第2部 失われた島の冒険録

「あぁ……これでついに僕がロドスへ行く可能性が完全に潰えるわけだね。」
「ヴァロア卿、いい加減に諦めてください……。」

どす黒いオーラを放ちながら恨み言を言い続けるヴァロア卿を尻目に、碧燕と水丸は淡々と魔法陣の準備を進めていた。

「よりによって、僕の執務室から転移するなんて嫌がらせだよね?」
「やむを得まい。この魔法陣を描ける広さを確保できる場所が近場にないのじゃ。」

ポティーロが協会に預けた『ロドス行きチケット』を使い、ハンター協会はロドス島への増援派兵を決定した。
本来はバーグ卿の代理として派遣されたアポロンがギルドの面々を率いてロドスへ向かう予定だったが、バーグ卿が急遽アクアス王国に向かう特命を与えられたために状況は変わっていた。

「チケットはこれで最後ですから、これ以上は増援を送れません。黒鷲殿、どうかご無事で。」
「うむ、任せよ。しかと任務は果たす。其方はバーグ卿に代わってフレイム支部をまとめねばな。」
「はい。……しかし、何故いきなりバーグ卿をアクアスに……。」
「考えてみれば変だね。アクアスにはウィンザー卿がいるだろうに。」

アクアスを任されるエリザベス・ウィンザー卿は、かつては王国の検察庁長官を務めた人物だ。
戦闘力はもちろんのこと、国と協会との調整力においても支部長随一といえる。
そのウィンザー卿が取り仕切るアクアスに、 わざわざフレイムから協会のNo.2たるバーグ卿が派遣されるのはただ事ではない。

「黒鷲殿は……何かご存じなのですか?」
「……すまぬが、拙者は何も話せぬ。だが、其方達も間を置かずに詳細を知ることになるだろう。」

それだけ大きな “何か” が起こっているということか。
その “何か” は、「変化」なのか「事件」なのか、果たして……。

「あーあ、僕だけがまた待ちぼうけか。やれやれ、つまらないな。」
「ヴァロア卿、拗ねている場合ではござらぬ。其方にも総長から命が下されておるだろう。」
「はいはい、わかってますよ。」

ヴァロア卿がぷいっとそっぽを向いたタイミングで、「もういい~? 待つの疲れたんだけどぉ。」と、水丸からやる気のない催促がきた。

「では、行って参る。」


第22話『希望の光』

ロドス王国 封印の祭壇前(南) ────

力を取り戻せ。」

部屋の中心には弱々しい黄光を帯びた小さなクリスタルが安置されている。
ロータスがそれに向かって右手をかざすと、青白い光がクリスタルに向かって走った。
光を受けたクリスタルは一層強い輝きを放ち始める。

この祭壇の中心部にはアスダフが復活を望む “邪悪なもの” が封じられている。
中心の祭壇を囲むように東西南北には小さな部屋が作られており、 それぞれに封印術を強化するクリスタルが安置されていた。

「よし、これで “地晶石” は力を取り戻した。次へ行くぞ。」

南の “地晶石” 、西の “風晶石” 、北の “炎晶石” 、東の “水晶石” 。
四つのクリスタルが “共鳴” することで中央の封印をより強固なものにしているのだ。
ロータスは、自身が創り上げたこの重層の封印構造を “大封印” と呼んでいる。

「封印の “水晶石” がここまで力を失っているところは初めて見ました。」
「無理もない。奴がそれだけ世に混沌をもたらしたのだろう。」
「そうですね……。」

ポティーロはサンドランドやエアリアでの騒乱を思い返す。
アスダフは着実に “絶望” の念を増幅させて、封印をここまで弱らせていたのだ。

もし、夜一が魔物たちから砂漠を守れなかったら。
もし、シュウが狗神と契約できていなかったら。
もし、伽耶がくーちゃんを見つけられていなかったら。
もし、碧燕が持ちこたえられず嵐を呼び続けなかったら。
もし、バーグやシドン軍がダマスクスに戻るのが遅れていたら。
もし、ワールシュタット平原での戦いに加勢が間に合わなかったら。

この封印は完全に破られていたことだろう。
人々が粘り強く “絶望” と戦ったからこそ、わずかな “希望” の光に封印は守られたのだ。

「必ず、 “大封印” の強化を成功させて皆の努力に報いねばな。」
「はい。……先を急ぎましょう!」


ロドス王国 封印の祭壇 中心部へ続く道 ────

多い。
とにかく、数が多い。

「だーっ、キリがない!!」

これは狗神でなくても愚痴りたくもなる。
さすが敵の本拠地だ。魔物の数が半端じゃない。
俺の銃が魔法銃だったからよかったものの……。
これが実弾を込める銃だったら、最初の三分で弾切れ間違いなし。

「とはいえ、体力は消耗するんだよなぁー……。さすがにキツイ!」
「まだ狭い通路だから助かったじゃないか。多勢である相手の利点を上手く潰せてる。」
「でもでも、ぜーんぜん進めないよっ!」

