文字なのか、絵なのか、模様なのか……。
何とも言えないものが刻まれた壁が続く遺跡の中で、ため息をつく男が一人。
「はぁぁ、、、ロクなものも無いし、、、こりゃくたびれ損の骨折り儲けダナ★
……アレ? 骨折り損のくたびれ儲け?? どっち??」
その疑問に答える者は誰もいない。
男の独り言は虚しく遺跡の中で響き渡る。
サンドランド王国 コーサラの街 ────
金獅子の旗を掲げる一軍が到着し、住民たちが殺到していた。
守るべき王に見捨てられ、魔物に蹂躙されて絶望に覆われたこの街。
少し前までは住民たちも生気を失っていたが、今は違う。
復興に向けて汗を流し、新たな国造りに希望を見出していた。
「余を見忘れたか。この国を統べる王の顔を。金獅子を見忘れたか。この国の証を。」
そこに、自分たちを見捨てた国王が帰還し再び君臨しようというのだ。
住民たちの怒りが国王に向けられるのは当然の報いだろう。
「よく、抜け抜けと帰ってきたな!」
「俺たちを見捨てたくせに!」
「腰抜けの国王! お前なんかもう王様じゃねぇ!」
コーサラの街に怒号が飛び交う。
「フン……。王にそのような口を利くとは痴れ者どもめ。」
クレモニア王は右手を挙げる。
すると、エアリア軍が住民に一斉に武器を向けた。
命の危険を感じて住民たちは押し黙る。
「力無き者どもめ、命が惜しいならば不敬を働かぬことだ。」
「クッ……くそぉ……。」
「そなた達には力がない。この国を統べるのは力がある者だ。それは余である。
この軍を見よ。ハンター協会や大国エアリアすら余の言うことをきく。なあ、将軍。」
クレモニア王に声をかけられたエアリア軍の将は、真顔のまま答える。
「俺は、大公閣下の命を受けてここにいる。貴殿に忠誠を誓ったわけではない。」
「フン、まあいい。行くぞ。」
王の指示で隊列は再び動き始めた。
と、怯んでいた住民たちが声を上げ始める。
「命が惜しいからってなんだ! こんなやつ、魔物に比べりゃ大したことねぇ!」
「そうだ! 俺たちの街は俺たちで守るんだ!」
雄たけびが木霊する。
住民たちは次々と武器を手に取り、隊列の前に立ちはだかった。
「愚か者どもめ。……おい、そなたの呪われし神剣で奴らを消すのだ。」
国王とは思えない冷徹な命令に、バーグは首を横に振る。
「できません。」
「何?」
「私の任務は、貴方の護衛です。"気に入らない者の排除"ではない。」
「貴様っ! 余に従わぬとどうなるかわかっているのか!?」
「……」
激怒するクレモニア三世は、剣を手に持って輿を降りる。
バーグに向かって、一歩、また一歩と近づいていく。
これでいい。
協会に迷惑はかかるだろうが、自分の死でこの任務を終わらせる。
そう覚悟を決めていたバーグは目を閉じ、刃を受け入れる。
……しかし、いつまで経っても首はつながっていた。
目を開くと、金色の鎧を身にまとう男の後ろ姿が飛び込んできた。
「陛下。ここで時間を使っている暇はありません。ヴァルダナへ向かわねば。」
「だが、ローラン! こやつは余の命令を……!」
「今の陛下の望みは国を取り戻すこと。王宮へ戻り、王の帰還が知れ渡れば、皆陛下の元に帰順するでしょう。」
「……むぅ。」
クレモニア三世は不満そうな表情を浮かべはしたが、大人しく言葉に従って輿に戻った。
隊列の前に立ち塞がる住民たちは、金色の鎧の男に気が付いて動揺し始める。
「しょ……将軍? ローラン将軍ですよね……?」
「戻られたのですか! なぜ、そんな男の助けなど……!」
怒りを露わにする住民たちに、かつての大将軍アドルフ・ローランは頭を下げる。
「無駄な血を流させたくはない。今はただ……道を開けてくれ。」
エアリア王国 ルーンマスターの隠れ里 ────
「本当に貴重なものをたくさん見せていただきありがとうございました。」
「えー、帰るのー? めんどくさーい。」
「めんどいねぇ。」
俺たちは一通り里を案内してもらった後、里の入り口に帰ってきていた。
狗神はというと……ずっと再会した水丸とふにゃふにゃぐだぐだしていたようで、
すっかり帰る気がなくなっていた。
「じゃ、お前だけここにいな。」
「えー、そんな冷たいこというのー! お兄さんひどーい。」
「ひどいねぇ。」
この二人、コンビ組むとめんどくさいな。
「そうだ、お帰りの前にこれを。」
