第2部 失われた島の冒険録

「夜一様! コーサラの街に支援物資が届きました!」
「わかった、後で確認しよう。」

旧サンドランド王国の民達は、四楓院夜一のもとで復興作業を進めていた。
アクアス王国、フレイム王国だけでなく、 建国以来関係が悪化する一方だったエアリア王国からも緊急の支援物資が次々と届いていた。

「夜一様、どうかなさいましたか? 何だか少しお顔の色が優れませんよ。」
「ん……ああ、何故じゃろう。何か、胸騒ぎがするのじゃ。 これから何か、また悪いことが起こるような……。」


第02話『“鍵”』

エアリア王国 ハンター協会 支部長室 ────

「ヴァロア卿、件のハンターをお連れしました。」
「何だって? もしかして、あの砂漠の?」
「はい。 偶然、街にいらしていたのでお越し願いましたわ。」
「そうか!」

奥から茶色い髪をした青年が現れた。
青年、に見えるんだけど、プルートさんによれば実際はバーグ卿よりも年上らしい。
どんだけ若作りが上手いんだ、この人。

「ようこそ、エアリア支部へ。僕が支部長のアンリ・ヴァロアだ。まさかこんなに早く噂のハンター君と狗神君に会えるとは思っていなかったよ。」
「初めまして、シュウって言います。」
「どうもよろしくー。」

ヴァロア卿は満面の笑みで右手を差し出してきたので、 俺も慌てて右手を出して握手した。
どう見ても、20代の若者にしか見えないんだけどなぁ。
でも実際は……まあ、これ以上はやめとこう。

「どうぞ。」

プルートさんが三人分の紅茶を入れて運んできてくれた。

「ああ、すいません。お構いなく。」
「わあ! これは美味しそう! じゃ、遠慮なくいっただきまーす♪」
「おい!」

ちょっとは遠慮するってことを覚えてくれないかな。
そんな狗神の様子にプルートさんもヴァロア卿も笑っている。
……ま、場が少し和んだからこれはこれでいいか。

「まあ、とにかく座って。 君たちには聞きたいことがたくさんあるんだよ?」
「は、はぁ。」

ヴァロア卿の嬉々とした目が俺の目を捉える。
やばい。
嫌な予感がする。
すると、紅茶をすすっていた狗神が小声で話しかけてきた。

「これ、多分夕暮れまでに帰れない気がするなぁー。」
「……俺も、そう思う。」

仕方ないと諦めるほかないようだ。
目の前に座るヴァロア卿は笑顔のままだが、 “逃がさない”オーラが部屋中に展開されているような気がした。


ロドス王国 リーグニッツ王宮 ────

「ロータス殿下、夕霧様。ポティーロ様がお戻りになられました!」
「そうか、通せ。」
「はっ。」

兵士に連れられてあちこちに傷を負ったポティーロが謁見の間へと入ってきた。
服には血が染み込んでいて、時折ぽたりと床に血が垂れる。

「閣下、ただいま戻りました。」
「……言いたいことは山ほどあるが、とりあえず報告を先に聞こうか。」
「はい。 インナーフィーアの南部砂漠地帯にて、アスダフの影を仕留めました。しかし、ご存知の通りヤツは祭壇の部隊をマインドコントロールして、現在このリーグニッツへと攻撃を加えています。」
「間違いなく、アスダフの狙いは殿下がお持ちの“鍵”でしょう。」
「ああ、そうだろうな。」

アスダフはロドスの部隊を使って、ワールシュタット平原を制圧。
平原から王宮を包囲する形で陣は敷かれている。
ポティーロがバハムートの力を借りてこの包囲網の一角を破ったが、 おそらくすぐに包囲網はまた元に戻るだろう。
何より相手は心が奪われている状態なのだから、動揺することがない。
不気味なほど統制がとれた部隊なのだ。