そう、さっきから全然前に進めない。
後ろから次々と新手が湧いてくる。

「まあ、代わりに敵も封印強化組のところには行けてないハズさ。  私らの役割は果たせてるけどねぇ。」
「俺たちの攻撃は魔物の殲滅には向いてないですもんね。」
「あーっ、早く来てよーっ! まだなの!??」

狗神の放つ魔塊が直撃し、轟音とともに魔物が吹き飛ぶ。
そう、俺たちは待っていた。
殲滅戦に強い助っ人を。

「待たせたなーっ!!!」

そして心待ちにしていた声がついに後ろから聞こえてきた。

「やーっと到着かい。一体どんな凄い武器を取りに行ってたんだか。」
「ほんと、待ちくたびれたよ~。」

ワールシュタット平原で協力な雷を放ち魔物を殲滅し、
祭壇前のロドス兵たちを傷一つつけずに戦闘不能に追い込んだMVP。
我らの待ち人来たる!
……いや、待ち “鳥” 来たる?

「よーし、派手にいくぞーっ!!! 伏せろーっ!!!」

俺たちは即座にペン太の指示に従い、その場に身体を低く伏せた。
その上を何かが剛速で通過する。
あれは……そう……。

えっ?

「何だい、あれ。……魚?」

そうですよね。魚でしたよね。飛んで行ったの。
俺の目がおかしいのではなく、見紛うことなく魚ですよね。
しかも。

「何あれ。……凍ってない?」

そうですよね。凍ってましたよね。飛んで行ったの。
俺の目がおかしいのではなく、見紛うことなく凍った魚ですよね。
しかも、しかも。

飛んでいった凍魚が魔物の群れに着弾(?)した途端に、轟音を響かせながら爆発した。
目を疑うというか、現実を受け入れられないというか。

煙が晴れて目の前に広がるは、無残な魔物の骸の山。

……魚って武器になります? まずもって、爆発するものなの?
俺が知ってる魚とは全く特徴が違いすぎるんだけど、 これまでの俺の人生で培ってきた「魚」の認識って、間違ってた?

「大丈夫、お兄さん。僕もあんなの見たことないよ。」

良かった。俺だけが変じゃないんだ。
俺より長い年月を生きてきた狗神ですら、初めてなんだ。
謎の安心感。

……また狗神に心の中読まれてるけど、もうそんなことは今どうでもいい。

「間に合って良かったぞーっ!!! 無事かーっ!??」
「……ああ、アンタのおかげさ。感謝するよ。」
「ちょっと、俺の魚に対する認識は無事じゃないけど。」
「てかてか、何なの? あの魚。」

ペン太は魔物の骸の山にずんずん進んでいくと、右手にあの凍魚を抱えて戻ってきた。
恐ろしいことにあれほどの爆発を引き起こしながら、魚には傷一つついていない。

「知らないのかー!?? これは “冷凍マグロ” だぞー!!!」

俺の頭がこの状況を理解することを、全力で拒否していた。


ロドス王国 封印の祭壇 最深部 ────

轟音が祭壇の最深部にも響き渡る。
闇の中に身体を埋めるアスダフにも祭壇で何が起こっているかは伝わっていた。

「……人間ごときが悪あがきを。」

両手を宙に掲げた。
すると、祭壇中に満ちる瘴気が渦を巻いてアスダフの手に集まってくる。

【呪殺】。」

短く解放言霊を唱えると、渦巻く瘴気が祭壇中に再び広がっていく。


ロドス王国 封印の祭壇 封印の小部屋(東) ────

「これで二つ。残り半分ですね、閣下。」
「ああ。」

“水晶石” が力を取り戻し、強い輝きを放つ。
また一つ、“希望”の光が灯った。

「……何事だ?」

その時、祭壇の空気が一変した。

「瘴気……? うっ……、な、何でしょうこれ。」
「アスダフだ。」

封印の祭壇中に満ちる瘴気が、ロータスやポティーロに纏わりついてくる。
ロータスは封印術で弾き返すが、ポティーロはそうはいかなかった。

「力が……抜けていきます……。」
「これは……【呪殺】か。瘴気を使って体力を奪っていくエンチャントだ。  ……大丈夫か? お前は外へ引き返した方が良い。」
「いえ、閣下をお守りするのが僕の責務です。お一人にするわけには参りません。」

ロータスとポティーロが “大封印” の強化をしている間、今も、 シュウたちは祭壇の中心へ向かって進み、敵の注意を引き付けている。
夕霧隊は本隊の背後を守るため、平原に残った魔物たちの掃討をし続けている。
プルートは祭壇の入り口で、傷ついた兵たちの救護の指揮を執っている。

それぞれの奮闘のおかげで、 “希望” は潰えていない。
自分の役割はロータスを守り切ることなのだ。

ポティーロは、命に代えてもそれを果たすと覚悟する。
ロータスもまた理解しているからこそ、ポティーロの覚悟を無下にはしない。

「……わかった。アスダフも追い込まれているはず。……あと二カ所だ。急ぐとしよう。」