一年に一度だけやってくる聖なる夜、クリスマス。
今年もサンタクロースからのプレゼントは多くの "イイ子" たちに届いていた。
クリスマスツリー前広場 ────
人々で大賑わいを見せるクリスマスツリー前広場。
そこへ黒スーツの男たちが大量のプレゼントボックスを持って雪崩れ込んできた。
少なくなってきていたボックスが、次々と補充されていく。
「さあ、どんどん運びなさい!」
スーツの男たちを指揮しているのは、コスモバンクのチャロス頭取である。
サンタクロースや協会と関係が深い彼(?)もまた、毎年このイベントには協力していた。
プレゼントボックスを大量に搬入し終えたころ、広場に轟音が響く。
「おおおお、おじいさん、大変ですよ。これでお金の心配はいらないですねぇ。
神様って、いるんだねぇ。」
腰を抜かした老婆が崩れ落ちた音だったようだ。
その手には、年末ジャンボ・ロドしっくスが握られている。
チャロスが用意したプレゼントだった。
「びび、びっくりしたわい。ばあさんや、これを見てごらん。」
隣の老爺がプレゼントの中身を老婆に見せると、再び轟音が響いた。
……あれもチャロスが用意した『牧場拡張権利書』だ。
「あらあら。あんなの喜ぶ奴いるのかと思ったけど……いるのね。」
おかしな依頼だった。
エアリア支部にヴァロア卿から、「牧場を広げられるように土地を差し押さえる権利書を用意してほしい」と頼まれたのだ。
そんなピンポイントなプレゼント、本当に必要な人に届くのかと疑念を抱いていたが……。
「まあ、これもクリスマスの奇跡ってやつかしらねぇ?」
「Ho! Ho! その通りじゃ。さ、おぬしも一つどうぞ。」
気が付けば、隣にサンタクロースがやって来ていた。
いつもプレゼントを提供する側だが……たまにはもらうのも悪くはない。
そう考えたチャロスは、大量のプレゼントボックスの中から黄色の箱を選んで開けた。
「……えっ!? ちょっと! これって……アタシが探してたお宝ちゃんじゃない!?」
中から出てきたのは、ある盗賊に盗まれたはずの『盗賊王の籠手』だった。
フレイム王国 王都ラデルフィア郊外 ────
こんなに幸せな気持ちになったのはいつぶりだろうか。
私はもらったリクルートスーツに着替えて街を出歩いていた。
クリスマスの夜に就職面接などない。
だが、着てみたい気分だったのだ。
鼻歌交じりに歩いていると、いつの間にやらのどかな自然が広がっている。
気づかぬうちに街を出て、郊外に来てしまっていたようだ。
ラデルフィアに引き返そうかと思案していると、ふと一枚の看板が目に入った。
"フレイムのんびり牧場"。
牧場か。久しく訪れていない。
私は特に意味もなく、牧場の中へと入っていく。
どうやら牛を中心に飼育しているようだ。
動物特有の匂いが鼻につくが、私は嫌いでなかった。
「おやぁ、こんな遅くにお客さんかね?」
声に振り返ると、牧場主だろうか、一組の老夫婦が立っていた。
勝手に入ってしまって怒られるかもしれない。
「すいません。つい、懐かしい気持ちになって……。」
「ええんじゃよ。……ところで、お前さん、もしかしてその恰好は……。」
老爺は私の服を凝視している。
この歳で、リクルートスーツなぞ着ている人間はそうはいない。
恥ずかしい。
明るかった気分が音を立ててしぼんでいくように感じた。
「あ、いや……お恥ずかしい話ですが、就職活動をしていまして……。」
「やっぱり。りくるーとすーつ、というやつじゃな。」
「はい……。」
声も暗くなってしまった私とは対照的に、老夫婦は目を輝かせていた。
……なぜこんなに嬉しそうなんだ?
「ばあさんや、こんなことってあるんじゃのぉ。」
「本当ですね、おじいさん……ありがたやありがたや……。」
「……?」
「ちょうどたった今、うちの牧場が広くなりましてねぇ。
私たちだけではとても牛たちの面倒を見れなくて……。」
事情をつかめない私に、老夫婦は衝撃的な言葉を告げた。
「お前さん、うちの牧場で働いてくれんか?」
一年に一度だけやってくる聖なる夜、クリスマス。
今年もサンタクロースからのプレゼントは多くの "イイ子" たちに届いていた。
そしてクリスマスの夜には、たくさんの小さな奇跡が起こる。
多くの人の笑顔があふれるのを見届けたサンタクロースたちは、
残ったプレゼントをトナカイのルドルフがひくソリに乗せて、帰り支度を済ませた。
「今年もイイ仕事ができたのぉ。」
「最近さぼってたからね。」
「まぁ、喜んでもらえて何よりよね~。」
「……イイ夜だったね。」
金髪の少女が合図を出すと、ルドルフは大きな脚で大地を蹴り、宙へと飛び出した。
「さあ、最後の総仕上げじゃ!」
フレイム王国 国境 ────
ボランティアの仕事を終え、シュウたちは疲れ果てて地面にへたり込んでいた。
合計300枚以上のチケットを夜通し配り続けたのだ。
一同が疲労困憊になるのも無理はない。
「いやー……働いたね。」
「だな。」
「お二人とも、本当に助かりました。ありがとうございます。」
「不審者として通報されて軍が来たときはさすがに焦りましたけどね。」
「あれはビビったね。」
フレイム軍に包囲されたときは寿命が縮む思いだったが、協会の使者が弁明に来てくれて事なきを得たのだ。
「まあでも、色んな人が笑顔になってくれたから頑張ってよかったです。」
「……ちょっとお兄さんは、その……ぷぷっ……パンプーキン顔で怖がられてたけどね……ぷっ。」
「おい。お前だろ、被らせたの。」
そんなやりとりをしているとき、シュウは顔に冷たい何かが当たったのを感じた。
水滴だ。雨かと思って空を見上げる。
それにつられて狗神とポティーロも空を見上げた。
「あ。」
「雪だ!」
雪だった。
ふわふわとした白い雪が、降り注ぐ。
比較的気温が高いフレイムでは滅多に見られない気候現象だった。
「俺、初めて見た……。」
「僕もです。ロドス島では降らないので……。」
「うーん、僕も100年振りくらいかなぁ。やっぱ綺麗でいいねー!」
美しい雪をたどって上空に目をやると、大きなソリがトナカイにひかれて宙を飛んでいた。
トナカイのひくソリに乗ってサンタのおじいさんは今年もどこからともなくやってくる。
イイ子たちにプレゼントを配り、みんなを笑顔にしてくれるおじいさん。
一年の終わりが近づくクリスマスに、素敵な奇跡を起こしてくれるおじいさん。
きっとまた、来年もやってきてくれるに違いない。
「Ho!Ho! メリークリスマス!」
クリスマスSP短編 -聖なる夜の小さな奇跡- 完