「とりあえず、ポティーロは手当てを受けろ。作戦はそれから立てる。夕霧、将校達に召集をかけるように連絡を。」
「はっ、了解しました。」

夕霧とポティーロが謁見の間を去ろうとしたその時だった。
先ほどの兵士が慌てて部屋に飛び込んできた。

「た、大変です! 城門が落ちました! まもなく、敵部隊がここへ!」


エアリア王国 ハンター協会 支部長室 ────

「なるほど。 そしてそれが君の運命を変えた“霊鳥の卵”ってわけだね。」
「そうなりますね。」
「時を操るとまで言われる不老不死の妙薬、か。興味深いな。いや、実に有意義な話だった! 礼を言うよ、ありがとう。」
「い、いえ!」

本当に日が落ちかけてるよ……。
とにかく俺と狗神は今までの旅の経緯をすべて話した。
まあ、途中からは狗神の自慢大会だったが。
さっき腐巫女さんに言い負かされてよほど悔しかったのだろう。
それを知っているプルートさんはずっと狗神の話を聞きながらくすくすと笑っていた。

「さて、せっかくここまで来たんだし、君たちにお土産をあげよう。」
「お土産!? 何なに!?」

だから、お前は遠慮することを覚えろって。
……でも、ちょっと気になる。

「このフェニキアには、ある一族の隠れ里があるんだ。」
「ある一族の隠れ里?」
「かつてこの大陸を支配したとされる民族の末裔……ルーンマスターの隠れ里さ。」
「ルーンマスターの!?」

エンチャントの技術を伝える数少ないルーンマスターの一族。
世界のどこかでひっそりと暮らしているって聞いたけど、まさかこんな所にいたなんて!

「君たちに興味があれば、隠れ里を紹介しよう。」
「そ、それは是非! 是非お願いします!」
「そうか。ではまず許可証を貰わねばならないな。プルート、領主邸に連絡を入れてくれ。これから向かおう。」
「承知しました。」

領主邸?
ルーンマスターの隠れ里は、エアリア王国の保護下にあるのか……?
エアリアに古代遺跡が多く残っているのと、何か関係があるのかもしれないな。

「ぶー……お土産、食べ物とかが良かった……。」

ずっと黙っていると思っていたら、どうやら拗ねていたらしい。
まったくお前ってヤツは……。


ロドス王国 リーグニッツ王宮 ────

「これは……“白龍”ですね。」

謁見の間にまで迫っていた敵部隊の先鋒は巨大なドラゴンだった。
バハムートと同じくらいの巨体、そして美しい白の鱗。
白龍を使役しているロドスの兵士も、やはりマインドコントロールを受けているようだ。

「封印の祭壇が敵の手に落ちたのだから、クレアが敵に回ったことも考慮すべきでした。おそらく城門を破ったのもこの“白龍”の力でしょう。」

ポティーロは懐から石版を取り出し、召喚獣を呼び出す準備を始める。
封印の祭壇の警備を任されていたクレア将軍は、感情のない声で白龍に命令を下した。

「……ロータスから“鍵”を奪え。」

その命令の直後、白龍は大きく咆哮したかと思うと口から吹雪を吐き出した。
部屋中に凍てつく冷気が吹き荒れ、兵士たちの体から熱を奪っていく。

「夕霧。」
「お任せを。」

夕霧は両手を大きく広げ、そして勢いよく手を合わせた。
パチン、という乾いた音が謁見の間に響く。
すると光とともに夕霧の元に一本の杖が現れた。

「魔力開放……!」

夕霧は現れた杖を手にとり、天に向かって振りかざした。
白龍はさらに冷気の第二撃を放とうと口を大きく開く。

「【スペルバインド】」

放たれた冷気が部屋を覆うよりも早く、 夕霧の持つ杖から淡い光が現れてロータス達の周りを囲った。
殺到する冷気はこの光に弾かれていく。
冷気が効かないと判断したクレアは、白龍に別の命令を下す。
すると白龍は両腕から強い魔力を凝集させた塊を放つ。
夕霧の張った魔力の結界を、それを上回る力で破壊するつもりなのである。
白龍が放った魔塊はロータス達を覆う光の結界を破り、夕霧に迫る。
しかし。

