをどくのじゃ!」
「夜一様、今回は言うことは聞けません。私たちは皆、自分たちの生まれた国を守りたい。  守られるだけではなく、守りたいのです。夜一様だって、国そのものなのです!  みすみす殺させやしない。」
「御主たち……。」

ローランは無言のまま、3人を見る。
そこへ今度は背後から声が加わった。

「貴方達がいない間に、この砂漠はもう新しい形の国に生まれ変わったんです。  王様なんて必要のない国にね。」
「ポティーロ殿!? 御主、島に帰ったのでは……!」
「あ、あの時の旅人さん!」

エアリア軍の隊列の横を歩いてくるのは、ポティーロだった。

「この砂漠の人々は多くの悲劇と困難を乗り越えた。  僕をはじめ、この砂漠の国と人々に魅せられた旅人の協力も得ながら、  王様の力もなく、自分たちの手で自分たちの生まれ故郷を闇から守ったんです。」
「俺たちは、これから自分たちで新しいサンドランドを作るんです。」
「ローラン将軍。もうこれ以上、私たちの国を壊さないでもらいたい。」
「そうだ! 俺たちだって戦うぞ!」

後ろに控えていた国民たちが、群れを成して夜一の前に殺到する。
武器を手に取り、身を挺して夜一を守る盾となる。
そんな国民たちの様子を見ながら雲外鏡はくすっと笑った。

「こうなったらもう一緒よね。彼らを守るには、貴方を守るしかないわ。夜一。」
「……雲外鏡。」

雲外鏡がウインクをして、国民たちとともに夜一の前に出る。

度重なる魔物の襲撃で人々の体は傷つき、やつれていた。
ローランが攻撃を繰り出せば、一度に吹き飛ぶような脆い盾。

しかし、人々の目は決意に満ちている。
"自分たちの手で、国を守るんだ"。
その強烈な想いは、目に見えぬ壁を突き破り、対峙するローランにも確かに届いた。

「……私が、間違っていた。」

砂漠の英雄が、夜一に向けていた覇王の大剣を地面に突き刺した。
そしてその場に崩れ落ちて膝をつく。

「国を守ると誓った私が……国とは何かを見誤っていたなどと、愚かとしか言いようがない。」
「ローランっ! 何の真似だっ!? そなたまで余を裏切るつもりかっ!?」
「……王を守ることが、国を守ることにつながると信じていた。  ……いや、そう信じていたかったのだろう。だが、今はっきりわかった。  私は愚かだったのだ。私が王一人を守るために砂漠を去った後、  この国の者たちがどんなに苦しんだか……知っている。許せ、夜一。」
「……大将。」
「祖父との約束を違える気かっ、ローラン!」
「陛下。貴方の祖父……クレモニア一世陛下との約束は、『国を守る』ことです。  私は約束を守ります。」

輿に乗る男は怒りを隠さない。
何とかしろ、とバーグを見るが。

「貴方の敵を倒すことは、しない。」
「クソっ……!」

バーグは“護衛”任務を貫くばかり。
クレモニア王の行く手を邪魔する者を倒そうとはしない。

「ええい、エアリア兵ども! あいつらを討て! 余にはガリア大公がついておるのだぞっ!?」

エアリア兵たちは戸惑いの表情を隠さなかった。
心情としてはサンドランドの国民たちや夜一に味方をしてあげたい。
しかし、「サンドランド王を助けよ」という主命がある以上は……。
困惑するエアリア兵たちをよそに、彼らを率いる将兵がクレモニア三世の前に迷いなく歩み出た。

「クレモニア三世。我らに下された命令は『サンドランド王を助けよ』というものだ。」

クレモニア三世はその言葉ににんまりと笑いを浮かべる。
エアリア兵さえ味方にいれば、この邪魔者たちはどうにでもなる。

「砂漠の王たる余は、ガリア大公と遠縁だ。お前たちは余を守らねばならぬ。」

将兵は「それは無論、知っている」と、頷きながら言葉を続けた。

「しかし、お見受けしたところ、貴殿はどうやらこの国の王とは認められておらぬようだ。」
「……貴様、何が言いたい……?」

バーグはそんなやり取りを聞きながら、笑みを浮かべる。
これでこそ、この男だと。

「『王を助けよ』との大公閣下の命令と食い違いが出ているようだ。  一度、本国へ帰還して閣下の意思を問う。」
「何だとっ!? 余を見捨てる気かっ。任務を放り出すのか!? 余は砂漠の王ぞ!」
「貴殿が王であるかを判断するのは俺ではない。それに、放棄ではない。中断するだけだ。  大公閣下が貴殿を砂漠の王であると認めれば、俺たちはまた戻ってこよう。」

まだ何か言いたそうにしているクレモニア王に背を向け、将の男は叫んだ。

「シドンの兵よ、聞け! 将軍、ドラコン・トラシズムの名において、  任務を中断し本国へ帰還する!」

大歓声が木霊する。
対峙していたサンドランドの国民たちからだけではない。
エアリアの兵士たちからも歓声が上がっていた。
最早、国を見捨てた王に味方をする者はここには誰もいなかった。

「おのれぇぇ……! どいつもこいつも、余をコケにしおって……! おい、貴様!」
「……何でしょう?」

ただ一人を除いて。
輿を降りたクレモニア三世は、バーグのもとに走り寄る。

「貴様の護衛任務は続いているはずだなっ!?」
「いかにも、その通りです。エアリア軍は『サンドランド王を助ける』ことが任務であっても、  私は『クレモニア三世を護衛せよ』が依頼ですので、まだ任務は続いています。」
「余はいまから、王宮に戻る! 余を傷つけようとする者から守るのだっ!」
「バーグ殿、そんなっ!」

夜一が悲壮な声をあげる。
クレモニア王は無防備にも一人で夜一たちに向かって突き進む。
そのすぐ後ろには、終焉の神剣を手に持つバーグが従っていた。

「……これが、私の背負うべきものなんです。夜一さん。」


エアリア王国 ダマスクス宮殿 王の間 ────

ダマスクス宮殿。
エアリアの王城であり、荒廃する前のサンドランド・ヴァルダナ王宮に比肩する美しい建物だ。
その最上階にある王の間には、この城の主が鎮座する。

「失礼します、陛下。お呼びでしょうか?」

近衛兵の一人が王の間へと入ってきた。
エアリア王・ダマスクス七世は、はっきりと通る声で命令を告げた。

「賢君を全員、招集せよ。」
「はっ。」

近衛兵は王に深々と一礼すると、足早に王の間を後にした。
一人残された王は薄い笑みを浮かべる。
そして、その陰には黒衣に身を包む男の姿があった。