碧燕さんはそう言うと、小さなお守りを渡してくれた。
綺麗な月の文様が描かれている。
何の変哲もないお守りのように見えたけど、少し魔力を感じるな。
「へぇ。碧燕殿のお手製の魔道具かな?」
「いえ、こちらは我が家に伝わる魔除けのお守りです。
私はこの里をなかなか出ませんし、旅をされるシュウ殿の役に立つかと。」
「もらっちゃっていいんですか? ありがとうございます。」
「いや、お礼を言うのは私の方です。霊鳥の卵をこの目で見られるとは思いませんでした。
どうか道中、この月のアミュレットの加護がありますように。」
俺は碧燕さんに一礼すると、床でごろごろしている狗神の体を引っ張り上げる。
「やだー、暴力はんたーい」
と、うるさかったが無視だ。無視。
「んじゃぁ、またどっかで会おうねぇ。」
水丸は相変わらず眠そうに半分目を閉じた状態で、こっちに手を振っている。
……そんな時でも床に寝転がったまま起きようとしないのは、ある意味大したヤツだな。
「じゃあね、まるまる!」
「だからその変な呼び名はやめてよぉ……」
俺たちは碧燕さんと水丸に別れを告げて、里を後にする。
サンドランド王国 グプタ地方の遺跡 ────
遺跡の中に光が現れる。
光が収束すると、そこから一人の少年が現れた。
「ここは……。サンドランドには違いなさそうだけど、どこだろう? 遺跡?」
周りの壁を見渡してみると、そこには恐らく文字なのだろう、何かしらのものが刻まれている。
ところどころには絵が描かれている。
大きな生き物が、水とともに暮らしている。
「これ……もしかして、ウリヤ族?」
「あーっ!! お前、、、確かあの時の!」
甲高い声が響き渡った。
少年が声のした方を見ると、疲れ果てた表情の男がこちらに近づいてきていた。
「貴方は確か、左之助さん。」
「そうそう。天下の大泥棒のナ★ お前は確か、、、ぽち君!」
わずかに(?)違う。
「ポティーロです」、と訂正しながら左之助に尋ねた。
「ここは、見たところ遺跡のようですが何をしてるんです?」
「盗賊が遺跡に入るってことはわかるジャン?? お宝狙ってきたんだけど。
なーんかハズレっぽいんだよねー。で、帰ろうと思ったら、、、出口がなんとっ、塞がってた!!」
「……なるほど。」
「そういうお前は?? 何か閣下がどうとか、島がどうとかで帰ったんじゃないの??」
「まあ、色々あって探し物をしてまして。」
「お宝かっ!?」
「いえ、そんな良いものではないんですけど。」
「なーんだ★」
宝を探しているわけではないとわかるや否や、左之助は途端にポティーロに興味を失った。
ポティーロとて、左之助にそこまで興味はないのだが……。
いずれにしても遺跡から出ないことには目的地にたどり着けない。
よりによって、出口の塞がってしまった遺跡に転移してしまうとは。
ピンポイントで転移場所を指定できないワープ石の困ったところだ。
「ここから出る手掛かりはないんですか?」
「無いことはナイ。でも、読めナイっ。」
「読めない? この壁画ですか?」
「そうそう。出口の開き方が書かれてるっぽいジャン??」
左之助が示した壁画には、大きな生き物が扉を開く絵が描かれ、その隣には字のようなものも刻まれている。
恐らくこれが出口の開き方なのだろう。
……というところまでは推測できた。
しかし、何という文字なのかもわからない二人には、当然読めない。
「人の字じゃないっぽいんだなぁ、、、コレ。」
「うーん。多分、ウリヤ族の字でしょう。」
「ウリヤ族っ!? あー、アイツらか、、、そういえば砂漠の真の民とかどうとか言ってたっけ。」
先の砂漠を取り戻す戦いでは、砂漠の先住民・ウリヤ族とも共闘した。
ウリヤ族の守護者である女性とともに、彼らは人の持たない能力で助けてくれたのだ。
「わかりました。読みましょう。」
「うんうん★ 読もう……って、だから、その読む方法が、、、!」
と、左之助がポティーロを見た時には、既に彼は小さな石板を地面に置いていた。
「すべての生きとし生ける者の友よ……古の魔法により交わされた魔の盟約によりて我が前に出でよ!」
石板が光を放ち始める。
マナが石板を通じて異界の門を開こうとしているのだ。
ポティーロが解放言霊を完成させると、異界の召喚獣が現れる。
石板の上に現れたのは可愛らしい生き物。
「なんじゃコイツ?? ネコ??」