「【スペルゲン反射鏡】」

夕霧がそう呟くと、杖の先から円状の魔方陣が宙に現れた。
魔方陣に直撃した魔塊は方向を変えてそれを放った白龍へと帰っていく。

「グオオオオオオ……!」

痛みに苦しむ白龍の声が木霊する。
その間にも夕霧はさらに杖を振り、次は攻撃へと転じていく。

「【スペルブレイカー】」

夕霧の呪文の直後、苦しむ白龍の体を何かの文字のような行列が縛り上げていく。
白龍の体から蓄えられていたマナが次々と漏れ出した。

「【スペルエンハンス】」

大気中のマナや、白龍から漏れ出したマナが次々と夕霧の体に集まっていく。
マナが密集している為か、夕霧は不気味な青の光を帯びていた。

「……【スペルレイ】」

杖を白龍に向けて、夕霧は最後の呪文を言い放った。
一瞬の後に大きな爆発が起こる。
夕霧に蓄えられていたマナが一気に白龍に殺到したのである。
さすがの白龍もこれには耐えられず、床へと崩れ落ちた。
ロドス兵達の歓喜の声が沸きあがる。

「……! 閣下、危ない!」

ポティーロの叫び声に、兵士の歓声は一瞬で静まり返る。
アスダフの手に落ちた兵士の一人が、ロータスに向かって火球のエンチャントを放っていた。
だが、火球はロータスの纏う漆黒の法衣に触れると音を立てて消え去った。

「……この程度か。」

この光景に再びロドス兵達は歓声をあげた。
ポティーロは崩れ落ちた白龍の傍にいたはずのクレアが消えていることに気がついた。
そして時を同じくして夕霧も行動を開始していた。

「魔力開放! 【バイパー・エッジ】!」

ロータスに向かって走ってくるクレアに音の刃が殺到した。
不思議なことにバイパー・エッジにとらわれたはずのクレアの体は消え去っていた。
ポティーロが後ろ振り返るとそこには既にポティーロのいるラインを突破しているクレアの姿。

「か、かわされた……?」
「【スペルブレイカー】!」

続いて夕霧がクレアに向けて杖を振り上げる。
クレアの体は文字の呪縛に縛り上げられ、マナが漏れ出していく。
……が、またしても彼の体が一瞬にして消え去った。

「何!?」

クレアは夕霧のいるラインをも突破し、既にロータスの眼前に迫っていた。
懐から小刀を取り出して、一気にロータスに突き立てる。
だが彼の体は轟音と共に弾き飛ばされていった。

「閣下の纏う法衣は、漆黒の法衣。唯一開放言霊を発さずに発動できる鉄壁の奥義、【無言の圧力】を忘れたか?」

ポティーロが倒れているクレアにそう言うと、驚くことにまた一瞬にして彼の体は消え去った。
あたりを慌てて見回すポティーロに、夕霧が「あそこだ」と言って謁見の間の入り口を指した。
崩れ落ちている白龍の隣にクレアが立っていた。
まるで最初からずっとそこにいたかのように。
だが、彼はあるものを手にしていた。

「……“鍵”は手に入った。 もうここには用はない。」

そう言うと、クレアやアスダフの手に落ちた兵士達は転移の魔方陣によって消え去っていった。
彼の手にあった鍵は、間違いなくロータスが持っていたアスダフの封印の鍵。

「……【ドッペルゲンガー】の力か。」

ロータスがそう呟く。
エンチャント【ドッペルゲンガー】は、魔力の分身を使って相手からモノを盗み出す力。
古代の大盗賊が使ったとされる、盗みの力では最高位のエンチャントである。

「ロータス様。 ……“鍵”が渡ってしまった以上、ヤツはすぐにでも封印を破るでしょう。すぐに対策を立てなければ、我らに勝機はありません。」
「ああ、そうだな。 ……最悪の事態を迎えた。 すぐに全兵を召集しろ!」
「承知しました。」

呆然としていた兵士達も慌てて謁見の間を飛び出ていく。
そんな中でポティーロは一人、窓の外に視線をやっていた。
王宮の西……封印の祭壇のある方角へ。

「……絶対に、阻止してみせる。 お前の思う通りにはさせない……!」