第2部 失われた島の冒険録

【スペルレイ】。」

刹那、轟音とともに魔物どもが一掃される。
封印の祭壇に背を向けて戦い続ける夕霧とその部下らは、 ワールシュタット平原に跋扈する魔物を掃討し続けていた。

魔物を統べる黒翼の魔物と白翼の魔物は討たれた。
統制の利かない魔物の群れなど、夕霧の敵ではない。

「……問題は数ですね。」

敵ではないのだが、相手の数には際限がなかった。
確実に減ってはいるのだが、多勢に無勢。
部下たちと、夕霧で殲滅するにはあまりにも数が多すぎる。

【スペルブレイカー】で相手からマナを奪い、
【スペルエンハンス】でマナを世界樹の杖が吸収する。

この戦い方ができるからこそ、夕霧自身のマナが枯渇することはない。
しかし、体力は別だ。
本隊と別れ、平原で孤軍奮闘してきた夕霧らは、確実に疲弊している。

「さて、困りました。体を休める時間も、もらえそうにないか。」

また新手の群れが夕霧に向かって殺到してくる。
たとえ、平原で散ることになっても、敵の注意が祭壇から少しでも逸れるなら。

そう、覚悟を決めたところだったのだが。

「……どうやら、今日の私は幸運なようですね。」


第23話『方円の器』

ロドス王国 中心部へ続く道 ────

「あー……力がでないぞー………………。」

ペン太がへばっていた。
いや、というか。

「あー……ほんと、だるー………………。」

狗神もへばっていた。
正直、俺もしんどい。

「チッ……一体何なんだい、この鬱陶しい瘴気。」
「恐らく、何かのエンチャントなんでしょうけど……。」
「これなら魔物がいっぱい襲ってきてたさっきまでの方がマシだー………………。」

うーん、たしかに。
この状況は地味に辛いし、正直マズい。
さっきから急に祭壇内の瘴気が俺たちにまとわりついて、体力を奪っていた。

「……っていうか、お前はオーラ張れば何とかなるんじゃないの?」
「……あ。」

アホか。
絶対防御をこういう時に使え。
狗神は即座にいつもの護りのオーラを展開させる。

「おおお。だるいの無くなったよ!」
「……でも、それずっと展開し続けるのかい?」
「……あ。」

……あー、そうか。
それはまた、狗神の体力がもたないか。

「やれやれ……しかも、お客さんたちの登場だよ。」

腐巫女さんが俺たちの後方を指す。
……嫌な予感がしすぎて、振り返りたくない。

「お兄さん、見なくてもいいけど……魔物の群れが来てるよ。」
「……言うな。」

やっぱりか。
まあ、アスダフだって地道にこの瘴気だけで俺たちを退けるつもりはないだろう。
体力を奪い、そこに尖兵を向ける。当然か。

「アンタが “魔物が襲ってきた方がマシ” なんて言うからじゃないか。」
「えーっ!? ぼ、僕のせいっ!?」
「とにかく、この状況を切り抜ける方法を考えないと体力切れですよ!」

そう、まずはこの瘴気を何とかしないと……。
と、そんな時に腐巫女さんは懐からお祓い棒を取り出した。

「何、そのお祓い棒。役に立つの?」
「アンタ、何も知らないんだね。これは “おおぬさ” って言うんだ。  これだから学のないヤツは……。」

え、アレってそんな名前だったんだ。
……「お祓い棒」って口に出さなくてよかった~。

「……。」

狗神がこっちをジト目で見てくる。
犠牲になってくれて、ありがとう。
いつも勝手に人の心を読んでくる罰だろう。

魔力開放!

腐巫女さんが解放言霊を唱える。
すると、大麻が淡い光を放った。

「……あれ?」
「お……おおお……なんか、力が湧いてくるぞー……!!!」

へばっていたペン太が立ち上がる。
身体の中心から温かいものが溢れてくるような感じだ。
さっきまでの気怠さが消え上せていく。

「腐巫女さん、これは?」
「この大麻には【祈り】ってエンチャントが込められてるのさ。  効果は弱いけど、継続的に体力を回復してくれる。」

なるほど!
【祈り】の効果で瘴気に奪われた体力を取り返してるってわけだ。
戦闘向きではないかもしれないけど、まさにこういう状況にうってつけだ。

「すごーい!!!」
「ほんと、すげーぞ!!!」

狗神とペン太が目を輝かせながら腐巫女さんを見る。
……こいつら、もしかして波長が合うのでは?

「私は一応、 “回復のエキスパート” って言われてるんでね。  ただ、このエンチャントを発動している間は、私は他のエンチャントを使えない。」

つまり、瘴気の体力減退効果に対抗している間は。

「腐巫女さんは戦闘に参加できない。」
「そういうこと。」

そうなると問題は、後ろからどこからともなく湧いてきている魔物だ。
俺たちは奥に進んでいきたい。
だけど、戦闘要員が減っている状況で後ろから迫る魔物に対処しながら進むのは難しいな……。

「なら、あのモンスターたちは俺が引き受けるぞー!!!」
「……それが今一番の良策だろうね。」
「お前たちは先に進めー!!!」

今の状況では殲滅戦に向いているのはペン太だけだ。

「危ないと思うけど……大丈夫?」
「おー、心配すんなー!!! 俺は村一番の戦士だ!!!」

この狭い通路では相手も多勢の利を生かすことができない。
ペン太だけでも十分、食い止めることはできるだろう。

「……だけど、【祈り】の効果範囲はそう広くはない。  私らがある程度奥へ進んでしまえば、効果は届かなくなるよ。」
「それじゃあ、ペン太危ないじゃん!」
「うーん、そんな状況で一人残していくのは……。」

一人だけでこの通路に残って魔物の群れを相手する。
それだけでも大きな危険を伴う。
もしも【祈り】の効果範囲から外れて、体力減退が始まってしまったら……。

「大丈夫だっ。俺は村で一番逃げ足も速い!!! そんときゃ入り口まで逃げるぞー!!!」

……そういう問題なのだろうか。
だが、ここはもう彼の漢気に頼るしかない。

「無理するんじゃないよ。」
「おう!!! お前たちも気をつけろー!!!」
「危なくなったらほんと、逃げてよ!?」

最初は変な鳥としか思ってなかったけど……。
今はもう、お互いの命を託しあえる立派な戦友だ。

「ありがとう、ペン太。……よし、先に進もう。」


アクアス王国 ハンター協会 ────

「失礼します。お客様がお越しッスが……。」

腹心の部下が言い辛そうに言葉を濁す。
何でも率直に口に出すことが売りのハルバート・ランカスターが こんな態度をとるときは、 “あの人物” が来た時と決まっている。

ウィンザー卿が、昔から苦手にしている相手だ。

「……わかったわ、お通しして頂戴。」
「はっ。……では、公爵閣下。どうぞ。」

ランカスターと入れ替わりで部屋に入ってきた男は、やはり。

「……本気なのか。」
「いつもあれこれ策を弄する割に、今日は直球勝負ですね。公爵閣下。」
「今は立場のことは良い。質問に答えろ、 “ベス” 。」

クシャトリヤ・イハージ公。
アクアス御三家の一角、イハージ家の現当主。
家柄の格は違えど、ウィンザー卿とは幼馴染の間柄だった。

「あら、その呼び名で呼ばれると若返った気分ね。」
「……。」
「怖い顔。……まあ、いいわ。もちろん、本気よ。王命を断れるとでも?」
「何をふざけたことを。お前の立場ならそれも容易かろう。」

本来ならば国王からの命令は絶対だ。
しかし、ハンター協会のギルド構成員は各国の干渉を一定条件で免れる特権を与えられている。
これは偉大なる先達、故アルフォンス・オーエン卿の残した遺産であり、 国境を越えて活動するハンター協会にとっては重要な権利であった。

「……断ることもできたけど、私にも色々と考えがあるのよ。」
「わざわざこの混乱の渦中に飛び込もうとは、お前らしくない。解せぬな。」
「私も貴方も昔通りとはいかないわ。水は方円の器に随うのよ。」

お互いの家柄も立場も関係が無かった幼少期は、無邪気にありのままの自分でいられた。
しかし、今はそうではない。
家柄や立場、それぞれが辿ってきた人生の道の違いが両者を形作っている。

「俺の前に立ちはだかるならば、容赦はせんぞ。」
「あら、怖いわね。別に貴方と戦おうとは思っていないわよ。」

“……今のところは” 。
その言葉を、静かに心のうちに秘める。